第5爆 爆弾狂、前線に旅立つ!

第23破 トレントだって爆破する!

 一面に広がる湿原に、大きな蓮の葉が数え切れないほど浮いている。蓮の葉の隙間からは刃物のように尖った草や、大きさも色も様々な花が咲き乱れていた。妙に丸っこいミツバチが花々を巡り、青光りする翅のトンボが空中で急発進と急停止を繰り返している。


「よくもまあこんなところに道を通したっすねえ」

「ほ、ホント、すごいよね」


 私たちが歩いているのは幅数メートルほどの木道だ。水面から少し浮くように架かった木道は、一歩進むたびにぎしりぎしりと音を立てるが、不安定な感じはしない。


「ヨツメどもがこれを壊さなくてよかったっすねえ。もし壊されてたら、結局隊商が追いつくまで待たなきゃいけないところだったっす」


 組織された隊商であれば道が壊れていた際の補修材なども持っているだろう。


 ヨツメの砦を破壊した後、ヒナゲシさんからはサウスゲイトから出発する隊商に同行しないかと誘われていた。しかし、大人数で足が鈍くなることを嫌がったトレードは申し出を断った。集団行動なんてできる気がしない私的にもその判断はありがたい。


 トレード的には「流通が止まってたってことは、真っ先に到着すれば何でも高値で売れるはずっすよー」ということだったが。確かにトレードなら集団生活も苦にしないだろう。


 しかし……眺めるだけなら最高の景色なのだが……困るのは小さな羽虫だ。あちこちで蚊柱が立っており、時折それを突っ切らければならない。目にも口にも入りそうで閉口する。


 手ぬぐいをぶんぶん振り回して虫を追い払いながら進む。湿原なら動画で見たことがあるけれど、ネット越しに見るのと実際に体験するのとでは大違いだ。動画では虫なんか気にせず、ただただきれいな風景を楽しんでいればよいだけだった。


 しばらく進むと、木道を挟んで大きな樫の木が生えていた。樹高は30メートルはあるだろう。建物なら10階建てくらいだ。


 根元は二股に分かれていて、まるで巨人がまたいでいるように見えた。その股の間をくぐり抜けようとすると、どこからか声が聞こえてきた。


<おおー、お嬢さん方ー。ちょっと助けてくれんかのーう>


 間延びした低い声は老人のものに聞こえる。しかし、木の洞に反射してどこから聞こえているのか方向がわからない。


「道から落ちて泥にでもハマったんすかねえ」

「そ、そうかもだけど、一応気をつけよう」

「ニトロもすっかり頼りがいが出てきたっすねえ」


 私はトレードが前に出ないよう手で制し、C4を構える。声に敵対心は感じないけれども油断はできない。いい加減、私もこの世界の殺意の高さ仕様に慣れてきた。


 身を低くして木の洞から顔を出し、素早く左右をチェック。何もいない。クリア。

 次に木道を思い切り踏みつけて大きな音を立てる。だが木道の下に何かが潜んでいる気配もない。クリア。

 ならば残るは――


<おおーい、何をしとるんじゃあ。わしはここじゃよー>


 ――頭上!


 予想はしていたので驚きはない。上に向かって即座にC4を投げつける。C4のブロックがぺたりと木の肌に貼り付いた。


 C4での近距離戦は「とりあえず投げておく」がセオリーだ。ワンアクションで攻撃できる銃器と相対した場合、C4は必ず遅れを取ってしまう。先手先手の行動が必須だ。物騒だと思うかもしれないが、敵味方の判断がついてから起爆すれば同士討ちフレンドリーファイアの恐れもない。


 目を凝らして樹上に潜んでいる者を探す。


 しかし、いくら目を凝らしても誰も見当たらない。奇妙に変形した樹皮と、緑の葉を繁らせた枝が四方に伸びているだけだ。自慢じゃないが私の眼力は迷彩装備だらけのEoGで鍛え上げたものだ。動くものがあればネズミ一匹だろうが見逃さない自信があるのだが……。


<んんー? なんじゃこりゃー?>


 再び声。

 樹皮が蠢き、幹に空いた穴から声が聞こえた。


<出会い頭に泥遊びとは関心せんのおー>


 太い枝がゆっくり動き、樹皮に貼り付いたC4をつまみ上げる。

 え、え、何これ……? 爆破した方がいい……? でも敵っぽくはないし……


「おおー、樹木人トレントっすねえ! 自分も初めて会ったっす」

<おやー、トレントは初めてかー。そりゃー驚かせてしまって悪かったのうー>


 トレードが外に出てきて、頭上に向かって手を振っている。

 改めて大木を観察すると、奇妙に感じた樹皮は人間の顔の形をしていることに気がついた。声が聞こえてきた穴は、その顔の口に当たる位置にあった。C4が貼り付いていたのはほっぺたの位置だ。


「それでどうしたんすかー?」

<見ての通り、足がハマってしもうてのー。抜けんのじゃー>


 巨人の両足のように見えた根本は、文字通り足だったのか。


<湿原を横切ろうとしてのー。横着するもんじゃなかったのー>

「引っこ抜いてくれってことっすかー? 自分らじゃ力になれないと思うっすよー」


 トレードの言う通りだ。

 このトレントの重量はどう見積もっても数十トンはくだらないだろう。女二人で引っ張ったところでどうこうできるものではない。爆破してもいいなら転がすくらいは容易だけれども、まさかそんなことをするわけにもいかないだろう。


<斧か何かは持ってないかのうー。足をぶった切ってくれればよいのじゃがー。貸してくれればわしでやるしのうー>

「は?」


 なんかすごいスプラッタなことを言い出した。

 自分の足を自分で切る……? 生物としてどうなんだそれは……。


<あー、肉人はそういうことはあまりしないんだったかのうー。うーむ、説明がむずかしいがー、わしらにとって身体の大半はおぬしらの髪とか爪とかと変わらんのじゃよー>


 足を切るのが散髪や爪切りと同じ感覚ってことなのか?

 いくらなんでもダイナミックが過ぎる。


<後生じゃよー。このままでは根腐れして立ち枯れしてしまうんじゃー>


 トレントの声はのんびりしているが、それがかえって悲壮感を漂わせている。なんというか、道でころんだおじいさんから助けを求められている気分だ……。


 結局、見捨てるのも気分が悪いので助けてあげることになった。


 木道に倒れ込まないよう角度を計算しながら、ノミを使って足に溝を彫る。痛がるんじゃないかとびくびくしていたが、トレントはその間もトレードとのんきに世間話をしている。いわゆる四肢切断という大手術になると思うのだが、こんなゆるい空気で行われるものじゃないと思うんだよなあ。しかも医者は一人もいない。


 まあしかし、この世界の常識にケチをつけたところでどうしようもない。


 彫りつけた溝にC4を詰め、起爆。

 トレントの両足はきれいに切断され、胴体は木道の脇にばっしゃーんと水しぶきを上げて倒れ込んだ。


<ほっほっほっー。助かったわー。ひさびさに根切りをして身体が軽いのうー>

「あんまり調子に乗るとまた泥にハマるっすよー」


 トレントは枝葉を振って喜んでいる。

 前世でも盆栽とか植木とかあったけど、案外と植物自体も剪定されることを喜んでいたのだろうか。


<おおー、そうじゃーそうじゃー。お礼をしなくてはのうー>


 トレントは口にを突っ込むと、拳ほどの大きさの石を取り出した。それは薄い紅色に透き通っていて、シロップみたいに甘い香りを漂わせていた。


<これをあげるのじゃよー。トレントの琥珀じゃー。肉人の間では高く売れるのじゃろー?>

「うわあ、これはお宝っすね! 宝石としても香料としても、薬としても珍重されてるものっすよ! これだけの大きさなら金貨1枚はかたいっすねえ」


 助けたのは私ということで、トレントの琥珀は私のものになった。そういえば、トレードのからのお給料も、ヨツメ砦の破壊でヒナゲシさんからもらった報奨金も未だに手つかずだ。


 旅の費用はトレードがぜんぶ出してくれるから、自分で買い物をしたことすらないんだよなあ。前世でもネット通販しか利用したことがないし……。


 いつか落ち着いたらトレードを誘ってショッピングをしてみたいな。そんなことを思いながら、身軽になった身体で湿原を歩いていくトレントの背中を見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る