第21破 婉曲表現はわからない!
「大魔法使いさんとなれば改めてご挨拶しなくちゃねぇ。冒険者ギルド長としてのお姉さんは操樹の乙女なんて呼ばれてるわぁ。見ての通りドライアドで、植物魔法が得意なのぉ」
ヒナゲシさんは頭の花飾りをちょんとつまんでウインクをした。魔法使いは変わり者だらけって言ってたけど……すごく納得できてしまった。
ドライアドって、確か樹木の妖精とかだったよね? ということはあの花飾りはトレードの犬耳みたいに自前なんだろう。感情に応じて開いたりしぼんだりすると思ったらそういうことだったのか。
「で、この魔物は何なんすか? 初めて見るんすけど」
道の脇に倒れている魔物を拾った木の枝でちょんちょんとつつきながらトレードが尋ねる。ヒナゲシさんが倒した方だ。彼らを絡め取っていた木の根っこはいつの間にか消えてなくなっていた。
「瘴気を浴びたゴブリンの変異種ねぇ。ここじゃヨツメって呼んでるわぁ」
「貴婦人のコルセットを抜けるまでは安全だって聞いてたんすけど、こっち側にも瘴気領域の魔物が出るんすねえ」
「うーん、それは間違って
「変わった事情って何なんすか?」
「それは……もうすぐだから着いてから話した方が早いわねえ」
ヒナゲシさんの細い眉がひそめられ、頭の花が少ししおれた。
* * *
「なるほどー、これが
腕組みしたトレードの視線の先には、野戦陣地のような光景が広がっていた。先を尖らせた丸太でできた木柵があちこちに設置され、その隙間を縫って武器や鎧を身に着けた男たちが歩き回っている。
陣地の先には深い谷が横たわり、その中央を一本の回廊のように平らな地面が続いている。幅は数十メートルほど。人の腕ほどもある太い矢が何本も地面に突き刺さっている。
回廊の反対側は、泥と石を固めて作った砦のようなものが塞いでいた。その周辺では異様な猫背の人影がほとんど四つん這いでうろうろとしている。ヒナゲシさんがヨツメと呼んでいたゴブリンだ。
「貴婦人のコルセットがヨツメの群れのせいで塞がれちゃってねぇ。すっかりお通じが悪くなってるってわけぇ」
「貴婦人のコルセット?」
「ああ、それも知らないのねぇ。このきゅっとしまった道だけが前線に通じてるのよぉ。ここが詰まってるからサウスゲイトもすっかり便秘ってわけなのぉ」
なるほど、コルセットで締めた腰みたいに細いってことか。
そしてお通じが悪くなってるってそういう意味かあ。ネットミーム以外の婉曲表現はわからないから勘弁してほしい……。
「変異種って言っても所詮はゴブリンっすよね? どうして駆除しないんすか?」
「それも見てもらった方が早いわねぇ。じゃあ、これから渡ってみるぅ?」
ヒナゲシさんが
びゅぅぅぅぅぅ……
砦から細長いものが発射され、風切音を上げながらこちらに向かってくる。ヒナゲシさんが腕をひと振りすると、木の根が地面を突き破って壁を作った。そして「どすっどすっどすっ」と鈍い音が聞こえてくる。
木の根で出来た防壁の裏側からは、ナイフと見紛う巨大な
「前線に運ぶ途中の
なるほど、それで回廊には杭みたいにぶっとい矢が何本も刺さっていたのか。
「でも、お姉さんの魔法で壁を作りながら進めばいいんじゃないっすか?」
「それが出来ればいいんだけどねぇ。お姉さんの魔法は植物からあんまり離れたところだと使えないのぉ。ここでギリギリ限界なのよねぇ」
再び「どすっどすっどすっ」と鈍い音がして、壁の裏に凶悪な鏃が幾本も顔を出した。木の根の壁はさっきよりもしおしおしていて、鏃も深く刺さっている気がする。
「ってわけで、見学はおしまぁ~い。ずっと壁を張ってるのも疲れちゃうから、一旦退くわねぇ」
回廊の入口から離れ、木柵の陰に隠れる。
「なるほどっすねえ。これが不景気の理由っすか」
「そうなのぉ。ひと月近く前から居座られちゃってねぇ。前線からの収穫が入ってこないとサウスゲイトは干上がっちゃうのよぉ」
なるほど、サウスゲイトの街は交易の中継拠点ってことなのかな。売り物は前線ってところから来るものがメインだから、それが滞ると景気が悪くなっちゃうのか。
「裏から攻めればそう厄介じゃないはずなんだけどぉ……あ、噂をすればねぇ。ここよぉ、ここぉ~」
ヒナゲシさんが空に向かって手を振った。つられて空を見ると、大きな鳥が回廊の向こうから飛んできていた。巨鳥は上空で二回、三回と旋回すると、ばさりばさりと羽ばたきながら地面に着地する。
「プ、プテラノドン……?」
空からやって来たのはプテラノドン人間とでも言うべき生き物だった。流線型の頭にはハンチング帽が載り、目はゴーグルが隠れて見えない。腰にはポーチ付きのベルトが付いている。背中には大きな皮翼が2枚、翼とは別に両腕があり、足の先には鉤爪が生えている。
「姐さんがここに来てるとはタイミングがよかった。ほら、前線からの手紙ですぜ」
「ありがとぉ。さてさて、お返事はっとぉ……」
ヒナゲシさんはプテラノドンから受け取った巻き手紙を開き、さっと目を通す。そして、小さくため息をついた。
「前線も余裕がないのねぇ。こちらに戦力は割けない……と」
「志願する冒険者が集まらないってのが実際だと思いやすがね。ヨツメの巣なんて潰したところで、苦労ばかりで儲けが少ねえ」
「もう、お客さんがいるからぼかしたのにぃ」
「あらら、こりゃ失礼しやした。あっしは逓信担当のディナィタタラクってもんで。見ての通りのケチなワイバーンでやす。ディノって呼んでくだせえ」
ディノと名乗ったプテラノドンはハンチング帽を脱いで軽く頭を下げた。こちらも会釈をして名乗り返す。
ファンタジーの定番だとワイバーンは腕がなくて喋れない設定が多い気がするけれど、この世界ではそれは当てはまらないようだ。
「これはもう犠牲覚悟で特攻隊を募るしかないかしらねぇ」
「姐さんの心配はギルドの財布なんじゃアねぇですかい?」
「もう、ディノは一言多いわねぇ。そっちの犠牲も馬鹿にならないけど、前線にもたどり着けずに何人も死人が出るなんて評判に関わるじゃないのぉ。新入りが減ったらその分実入りも減っちゃうんだからぁ」
「あっはっはっ、結局財布の心配じゃねぇですか」
うう、なんだか物騒な話が始まっている。この世界、地味に殺意が高いんだよな……。
ヒナゲシさんとディノさんの話を、トレードが眉間にシワを寄せ、尻尾を垂らして聞いている。ドワーフ村の時と同じだ。足止めされている間、商売ができなくなってしまう。それはトレードさんにとって当然困ったことなのだ。
とくに今回は真祖ハジケマメという鮮度勝負の商品がある。賞味期限的な意味もあるが、それ以上に流通の問題がある。ジェボア族が本格的に交易を始め、流通量が増えれば高値で売り抜けることはできなくなってしまうだろう。
私はヨツメゴブリンの砦を改めて観察する。
石と泥を固めたものだと仮定して、強度はコンクリートほどはないだろう。サンドアントの蟻塚のように閃光爆破をしなくても十分破壊できそうだ。
問題は距離だ。
回廊は目測で500メートルほどの長さがあり、これは<丸太飛ばし>でも射程外になる。C4の通常投擲では100メートルが限界だから論外だ。
「おや、ニトロがまた何か考えてるっすね。ひょっとして、あの砦もなんとかできちゃったりするっすか?」
「ご、ごめん。まだわかんない」
トレードが期待の籠もった目で私を見てくる。うう……信頼が重い。でも、なんとかできるものならなんとかしたい……。
「あらぁ、もしなんとかできるのならぜひお願いしたいわぁ。報酬も出すし、協力も惜しまないわよぉ」
「おや、丸耳のお嬢さんになんか案があるんですかい? 分け前がもらえるんならあっしも手伝いやすぜ?」
ヒナゲシさんとディノさんまで食いついてきた。
「そ、そしたら、私を連れて飛ぶことってできますか?」
「いやあ、そいつぁちょっと難しいっすね。あっしが運べるのはせいぜい小包くらいなもんで」
私が上空からC4をぽいぽいできれば簡単だったんだけど、そんなうまい話はなかった。
それならC4を渡して空爆してもらう?
いや……危険すぎる。電気雷管の遠隔起爆が可能な範囲は半径300メートル。それより遠くで爆発せたい場合は時限式となるが、設定できる時間は最長で1分だ。輸送中に爆発したら目も当てられない。
「とりあえずこれ使うぅ? こんな遠くじゃはっきり見えないでしょ」
うーんうーんと唸っていたら、ヒナゲシさんが望遠鏡を貸してくれた。大航海時代の船乗りが持ってそうなやつで、見た目は真鍮製の筒って感じのシンプルなものだ。
覗いてみると、砦の細かいところもはっきり見えてくる。芯材はなく、石組みは乱雑で隙間を泥で埋めてかろうじて崩れないようにしているって感じだ。ブロック塀にすら強度が劣るのではないかと思う。
丸い視界の中でC4を爆発させるイメージを浮かべる。難しい構造計算なんて必要ない。爆発の有効範囲内にさえ届かせることが出来れば、どうやったって破壊は可能だろう。
問題はやはり距離だ。距離さえ何とかなれば……
「望遠鏡って言うんすか? 初めて見たっすねえ。自分も借りていいっすか?」
「う、うん」
砦の観察も一通り終えたので、望遠鏡をトレードに渡す。トレードは物珍しげに弄り回し、それからレンズを覗く。
「ひゃあ、これはすごいっすねえ。こんな筒を覗くだけで遠くのものに手が届きそうっす」
トレードは望遠鏡の先に手を伸ばして何かをつかもうとする仕草を繰り返す。私も初めて望遠鏡を使ったときは同じことをしたなあ。病院の窓から外の景色を眺めるくらいだったけど。年に一度、花火大会を見るのが楽しみだった。
「そうか! 花火! 花火だ!!」
「おっ、何か閃いたっすね!」
私は地面に絵を描きながら作戦を説明する。ヒナゲシさんの協力があればいけると思うんだけど、どうだろうか?
「やれると思うわよぉ。どっちにせよ手詰まりなんだし、試せるものはなんでも試すわぁ」
こうして、ゴブリン砦破壊作戦が始まった。
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