第26破 初めての買い食い!
様々な服装、様々な種族の人たちが行き交っている。
建物も立派な石造りから木造、骨組みに布や毛皮をかけただけの簡単なものまで種々雑多だ。通りから喧騒は絶えず、あちこちが笑い声で満ちている。
「そ、想像してたのとだいぶ違う……」
「自分としても意外っすねえ。サウスゲイトの交易路が塞がってるからてっきり不景気で苦しんでると思ったんすけど――」
トレードの犬耳がぴくぴく動く。通行人の話し声に聞き耳を立てているようだ。
「東方訛に西方訛……。前線への交易路は思ったより色んなルートがあったんすねえ。ま、行ってみないとわからないのも冒険商人の醍醐味っすね!」
前線に行ける道のりはてっきりサウスゲイトだけだと思い込んでいたけれども、じつはそんなことはなかったようだ。貴婦人のコルセットが封鎖されても前線の兵力が動かなかったのは、他に補給線が確保されているせいだったのか。
通りには数え切れないほどの屋台がびっしりと並び、アクセサリーやカラフルな食器、置物などが売っている。食べ物のお店も多く、漂う香りに思わず生唾が湧いてくる。
「ま、でも黒銀鋼の製造が止まっていたのは間違いないっすからね。こっちはいくらでも高くさばけると思うっす。自分は神殿に渡りをつけてくるっすけど――」
ごくりと喉を鳴らしたのが聞こえてしまったのか、トレードがこちらを見る。ついでにお腹がぐぅ~っと鳴った。
「とくに危ないこともないと思うっすから、たまには別行動してみるっすかね? 一、二時間くらいで済むと思うっすから、このへんで時間を潰しててもらえるっすか?」
「う、うん」
本当は一人じゃ不安だけど、子どもじゃないんだからこんなときにまで甘えるわけにはいかないだろう。私だってもっとこの世界に馴染んだ方がいいだろうし。
トレードの背中を見送ると、通りにひとりで残された。
街中で一人きりになるなんて前世を含めて初めての体験だ。心臓がドキドキして、手のひらに汗が滲んでくる。気分はまるで「はじめてのおつかい」だ。
でも、私は5歳児じゃない。この程度のことであたふたするわけにはいかないのだ。なるべく動じていない風を装って、人の流れに乗って辺りを歩いてみる。
お腹も空いたし、ま、まずは買い食いをしてみようかな。
料理を売っている屋台をきょろきょろと見渡してみる。肉の刺さった串焼きに、薄焼きのパンに具材を挟んだタコスみたいなもの。カラフルな木の実やお菓子らしきものも色々売っている。
な、何を食べよう……。
とりあえず人気があるところなら間違いないよね、ということで一番行列ができている串焼きの屋台に並んでみる。どことなく豚に似た顔の男女がやっているお店だった。オークってやつだろうか?
待ち時間の間に脳内で注文のリハーサルをしようとしたけれど、そもそもメニューがわからない。こういうときは「おすすめをくれ」とかが通っぽくてカッコイイのかな。おすすめなら間違いもないだろうし……。
「へい、お待たせ。どれにしやすか?」
悩んでいたらあっという間に行列が消化されていた。
屋台だけあって提供スピードが速いらしい。普通なら喜ぶところなんだろうけれども、ど、どうしたらいいんだろう。何を頼むかなんて決まってない……。
「あのぅ、お客さん。早くしてもらえますかねえ? うちも暇じゃねえんですよ」
「すっ、すみません。こ、これで、そ、その、おすすめをください!」
オークおじさんに急かされて、慌てて財布から硬貨を取り出す。トレードからお給料としてもらった大銀貨を1枚だ。これまでの経験からそれなりの大金だってことはわかっていたし、足りないってことはないだろう。
手のひらに銀貨を置くと、おじさんの目が丸くなり、口をぽかんと開けた。あっあっ、足りなかったのかな。ど、どうしよう。もう1枚出せば足りるのかな。おじさんの手のひらにもう1枚を置くと、おじさんの顎が外れそうなほどに大きく開いた。
「お、お客さん? いや、お客様? ほ、ほんとうにこちらでよろしいんでやがりございまして? うちじゃ釣り銭も出せやがりませんでごぜえますが……」
「あんた馬鹿かい! がっぽり稼いできた冒険者様に決まってるだろうが! 心意気を買ってやらなくてどうすんだい!」
おじさんの横にいたオークおばさんが割って入ってきた。こ、心意気ってどういうことだろう?
おばさんはおじさんの手から銀貨をひったくると、大声で叫んだ。
「おーい! ぼんくらども!
「ええっ!? マジかよ!? ごちになります!」
「君みたいな可愛い女の子が? よかったら冒険譚を聞かせてくれないかい?」
「ハナタレが一丁前にナンパしてんじゃねえよ。冒険者の実力を見た目で決めつけるなって何度言わせるんだ。ああ、すまないな。俺からは酒を奢らせてくれ。それで、そんなゴツイ稼ぎはどこで……」
「あっ、てめえ! 抜け駆けしてんじゃねえぞ! こいつは悪いやつなんだよ。新米冒険者を狙って稼ぎ口を聞き出してな……」
「人聞きの悪いことを言うんじゃねえ! 俺は新米どもにこの街での生き方をだな――」
大勢の人が集まって、串焼きを食べ、話しかけてきて、それを押しのけてまた別の人が来て、もみくちゃにされてしまう。い、一体何が起きてるの……!?
「すまない、貴殿。小生にも1本恵んでいただけないだろうか?」
「えっ!? あっ、ひゃい……」
「おお、ありがたい! 貴殿はまるで天より遣わされた女神のようだ! ははは、3日ぶりのまともな食事だぞ……」
大勢の中に、ひとりだけやけに丁寧な物腰の人が混ざっていた。長身だが猫背で威圧感はない。薄汚れたフードを頭から被り、顔はよく見えなかった。両手を合わせてお祈りのような仕草をしてから、串焼きを先端からひとつずつ頬張る。
「ごちそうさま。いやはや、生き返ったよ。君はどうやらこの街の流儀に慣れていないようだが……こんな散財を気軽にできるとはただものではないようだ。よかったら小生の相談に乘ってくれないかね?」
フードの奥で灰色の瞳が光っていた。
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