第27破 巨大ゴーレム現る!

「は、はあ……」


 突然知らない人から相談があるなんて言われても、なんとも答えようがなくて困ってしまう。


「いや、すまない。驚かせてしまったかね。小生はハイヤーンと申す者。ゴーレムの製作と研究を生業としておる」

「ご、ゴーレム? 草刈りしてたやつですか……?」

「おお、モデルךךץ-דָללKKC-Dollに会ったかね。アレは私の作品の中でも自慢の一品でね。人工魂魄を組み込み人の自由意志を模し、ユーモアを解する知性を宿したものだ。精霊との交感には嘘・大げさ・まぎらわしいコミュニケーションが欠かせないものであるが――」


 な、なんか急に早口でしゃべり始めた。こ、こわい……。


「お待たせっすー。なんか騒ぎになってるっすねえ。なんかあったんすか? あ、あっちで串焼きをただで配ってきたからもらってきたっすよ」


 おろおろしていたらトレードが戻ってきた。


 ハイヤーンと名乗った人は、トレードにかまわず延々としゃべり続けている。私は串焼きを受け取って一口食べた。ジューシーなお肉に甘辛いタレがよく絡んでいておいしい。自分で買ったはずなのに、トレードからもらって食べるというわけのわからないことになっているけれど。


「それで、このおじさんは誰っすか? ひとりでずっとしゃべってるっすけど?」


 トレードが食べ終えた串でおじさんを指す。そこでようやく気がついたのか、ハイヤーンさんはまくし立てるのを中断してトレードの方を見た。


「やあやあ、君はこちらの冒険者さんのパーティメンバーかね? ちょうど依頼の説明をさせてもらっていたところだったんだ」

「依頼? 受けたんすか?」


 トレードの視線に、私は首をぶんぶんと横に振る。


「なんか勝手に盛り上がってたみたいっすけど、ニトロは自分の専属護衛っすよ。それに冒険者でもないっす。冒険者に依頼をするんなら、ちゃんとギルドを通したらいいんじゃないっすか?」

「うっ……それはそうなのだが……」

「ギルドを通せない依頼なんすか?」


 言い淀むハイヤーンさんを、トレードがジト目でにらむ。そういえばサウスゲイトのヒナゲシさんも冒険者ギルドをやっていると言っていた。詳しい仕事内容は聞いていないけれども、察するに仲介業的な役割を担っているのだろう。


「そんな怪しい依頼は聞く価値もないっすねえ。ニトロ、こんなのは放っておいて行くっすよ」

「ま、待ってくれ! 決して怪しい依頼などではないのだ! ただ、前金の仲介料が支払えなくてな……」

「仲介料も払えないんすか? そんな素寒貧の依頼を受ける馬鹿なんているわけないじゃないっすか。詐欺にしても出来が悪すぎるっす」

「違う! 小生は素寒貧ではない! このゴーレム技士ハイヤーン、この名に誓って詐欺などはしない!」

「へえ、じゃあ何で前金も払えないんすか? 服もみすぼらしいっすし」

「そ、それはだな……」


 観念したかのように、ハイヤーンさんがつぶやく。


「家に入れなくなってしまったのだ……」

「はあ?」


 * * *


 詐欺にしては言い訳が間抜けすぎるし、悪い人ではなさそうだということで話だけは聞いてあげることになった。私は冒険者じゃないし、相談されたところで解決できるとは思えないけど……トレードが面白がってしまったのだ。


 ちなみに、トレードの用事とはドワーフ村で仕入れた黒銀鋼製品の販売先探しだ。この街のメルカト神殿に相談したところ、商工ギルドでまとめて買い取ることになったそうだ。査定には数日かかるそうで、それまで暇だというのも寄り道の理由となった。


 で、ハイヤーンさんの家までやってきたのだが……。


「お、おっきい……」

「デカいっすねえ……」


 ハイヤーンさんの家は天然の洞窟を改造したものだそうで、その入口は岩山にぽっかりと開いた穴だった。そして、その穴を塞ぐように土で出来た巨人が立っている。


 体高はざっと20メートルくらいだろうか。体表に凹凸はほとんどなく、全体的にぬぼーっとしたフォルムだ。顔も手抜きめいていて、目と口に当たる位置に「∵」の形で丸い穴が開けられているだけだった。


「うむ、巨大だろう。これこそ小生が開発した拠点防衛用ゴーレム、モデルגִגַנת-דָללGigant-Dollである! 自律制御機構をさらに進化させ、周辺の資源を取り込み成長を続けるという新機軸! 制作当初は膝丈ほどしかなかったが、いまやこれほど立派に育ったのだ!」


 言われてみれば、巨人は今も少しずつ大きくなっている気がする。表面がもこもこと蠢くさまは、地面から栄養を吸い上げる植物を連想させた。


「で、自分で作ったゴーレムに邪魔をされて自分ちに入れなくなっちゃったと。命令してどかしたりできないんすか? それとも突っ立って大きくなるだけのデクノボーなんすか?」

「もちろん命令すれば自在に動く! だがな……」


 ハイヤーンさんが巨人を見上げる。頭部だけでも人間よりも遥かに大きい。


「大きくなりすぎて聴覚センサーが埋もれてしまってな……。いくら大声で命令しても聞こえんのだ……」

「ひょっとして、馬鹿なんすか?」

「ばっ!? ちっ、違う! これはプロトタイプ製作に付き物のイレギュラーだ! 欠陥の発見も試作の重要な意義なのである! つまりこれは失敗などではなく、完成への道筋をつけるための――」

「はいはい、わかったっすから。で、緊急停止装置みたいのはないんすか?」

「もちろんある! גִגַנת-דָללGigant-Dollの額を見てくれ!」


 巨人の額をよく見ると、「אמת‎」という3文字が刻みつけられているのが見えた。


「אמתとは真理を示す魔術文字だ。こからאを消すとמת――すなわち死となり、このゴーレムは自壊するようになっている!」

「でもあんな高いところじゃ誰も届かないんじゃないっすか?」

「うむ、しかも近づくと攻撃するからな。これを見てくれ!」


 ハイヤーンさんは突然かがむと、懐から取り出した短杖で地面に魔法陣を描いた。魔法陣の中心からぐにぐにと土が盛り上がり、人間サイズの土人形が出来上がる。土人形は巨人に向かってトコトコと歩いていった。


『警告シマス。ココハ私有地デス。コレ以上接近スルト不法侵入者ト見做シ、排除シマス』


 巨人から平坦な声が発せられる。まるで前世の機械音声みたいだ。

 しかし、土人形は警告を無視して近づいていく。


『排除シマス排除シマス排除シマス』


 どっごーーーーん!!!!


 巨大な拳が降った。衝撃で地面が震える。巨人が元の姿勢に戻ったときには、土人形の姿はなく、すり鉢状のクレーターだけが残されていた。


「フハハハハ! すごい威力だろう! גִגַנת-דָללGigant-Dollが守る限り、何人も通ることはまかりならぬのだ!!」

「そのせいで自分が困ってたら世話ないっすねえ」


 胸を反らして高笑いしたハイヤーンさんだったが、トレードの一言ですぐに猫背に戻った。

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