第24破 いきなり爆破はさすがにしない!

 湿原を進むうちに風景は草原に変わった。浮橋のようだった木道は途切れ、土を踏み固めた道がまっすぐに伸びている。左右に茂る雑草は背が高く、視線が遮られて辺りを見渡すことは出来ない。


 猛烈な雑草の勢いとは裏腹に、道そのものはきれいなものだ。道幅はずっと均一で、境界線でも引かれているかのように内側を侵食する草がない。路面も同様で、草の芽ひとつ生えていなかった。


 左右の草むらからは時折バッタが飛び出してくる。手のひらに余るほど大きく、道の真ん中に止まってこちらに複眼を向けると、ギィギィと不思議な鳴き声を上げて草むらに再び飛び込んでいった。


 やがて道の向こうに人影が見えた。

 人影は麦わら帽子をかぶっている。鼻歌を口ずさみながら、私の背丈よりも長い大鎌を振り回しながらこちらに向かってくる。鼻歌がだんだんはっきり聞こえてくる。


〽道草道草 道の草

 靴に絡むな 顔出すな

 道草道草 道の草

 この一筋は 俺たちの道

 道草道草 道の草

 他所よそでは好きに 生えやがれ

 道草道草 道の草

 こっちに来たら ちょん切るぞ


「な、なんだろ、あれ……」

「さ、さあ……いかにも不気味っすけど……」

「爆破した方がいいかな……?」

「問答無用はマズイっすけど、備えは頼むっす」


 C4を取り出して構える。うなじにじわりと冷や汗が浮く。

 人影の正体は藁を束ねた人形に襤褸ぼろを着せたものだった。目の位置には左右で大きさの違うボタンが縫い付けられている。木の棒の一本足で規則正しく跳ねながら距離を詰めてくる。それはまるきりカカシで、そしてまるっきりホラー映画のシチュエーションだった。


 もう数歩で大鎌の間合いに入ろうとしたとき、歌声が止んだ。


「やあ、こんにちは。冒険者さんかい?」

「しゃ、しゃべった……?」

「しゃべったっすねえ……」


 予想に反して明るく元気な声で話しかけられ、思わず固まってしまった。


「失礼だなあ。僕だっておしゃべりくらいはするよ。それで、君たちは冒険者さんなのかな?」

「ぼ、冒険者っていうか、冒険商人っすね」

「そうか、冒険商人かあ! いいねえ、僕も世界中を旅してみたいよ。何かおすすめの商品はあるかい?」

「はあ……どんなものが欲しいんすか?」

「うそうそ! 冗談冗談! 僕みたいな単機能ゴーレムにそんな欲があるわけないじゃないか! あっはっはっ」


 トレードの表情がぴきっと引きつる。トレードが珍しく押されている……というか、噛み合っていない感じがする。


 ところでゴーレムってことは誰かに創られた存在ってことだろうか。これまででもキーウィ族、ジェボア族にドライアド、トレントと地球の常識には当てはまらない人種に散々出会ってきたせいで、ゴーレムがどれくらい変な存在なのか基準がわからない。


「なーんて、うそうそ! 冗談冗談! 油か砥石はあるかな? 草刈り鎌の手入れをしたくってね。ま、実際なーんにも刈ってないんだけどさ。気分だよ、き・ぶ・ん! あーはっはっ」


 欲しいものがないのが冗談だったのか、それとも自分がゴーレムだと言うことも冗談なのか。どうにもとらえどころがない。

 というか、あの大鎌は草刈り用だったのか。でも実際は何も刈っていないってどういうことだろう。


「あっ、いま草刈り鎌を持っているのに草を刈ってないのはなんでって顔をしたよね。わかるー。僕も最初はしっくりこなかったよ。でもね、僕が刈っているのは雑草魂なんだ。草木の精霊を刈っているって意味じゃないよ? なにくそ根性的な? そういうやつを刈っているのさ。ほら、この道を見てご覧? 雑草ひとつ生えていないきれいなものだろう。僕の仕事はこの道のメンテナンスなんだ。呪具を振るい、呪歌を歌って雑草を脅しつけてるんだね。道に生えてきたら容赦しないぞーって。君たちが歩きやすい道を行けるのは僕のおかげなんだよ? すごいでしょー。あーはっはっ」


 ううっ、一気にまくしたてられて頭に入ってこない。

 要するに、雑草を「道に生えるなよ!」と脅して除草しているということなんだろうか。なんだか随分とメルヘンだ。


「ええっと、油と砥石ならあるっすけど、お足はあるんすか?」


 トレードが眉をひそめて訝しげに尋ねる。


「お足? 足なら見ての通り立派なのがあるさ! 一本だけだけどね、あっはっはっ」

「そうじゃなくて、お金は持ってるのかって聞いてるんすよ。物々交換でもいいっすけどね」

「何? この大鎌がほしいのかい? 自慢の逸品だからね。欲しくなるのもわかるよ。でも残念ながらこれはあげられないんだ。僕の仕事は草刈りだからね。刈って・・・ないけど。だからお金じゃ買って・・・あげられないってね! あっはっはっ」


 トレードの奥歯がぎりっと軋んだ。うん、わかる。これはイライラする……。


「冷やかしなら先に行かせてもらうっすよ。道のど真ん中で野営なんてしたくないっすからね」

「なんだい? おしゃべりの時間はもう終わりかい? 残念だなあ。なぜかみんな僕とはじっくり話してくれないんだよね。人間っていうのは忙しくて大変だ。でも、ちょっとだけ付き合ってくれたお礼にちょっとだけいいことを教えてあげよう。もう小一時間ほど歩くとね、野営地があるから。彼は普通と違って珍しいものが好きだからね。それをおぼえておくといいよ。じゃっ、道中気をつけて!」


 やや早足になったトレードを追いかける。

 背後から聞こえる陽気な歌声が、少しずつ小さくなっていった。


〽道草道草 道の草

 靴に絡むな 顔出すな

 道草道草 道の草

 この一筋は 俺たちの道

 道草道草 道の草

 他所よそでは好きに 生えやがれ

 道草道草 道の草

 こっちに来たら ちょん切るぞ……

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