第16破 漢のヘソ天は覚悟の証!

「ふふふ、ニトロが本気を出したらお前たちなんて一捻りだってわかったっすか? わかったらよーく反省するよーに」


 トレードが胸を反らしてへたり込んだネズミ人たちを見下ろしている。犬耳をピンッと立てて得意そうだ。あ、あんまり挑発しないでほしいなあ……。


 私は近接戦は苦手……というか、何も出来ないのだ。近接格闘CQCには1ポイントも振っていないし、リアルでの喧嘩経験なんかもあるわけない。あの鞭で叩かれたら一発で泣いてしまう自信がある。


「ははあ、こいつぁ驚いた。変わった嬢ちゃんだとは思っていたが、まさか本当に大魔法使い様だなんてなあ」


 そこにやってきたのはロジャーさんだった。葉巻をふかしながら、隻眼を細めて井戸から噴き出す水を見上げている。


「しかし、あんまり苛めてやんねえでくれ。こいつらにはこいつらの事情があったみたいだしな。この通りだ」


 ロジャーさんは両膝に手をついて――ふさふさの毛に隠れて見えないけど――頭を下げる。


「賊に襲われたのに寛容なことっすねえ。まあ、自分も本気でこいつらをどうこうしようなんて思ってないっすけど。ちょっとからかっただけっすよ」

「いい性格してやがるなあ……」


 あっけらかんと笑うトレードに、ロジャーさんが呆れてため息をつく。


「ジェボア族はな、砂海の水先案内人として長らく俺様たちおかのもんを助けてくれてたんだ。いまじゃ航路がきっちり開拓されちまって雇うやつもいなくなっちまったがな。だが、砂海はもともとジェボア族の縄張りだ。通行料を払って通してもらうのが習わしだったんだよ。砂海で争いをするなんて自殺行為だしな」


 ああ、それでロジャーさんとキッドは顔見知りだったのか。


「それで、いい加減話せよ。ロプノールに一体何があったってんだ?」


 キッドは後ろ脚でがりがりと頭をかくと、重い口を開いた。


「話すより見た方が早い。着いてきな」


 そう言うと、キッドはおもむろに立ち上がってぴょんぴょんと歩き始めた。


 * * *


 私たちが連れてこられたのは、この島でも一段と高くなっている岩山の上だった。勾配がきつく、表面が細かな砂で覆われているから足場が滑って登るのも一苦労だ。しかし、苦戦したのは私だけだったらしく、汗だくで登頂する頃にはみんな頂上で待っていた。


「いやー、でっかいっすねえ。あのアリンコがあんな巣を作るとは驚きっす」

「俺様もこんなのは見たことねえぞ……。一体どれだけの規模の群れなんだ……」


 トレードとロジャーさんが手のひらでひさしを作って見ていたのは、遥か遠くに見える高層ビル群だった。陽炎で輪郭が歪み、ぐにゃぐにゃと揺れている。


 いや、違う。建物じゃない。


 よくよく目を凝らすと、輪郭が歪んでいるのは陽炎のせいじゃなかった。元からなんだ。あちこちがぼこぼこと膨らんで、まるで病気で枯れた大木のようだ。窓に見えたものは穴だった。大きさもまばらで形もいびつな黒い穴が不規則にいくつも開いている。


 そんな不気味なオブジェクトが、砂漠の中からにょきにょきと何本も生えていた。まるでEoGのポストアポカリプスマップみたいだ。あれは突然変異した菌類に侵された近未来都市という設定の不気味なマップだった。


「ロプノールの移動先にあの蟻塚のコロニーがあったのさ」

「駆除はできないんすか? 火を付けるとか」

「小さい蟻塚ならそれもできるが、あんなバカでかいやつは無理だ」

「なるほど、それでこんな岩場に避難してたんすねえ」


 ロプノール……さまよえる湖があんなところに移動してしまったのか。改めて廃ビル風蟻塚の根本に注目してみると、確かに水場らしきものが見えた。周辺には緑が芽吹いていて、砂色一色の景色の中で鮮やかな異彩を放っている。


「それでどうする? 水はこれでなんとなかったろう。食糧はどうなんだ?」

「もうほとんど空っけつだよ。ガキどももずっと腹を空かしてる」

「2週間待てるか? 波切号で食糧を買い付けてきてやるぞ」

「ハッ、そんなにもつかよ。都合よく砂神様の恵みでもあれば別だがな」


 ロジャーさんとキッドは深刻な顔で何か話し合っている。2週間も食糧がないなんて絶対無理だよなあ。トレードが配るお菓子に群がる子ネズミたちの顔が思い浮かんだ。何とかしてあげられないものかなあ。


 よくあるライトノベルだと、こういうときにサバイバル知識を活かしたりして事態を解決するものだけれども、私にそんな知恵はない。それどころか、病室でゲームばかりして暮らしていた私はこの場でダントツに生存力が低いだろう。人より詳しいことと言えば、EoGの仕様と爆弾についてくらいだ。


 習慣とは悲しいもので、無意識のうちに地面に蟻塚群の配置図を描いていた。高さは50メートルから最大で100メートルほど。全部で7棟。強度は一般的なタワーマンションと同等程度と想定しよう。それぞれを低い順にA~Gと呼称する。まずはAを倒壊させて……


「あっ、できた」


 砂の上に矢印を書いては消しを繰り返し、ようやく納得ができるパターンが構築できた。実戦ではプレイごとにランダムにマップが変化するから、こんなじっくり考えてる暇がないんだよなあ。実戦でこれが出来たら気持ちよかったろうなあ。


「出来たって、何ができたんすか?」

「これは……蟻塚の配置か?」

「この矢印は何だ? どういう意味があるんだ?」

「あっ、いや、その、えの、あの……」


 や、やばい。みんなが真剣に話しているところに、私だけ趣味に没頭して遊んでいたなんて言えない。ど、どうしよう。


「ひょっとして、ニトロはあの蟻塚を全滅させる方法が思いついたんじゃないっすか

?」

「あっ、いや、ぜ、全滅……っていうか、ぜ、ぜんぶ、倒せる……かも、しれないって……」


 ううう……我ながら説明が下手すぎる。あの蟻塚を壊したところで、中にいるサンドアントまで全滅するわけじゃない。ぜんぶ倒せるなんて言ったら全滅と意味が変わらないじゃないか。


「蟻塚をぜんぶぶっ壊す方法があるってことっすかね?」

「あっ、う、うん! そう、そういう意味!」


 トレードが私の言葉を通訳してくれる。めちゃくちゃ助かる……。どうやったらこんなコミュニケーション能力が身につけられるんだろう。


「そ、それは本当か!? 蟻塚さえ壊せれば後はなんとかできる! 頼む、この通りだ! 力を貸してくれ!!」


 キッドはごろんと地面に寝そべり、お腹を上に向けて仰向けになった。へ、ヘソ天ってやつ……? えっ、どうしたらいいんだろう。お腹を撫でればいいのかな……。


「男がここまでしてるんだ。なあ、嬢ちゃん、キッドの頼みを聞いてやっちゃくれねえか?」


 今度はロジャーさんが頭を下げてくる。えっ、へっ、ひょっとして、ネズミ人的にはヘソ天が土下座的な意味なのかな? キッドの顔はめちゃくちゃ悲壮な感じだし……ど、どうしよう?


 トレードに視線を振る。すぐに意識から飛んじゃうけど、私はトレードの護衛なのだ。勝手に行動していいわけじゃない。


 すると、トレードはにいっと笑って親指を立てた。


「助けたいんならかまわないっすよ。あんなバカでかい蟻塚がふっ飛ばされるところなんて、一生語り草にできるっすからねえ」

「あっ、ありがとう!」


 こうして、蟻塚廃ビル群破壊作戦が始まった。

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