第17話 蟻塚はドミノ倒しする!

 ウインドサーフィンが風を切って砂海を進む。額に当たる風が涼しくて心地よい。


 帆を操るのはキッド。器用にロープを手繰りながら、風を掴んで疾走している。この船は砂滑りと言って、ネズミ人――ジェボア族の伝統的な乗り物なんだそうだ。キッドは一族の中でも一番の乗り手らしい。


「うひゃー、これは気持ちいいっすねえ! 船長さんもこれに乗れるんすね!」

「ああ、若い頃にジェボア族に教えてもらったからな」


 後ろにはもう一艘の砂滑りが着いてきている。

 それはロジャーさんが操り、トレードが同乗していた。蟻塚廃ビル破壊作戦はこの2艘によって決行される。


「まずはぐるっと周ればよかったんだよな?」

「うっ、うん」


 キッドがロープを引くと、船体が傾いて進路が変わる。緩やかな弧の中心にあるのはサンドアントの蟻塚の群れだ。


 間近で見るととてつもなく大きい。地図アプリで丸の内や大手町を散歩・・してみたときの感覚だ。7つの蟻塚が天に挑むかのように青空に伸び、その表面を白く透けた身体のサンドアントが這っている。中にはどれだけの数がいるのだろう。


 周回しながら事前に描いたマップとの差異を脳内で補正する。遠景では確認しきれなかった情報が更新され、計画の細部を調整していく。内部構造はわからないが、外観から四隅に太い柱があり、それが全体を支える構造になっていることがわかる。ということは狙った方向に向けて――


「い、いけます。AーB地点に向かってください」

「よし、いよいよ作戦開始だな! 操舵はオレに任せとけ! お前の指示通りに動かしてやるよ!」


 風切音が大きくなる。帆の端がぷるぷると震える。船体がビル群の間に滑り込んでいく。


「2時の方向! 一番でっかいコブのところ!」

「ヨーソロー!」


 船はコブの前に滑り込み、その場でびしっと止まる。ロープで体を固定していなければ放り出されていただろう。ノミを持ち、素早く穴をうがつ。手応えから蟻塚廃ビル全体の構造が頭に浮かび上がってくる。井戸の岩盤をうがったときと同じ感覚だ。


「ひゅー、お客さんだぜっ!」


 物陰からサンドアントが這い出た瞬間、キッドの鞭が唸りを上げた。乾いた音とともに頭が砕け、白濁した体液が飛び散る。ぐ、ぐろい……。


 私がC4をセットする間、キッドは縦横無尽に鞭を振るって現れたサンドアントを屠っていく。こんなもの私が食らっていたら一発でおしまいだったろう。キッドとの決闘がうやむやに流れたことを心の底から感謝する。


「せ、セット完了! BーC地点に!」

「アイアイ、マム!」


 帆が風を孕み、再びウインドサーフィン砂滑りが再び走り出す。最初と違うのは十数匹のサンドアントの群れが着いてきているところだ。いくら無音の砂滑りとはいえ、一度発見されてしまえば追跡されるらしい。


「はいはーい、アリさんたち、こっちっすよー。美味しいウサギさんがいるっすよー」


 トレードの声。ロジャーさんの駆る砂滑りに乘ったトレードが、<収納>から生きたスナウサギを取り出してサンドアントの群れの脇に放る。私たちを追っていたサンドアントの進路が変わり、スナウサギは必死に砂を蹴立てて逃げ惑う。


「ウサちゃん、ごめんっす! 君の死は無駄にしないっす!」

「くだらねえことくっちゃべってると舌噛むぞ!」


 トレードとロジャーさんは陽動役だ。C4をセットする時間の関係上、私たちの方はどうしても足が止まる時間が出来てしまう。その間、サンドアントを引き付けてもらうのだ。


「次! CーD地点!」

「任せろっ!」


 連携は順調で、3箇所の爆薬C4設置は危なげなく終わった。苦しくなってくるのはこれからだ。残りは2個所だが、蟻塚から溢れ出たサンドアントの数が加速度的に増えている。トレードとロジャーさんが注意を逸らしてくれているが限界がある。こちらに向かってくるサンドアントはキッドの鞭でなんとか撃退していた。


「4つめ完了! 最終地点へ!」

「了解! 飛ばすぜ!!」


 進路変更。DーC地点に向かう……が、正面にはサンドアントの群れが行列をなしている。サンドアントがランダムに逃げ回るスナウサギを追いかけるうちに、こちらの進路に交差してしまったのだ。


 くっ、どうしよう。一か八かC4を投げて爆破する!?


「歯ァ食いしばってな、お嬢さん! うぉぉぉおおお!!」


 キッドの雄叫び。ぼふっと帆が風を掴む音。浮遊感。視界が高くなる。下方にはサンドアントの群れ。


 その瞬間、私たちは空を飛んでいた。砂海のわずかな波を利用して、キッドがウィンドサーフィン砂滑りをジャンプさせたのだ。


 着地。衝撃。目の前には最後の目標。大急ぎでC4をセットする。背後には着地の振動に気がついたサンドアントの群れが迫っている! 迷っている暇はない。第1地点を起爆する!!


「発破ァッ!」


 どどどどどどどど……


 轟音。地鳴り。

 一本目の蟻塚が根本からへし折れて隣の蟻塚にもたれかかる。

 その瞬間にすかさず二本目を、


「発破ァッッ!!」


 どどどどどどどどどど……


 二本目が折れる。一本目に押されて倒壊が加速する。


「発破! 発破ァッッ!!」


 どどどどどどどどどどどど……


 三本目、四本目。巻き込まれるたびに加速していく。


「これでラストぉッ! 発破ァッッ!!」


 どどどどどどどどどどどどどど……


 五本目が倒壊する。これには他とは違う工夫がある。蟻塚は真っ二つに裂け、六本目、七本目に激突する。加速した大質量に耐えられず、六本目、七本目も砂煙を上げて地響きとともに倒壊していく。


「ひゅうっ! こいつぁ壮観だ!」キッドが口笛を吹く。

「いやー、絶景かな、絶景かな!」トレードが手を叩く。

「馬鹿ども! とっととずらかるぞ!」ロジャーさんが怒鳴る。


 倒壊する蟻塚が生み出す爆風を受けて砂滑りがスピードを増す。だが、ここに至ってサンドアントが外敵の存在にはっきり気がついたようだ。ジェボア族の避難所に向けて一目散に逃げる私たちの背を一直線に追いかけてくる。


「蟻塚はぶっ壊したっすけど、本当に大丈夫なんすかぁーー!!!?」

「ああ! 任せとけ!! 音楽とサンドアントは砂神様の大好物だ!」


 爆音に負けじと叫ぶトレードに、キッドが怒鳴り返す。

 避難所に近づくにつれて、陽気な歌声や打楽器の音が大きくなってくる。まるで祭り囃子みたいだ。


 だけど、砂海を駆けるサンドアントの津波も近づいてくる。これに飲まれればいつかの冒険者たちと同じ運命を辿るだろう。キッドの策は本当に上手くいくんだろうか。


 サンドアントの群れに引きずり込まれ、砂海の中で貪られる自分の姿が脳裏をよぎる。冷たい汗が背筋を流れる。


 と、そのときだった。


 ――――――ヴォォォォオオオオオオオ……


 汽笛を思わせる音が聞こえてきた。


 ――――ヴォォオオオオオオオ……


 音が近づいてくる。


 ――ヴォォオオオオオオオ!!!!


 背後の砂海が破裂した。砂中から現れた巨大な何かが、サンドアントの群れを飲み込んでいく。それも一度ではない。甲殻のマッコウクジラとでも形容すべき巨大生物が次々と砂海を突き破り、サンドアントを捕食していく。


「だから言ったろ、蟻塚さえどうにかなれば、砂神様が助けてくれるってよ」


 避難所に辿り着いた頃にはもうへろへろで、キッドの言葉に返事をする気力も残っていなかった。岩の上にべったりと座り込む。


 ――ヴォォオオオオオオオ……


 振り返ると、スナクジラの背から吹き出す砂の潮・・・が、幾筋も砂海から立ち上っていた。

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