第20破 奇襲だって爆破する!

「あらぁ、カワイイお嬢さんたちねぇ。どこから来たのぉ? 飴ちゃん食べるぅ?」

「ども、初めましてっす。冒険商人のトレードっす」

「あっ、に、ニトロ、です」


 トレードはさして気にした様子もなく、にこやかに挨拶を交わしている。水商売のお姉さんみたいな人が神官なのって、この世界では普通のことなんだろうか?


「自分ら砂海を渡ってきたんすけど、商売の渡りをつけたいんすよね。それから前線・・の様子も聞きたいっす」

「あらぁ、お仕事熱心で偉いわねぇ。いい子いい子してあげるぅ」


 伸びてきた手をトレードがさっとかわす。


「で、これがお布施っす。小銀貨2枚でいいっすか?」

「うーん、もう一声」

「じゃあ3枚で」

「おっけぇ。気前のいい子はお姉さん大好きよぉ」


 トレードから銀貨を受け取ったヒナゲシさんはすっかりほくほく顔になっていた。お布施って、こんな感じで渡すものだっけ?


「えーと、まず商材から聞こうかしらぁ。前線・・の件はいまちょっとややこしくってねぇ」

「了解っす。この街で卸したい商材はこれ、<真祖・ハジケマメ>っす!」

「真祖ぉ?」


 ヒナゲシさんが華奢なおとがいに細い指を添えて首を傾げる。

 私も思わず「真祖?」と聞き返したくなってしまったがかろうじて言葉を飲み込んだ。トレードの口八丁に、私もちょっぴりだけど慣れてきたみたいだ。


「ふっふっふっ、これはあの砂漠の幻、さまよえる湖ロプノールで採れたハジケマメの原種っす。まだ・・どこにも出回ってないジェボア族の秘宝っすよー」

「えっ、ロプノールって、本当に!? 砂海の航路が拓かれる前は金貨百枚の賞金がかかってたのよ!?」


 ヒナゲシさんの目が丸くなり、ピンと背筋が伸びた。頭の花飾りも心なしか張りがよくなってる気がする。ロジャーさんも伝説だとか言ってたし、ロプノールに行けたのって本当に貴重な経験だったんだなあ。


「まあ信じられないのも仕方がないっすね。でも、味を知ったら絶対納得するっすよ。とりあえず、試食してみて欲しいっす」


 トレードが<収納>から取り出したハジケマメをヒナゲシさんが試食する。口に入れた瞬間からぷるぷると震えだした。


「これが原種のハジケマメ……。濃い蒸留酒と合わせたらいくらでも飲めそうねぇ。それにお腹の底から魔力が漲ってくるわぁ」

「酒場の売上も爆増間違いなしっすよー。1樽金貨5枚で卸す予定っす。2樽あるっすけど、いい卸先はないっすかね?」

「これだけの品、うちで扱いたいくらいだけど……いまは難しいわねぇ」


 ヒナゲシさんが眉根を寄せた。頭の花飾りもしおれる。これって感情と連動してるの?


生物なまものっすからねえ。あんまりのんびりもしてられないんで、他の酒場や食堂を紹介してくれてもいいっすよ」

「ごめんねぇ、そうしてあげたいのは山々なんだけどぉ……いまはそんな高級品を仕入れる余裕のあるところはないわねぇ」

「何か問題が起きてるんすか?」

「うん、問題が起きてるのよぉ。それで流通が滞っちゃっててねぇ。そろそろ冒険者ギルド長として視察に行かなきゃいけなかった頃だしぃ、前線に行きたいんでしょ? 一緒に来るぅ?」


 こうして私たちはヒナゲシさんにつれられて酒場……じゃなかった、神殿を後にした。


 * * *


 サウスゲイトの街から伸びる道は、街中と同じく木の板で舗装されていた。道の左右は深い森で覆われていて、じめじめと湿気が多い。太陽は密生した木々に遮られ、景色にも変化がないから時間感覚が失われる。歩いたのが数十分なのか、数時間なのかわからなくなってくる。


 森の奥からはほうほうきゃあきゃあと正体不明の鳴き声が聞こえてくる。枝葉ががさがさと時折揺れるが、それが風のせいなのか獣のせいなのかもわからない。暑くはないけど、ジャングルを探検しているような気持ちになってくる。


「ま、魔物とか出ないよね……? 街道は魔物避けがあるはずだもんね……」

「あらぁ、ごめんねぇ。これはあたしたちが敷いた新道だから魔物避けはないのよぉ」


 えっ、魔物出るかもしれないの? じゃ、じゃあ気をつけていかないと。私はC4を発現させ、いつでも投げられるよう身構えて進む。


「うふふ、警戒心が強いのねぇ。そんなに緊張してると着く前に疲れちゃうわよぉ。ま、油断してるよりずっといいけどねぇ」


 ヒナゲシさんがくすくす笑う。何と言われても警戒を緩めるつもりはない。


「ニトロちゃんは冒険者じゃないのぉ? 変わった服装してるけど、箱入りのお嬢様って感じぃ」

「お、お嬢様なんかじゃ……」


 ヒナゲシさんの視線が迷彩服に注がれる。

 ほとんど病院暮らしだったから、箱入りって言えば箱入りなのかもしれないけど、お嬢様ってわけではないと思う。お金の面で不自由はしなかったけれど、両親はろくにお見舞いにも来なかった。正直、顔もはっきり覚えていない。そんなお嬢様なんていないだろう。


「ニトロは魔法使いなんすよ。魔法の実験中に事故に遭って、どこか遠くからこっちに転移しちゃったみたいなんす」

「ああ、なるほどねぇ。魔法使いは変わり者が多いものねぇ」


 そ、そういえばそういう設定になっていた。

 しかし、ヒナゲシさんもあっさり納得してくれたようだ。この世界の魔法使いってよほどの変人だと思われているんだなあ。


「ところでそれがあなたの魔法なのぉ? ……んー、ごめん。ちょっとストップねぇ」


 ヒナゲシさんが足を止める。

 耳をそばだてていたかと思うと、突然左側に腕を伸ばした。森の木々が生き物のようにねじくれ、湿った地面を突き破って無数の触手が飛び出した!


「ギャッギャッギャーーーーッ!!」


 甲高くも濁った奇声が耳をつんざく。


 そこには触手に囚われた醜怪な動物がいた。例えるならニホンザルから全身の毛をむしって緑色のラッカーを塗りたくったような姿だ。顔面には四つの赤い眼球が爛々と光り、乱杭歯の並んだ口はよだれを撒き散らかしながら奇声を発している。それが3体。


「もう、まだ生き残りがいたのねえ。しぶといったらないわぁ」


 怪物を囚えているのは木の根だった。ヒナゲシさんがパチンと指を鳴らすと、木の根が蠢いて怪物の首をひねり、ごきりと鈍い音を立てた。


 その瞬間、背筋にぞわりと嫌な感触。

 咄嗟に振り返り、C4を背後に投げて即座に起爆する。


 ぼごぉぉぉおおおおん!!


「ギィァァァアアアアア!!」


 爆風と共に黒焦げになった怪物の死体が2つ、森から飛び出して道に転がった。爆発に巻き込まれた木が数本、ぎしぎしと音を立てながら倒れていく。


「反対からも来てたのねぇ。助かったわぁ。よく気がついたわねぇ」

「き、奇襲に挟み撃ちは基本なので……」

「へぇ、箱入りのお嬢様かと思ったら、意外に修羅場を潜ってるのねぇ」


 EoGで身につけた危険察知能力 セオリー で反射的に身体が動いただけだったんだけど……。ヒナゲシさんの私を見る目がさっきまでとは明らかに変わっている気がする。参ったなあ……修羅場なんて、ゲームの中でしか潜ったこともないのに。


「そうっすよ! なんたってニトロは最強の大魔法使いっすからね!」


 私の心配をよそに、トレードは自信たっぷりに胸を反らしていた。

 し、信頼してくれるのはうれしいけど、あんまり盛らないで欲しいなあ……。

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