第25破 夜空だって爆破する!

「今日はこのあたりで一泊っすかねえ」


 そこに着いたとき太陽はまだまだ高かった。空は青く、夕方と呼ぶには早すぎる。もう少し先まで進めるんじゃないだろうか。


「初めての道っすからね。無理をして変な場所で野営はしたくないっす」


 疑問を察したトレードが答えてくれる。旅慣れたトレードの言うことだから間違いないのだろう。


 今いる場所は胸ほどの高さの石塀に囲まれた空き地だった。草はきれいに刈られ、乾いた地面が真っ平らに均されていた。唯一変化があるのは、中央に設けられた石組みのかまどだけだ。


「小屋のひとつでも残ってればありがたかったんすけどねえ」


 トレードは<収納>から毛布を1枚取り出すと、竈の前に広げた。その上にあぐらをかき、ブーツの靴底にこびりついた泥や小石を拾った小枝でかき出しはじめる。


「た、たきぎとか集めなくて大丈夫?」

「一面の原っぱっすからねえ。枯れ草ならいくらでも集まると思うっすけど、火持ちがする燃料はちょっと見つかりそうにないっすねえ」


 言う通り、石塀の外は草むらだけで、薪に向いた太い枝などはとても見つかりそうにない。


「自分の<収納>がもっと大きければ燃料も一緒に持ち歩くんすけどね。せいぜい荷馬車1台分っすから、商品を入れると余裕がないんすよねえ。って、余裕ができたらその分はやっぱり商品に回しちゃうと思うっすけど」


 トレードはけらけらと笑って、<収納>から保存食と水筒を取り出す。保存食は焼き固めたパンと干した果物、それに干し肉だ。道中で何度か食べたけれど、恐ろしく硬い上にからっからで口の中の水分をぜんぶ持っていかれる。前世の私なら誤嚥事故以前に咥えたまま何も出来ないような代物だ。


「テ、テントは張らないの?」

「そういえばニトロと野営するのは初めてっすね。テントも持ってないんすよ。あれはあれでかさばるし、視界が遮られるから危ないんすよねえ」

「へえ、そ、そうなんだ」


 野営=キャンプみたいな想像をしていたから、ちょっと恥ずかしい。焚き火を前にココアを飲みながら友達とくだらない話で盛り上がる……的なアレだ。恥ずかしさと一緒に残念な気持ちも湧いてくる。まあ、レジャーじゃないんだから仕方がないことなんだけど。


 焚き火に関しては……どうだろう。


 実はC4は燃やすこともできるのだ。電気雷管には高性能の爆薬が少量仕込まれており、その爆轟に反応してC4は起爆する。それに満たない刺激の場合はどうなるかというと、何も起きないか、固形燃料みたいな要領で燃えるのだ。手榴弾を包んだとしても誘爆するかわからないくらいにC4は安定性が高い。


 実際に燃やしているところは見たことがないが、結構便利だったらしくベトナム戦争時には前線の兵士に燃料代わりに使われてしまっていたらしい。冗談みたいな話だが、C4のパッケージには今でも「燃やすな」という警告が、もうひとつの文言と共に印刷されている。


 ただ、C4を燃やすのには別の問題がある。主成分のトリメチレントリニトロアミンが燃焼に伴って有毒ガスを発生させるのだ。毒性のほどははっきりわからないが、キャンプで気軽に使ってよい燃料とはとても言えないだろう。


 そんなわけで……私もやることがなくなりブーツの底から小石や泥を取り除く作業をすることにした。泥は簡単に落ちるが、細い溝に食い込んだ小石が結構手強い。掻き出そうとしても溝を平行移動してなかなか出てこなかったりする。


 えいこのっ、うりゃっ、えいえいっ。

 苦戦の果てにぼろっと取れると謎の達成感がある。

 よーし、次はこっちに取り掛かろうか。


「靴底の石取りって、面倒なのに始めると妙に面白くなっちゃうっすよねー」


 トレードの声ではっとする。気がつけばあたりは真っ暗で、ランタンの灯りが手元を照らしていた。夢中になって日が暮れるのにも気がついていなかったのか……は、恥ずかしい。


「そういえば、ニトロの靴って変わってるっすよね。ちょっと見せてもらってもいいっすか」

「う、うん」


 言われるがままに脱いだブーツをニトロに渡してから気がつく。


 臭いがしたらどうしよう。


 しかし、慌てて取り返すのもまた恥ずかしい。トレードがしげしげとブーツを眺めるのをあうあうと言いながら見ていることしかできなかった。


「ふーん、見た目は普通のブーツっすけど、足の甲と裏に鉄板が仕込んであるんすね。皮で覆われてるから金属製のグリーブと比べて静音性も高い、と。これを作ったのはよほどの職人っすねえ。靴裏の素材は何すかね? 自分のはヌルゴブリンの体液を干し固めたやつっすけど、これはまた違うような……」


 けれども、トレードの関心は靴そのものの作りにしか向いていなかった。

 私のブーツは軍用で、トレードが言う通り金属材で補強が加えてある。鉄骨が載っても潰されないし、釘を踏んでも貫通しない仕様だ。靴底は強化ゴムで耐熱性も高い。


 っていうか、ヌルゴブリンって何だろう? ヨツメもゴブリンの亜種だったらしいけど、この世界の生き物は前世のファンタジーに照らし合わせても時々ズレているからよくわからない。


「そんなに暗くては、よく見えないんじゃないかい?」


 突然、竈の中から声がした。慌ててC4を構えると、そこにはぼんやりと赤く光るトカゲのような生き物がいた。噂をすれば影じゃないけど、またしても謎生物のお出ましだろうか。


「すまないね、驚かせたかな。私はサラマンダー。この竈に残った偏屈な炎の精霊だよ」


 サラマンダーと名乗った生き物が竈の中でぐるりと廻る。赤く光って見えたのは、太く丸い尾の先にロウソクほどの炎が灯っているせいだった。


 サラマンダーの身体は全体的に丸みを帯びていて、よくよく見るとトカゲというよりオオサンショウウオに近い姿をしていた。その表皮は明らかに乾いているのに、濡れたようにてらてらと光っていた。


「こっちに来てから珍しいものによく会うっすねえ。サラマンダーなんて鍛冶屋の炉にもなかなか居着かないのに」

「コークスというのはひどい味でね。あれを好む同類がいるのが信じられないほどなのだが。肉人たちはとくに誤解がひどい。我々は燃えるものなら何でも好むと思っているだろう?」


 サラマンダーは大きな口を歪めて渋い顔をする。その片目にはモノクルがかかっていて、話しぶりと相まって妙に知性的に見えた。


「取引相手の好みならいくらでもおぼえるっすけどね。それで、おたくはどういう用件っすか?」

「簡単なことさ。何か面白いものを得られないかと思ってね。もちろんタダじゃない。一晩の灯りと温もりを提供しよう。湯を沸かすのも、料理をするのも自由だよ」


 サラマンダーの全身がぼうっと燃え上がり、辺りを明るく照らす。


「うーん、一晩の燃料っすか。ありがたいっすけど、せいぜい大銅貨1枚ってところっすかねえ」

「コインなんて要らないよ。それよりも面白そうなものがあるじゃないか」


 まんまるの小さな瞳が私の手元に向く。視線の先はC4だった。


「その白い粘土みたいなのをくれないかい? 君にとってはタダみたいなものなのだろう? なに、気にすることはない。私にとっても身を燃やすのは息をするのと変わらない」


 サラマンダーは長い舌で大きな口の周りをべろりと舐める。勢いに押されておずおずとC4を差し出すと、サラマンダーはぱくりとそれを飲み込んだ。


「おお……おお……これは面白い。ひどい苦みの後に来る砂糖菓子のような甘み。ふぅむ、腹の中がかっかとしてきた。すまない、ちょっと失礼するよ」


 サラマンダーはねずみ花火のように竈の中をぐるぐる回ると、しゅるるるる~~~と赤い尾を引いて夜空に向かって飛んでいく。


 ――どっぱぁぁぁああああん!!!!


 真っ暗な夜空に大きな花が咲いた。オレンジ色の爆炎が、星空を背景に正円を描く。流星群のように火花が落ちて、ひときわ大きなそれが竈の中に戻ってきた。


「やあやあ、これはお見苦しいところを見せてしまった。太陽よりも古い私だが、こういうものは初めて味わったよ。ふぅむ、やはり長生きはするものだね」

「ちょっ、いまのなんすか!? もう一回! もう一回!」

「私はかまわないし、むしろ歓迎するが……丸耳のお嬢さんはどうかね?」

「わ、私もかまわないです……けど……」

「ならば決まりだな」


 それから私はC4を作り続け、それを食べたサラマンダーが夜空に打ち上がっては美しい爆炎を描いた。そのうち何かのコツを掴んだようで、色や形を変えて夜空を彩るようになった。


 こうして、私の異世界初キャンプの夜は花火大会へと変わっていた。


 途中でトレードが「そんなに美味しいのなら自分も食べてみたいっす」と言ってきたのだがそれは頑として断った。


 サラマンダーには勢いに流されてあげてしまったけれども、C4は食べても毒なのだ。ベトナム戦争時にも甘味に飢えた兵士が齧って中毒を起こしたり、近年でも2008年に自衛隊で中毒事件が起きている。


 サラマンダーへの影響はどうなのかわからないけど……あれだけバクバク食べてるし、きっと体質(?)的に大丈夫なんだろう。


 ちなみにだが、C4のパッケージに書かれている「燃やすな」以外の警句とは、「食べるな」である。冗談のようだが、本当の話だ。

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