第15破 井戸だって爆破する!
「はあ? その小娘が大魔法使いだと? 寝言は寝て言いやがれ」
「寝言かどうか、決闘の続きでもやるっすか? お前なんか跡形もなく吹っ飛ばされちゃうっすけどいいんすかぁ?」
「ンだとコラァ……」
キッドの右手が閃き、鞭が空を叩いてぴしゃんと鳴った。
「おもしれえ……下手に出てりゃ調子に乗りやがって。いいだろう、そこまで言うなら受けてやる。」
ああ、もう、めっちゃ怒ってるじゃん!?
漫画なら血管が浮き出るマークがいくつも浮かび上がってるところだよ!?
「あのう、兄貴。取込み中すんません。井戸の件で報告があるんですが……」
と、一触即発のところに別のネズミ人がやってきた。何やら相談事のようだ。
た、助かった……。このまま有耶無耶になってくれないかな。
「ああン!? 井戸だとぉ……しかたねえ、とっとと言え!」
「また岩盤にぶつかっちまって揉めてるんですよ。若い連中は井戸なんて無駄だから命がけでロプノールに戻ろうなんて吹き上がっちまって……」
「ちぃっ! バカどもが!」
キッドは頭をかきむしると、地面にぺっと唾を吐いた。
「勝負はお預けだ。オレも井戸へ行く」
「っざす! お願いしやす!」
2匹がぴょんぴょんと去っていく。
そして、その後をトレードが追っていく。
「……って、な、なんで着いてってるの!?」
「なーんかありそうじゃないっすか。ほら、ニトロも来るっすよ」
「え、ええー……」
トレードに腕を引かれて、私も一緒に行くことになってしまった。
* * *
「井戸なんて掘っても無駄なんだよ! これで何回目の失敗だ!」
「でも、水がなけりゃどうしようもねえだろ!」
「だからロプノールに戻るんだよ! だいたい、水が出たって先が見えてるんだ。ここじゃ作物は何も育たねえ!」
「戻ったってサンドアントの餌じゃねえか! あのバカでかい巣を忘れたのか!」
「所詮は虫けらじゃねえか! それにいざってなれば
そこでは何人ものネズミ人が集まって大声で揉めていた。ロプノールに戻ろうというグループと、それを引き止めるグループで分かれているようだ。
2つの集団の間には直径2メートルほどの深い穴がある。井戸掘り用の道具だろうか、その横にはクレーンのような木製の支柱が立っていた。
「おい、てめえら。ぐだぐだくっちゃべってる暇があったら次の穴を掘れ」
キッドがぴしゃんと鞭を振るうと、騒いでいた集団は静かになった。しかし、そのうちの一人がおずおずと前に出る。
「でもよ……兄貴、どこを掘っても岩盤に当たっちまうじゃねえか。それに長老たちもこの岩場で井戸が掘れたことはないって……」
「ろくに試してなかっただけだ。水読みのオババの占いじゃこの下に水脈があるのは間違いねえそうじゃねえか」
「でもどうやってこの岩盤を掘るんだよ……」
「だからそれは岩盤のねえところをなんとか見つけてだな」
「だから! それはどこにあるんだよ!!」
静かになっていたネズミ人たちがまたざわつき始める。
「ありゃー、堂々巡りっすねえ」
「う、うん。で、でもなんで岩盤くらいで諦めちゃうのかな? その先を掘り進めばいいだけなのに……」
と、うっかり呟いてしまったのがよくなかった。
「じゃあ、てめえなら岩盤をどうにかできるっつうんだな!」
「見たこともねえやつが偉そうに!」
「堅い上に分厚くてどうにもなんねえんだ1」
「大口を叩いたんだ! 責任を取れよ!」
あうう……聞かれてしまった。みんなが一生懸命やってるところにこういうのはよくないよね……。EoGでも天然煽りとか呼ばれてた。コミュニケーションって難しい……。
ネズミ人たちにけしかけられ、あれよあれよと言う間に井戸の底に降りることになってしまった。結び目でこぶを作ったロープを伝い、井戸の底に降りる。深さは10メートル前後かなあ。井戸の底は少し湿り気があり、ひんやりしていて涼しい。
壁面は脆い砂岩で、指先で引っ掻いただけで表面が削れる。一方、足元の方はかっちかちの花崗岩だった。御影石とも呼ばれ、墓石の材料にもなる最硬の岩石だ。モース硬度でいうと6.5。大理石の倍以上になる。
花崗岩は溶岩が冷え固まってできたものだ。大昔に大規模な噴火があってマグマが流出し、その上に砂岩が形成され、それが風化していまの砂海になったのかなあ……。私は地質学者じゃないし、異世界に地球の科学を当てはめても仕方がないのかもしれないけど。
うーん、表面から爆破するんじゃ効率が悪いなあ。爆風が上に抜けて、衝撃が逃げてしまう。C4を埋められる穴が作れるといいんだけど……。あっ、そういえば。
そこまで考えて、ガガドンガさんからもらったノミとトンカチを思い出した。幸運のお守りだっていうから、ミリタリーポーチに入れて肌身離さず持っていたんだった。
ノミを岩に当て、柄尻をトンカチでこつこつ叩く。するとノミの刃が岩の中にするすると潜っていった。不思議なことに、岩全体の厚みや大きさが手応えで伝わってくる気がする。その感覚に従って、必要な箇所に穿孔点を開けていく。
サイコロの5の目のように穴を開けたら、それぞれにC4を詰め、電気雷管をセット。ロープを伝って地上に戻る。
「おい、何もしてねえじゃねえか。ハッ、結局はったりだったのかよ」
「あ、いや、その、こ、これからで。あ、あの、危ないので、一応みなさん、離れてもらえますか」
「ふん、何が危ねえってんだ。この偽魔法使いが。オレたちジェボア族に怖いものなんてないんだよ」
うう、言うことを聞いてくれない。計算上、爆風は真上に抜けるだけだし、破片の飛散や壁面の崩落もないはずだ。きっと大丈夫だろう。私はトレードだけを連れて、井戸から距離を取る。
「あ、あの、3つ数えたら爆発するので、井戸を覗くことだけは絶対にやめてくださいね。た、たぶん、首から上がなくなっちゃうので……」
「忠告も聞けない阿呆な頭なんて無くなった方がいいかもしれないっすけどねー」
そこまで言うと、さすがのキッドたちの顔もさっと青ざめた。一歩、二歩と後ずさりして井戸から離れてくれる。3つ数えてないけど、もう起爆しちゃおう。
「発破!」
どおおおおぉぉぉぉん……
と低い音がして、地面が揺れた。井戸から垂直に爆炎が立ち上り天まで届く柱のようになる。キッドたちはのけぞって尻餅をつき、ぽかんと口を開けてそれを見上げていた。
くくく……百八のC4技のひとつ<岩盤砕き>だ。
ドワーフ村への落石を処理したときとは逆に、岩石を細かく砕くための技である。<岩石落とし>と並んでEoGの山岳マップで活躍した技で、相手プレイヤーを山崩れに巻き込んだり、進路を潰すのに役立った。
この開発のために発破技士の勉強をしたのが懐かしい。試験会場に行けないから資格は取ってないんだけど。
「おおお、水だ! 水だぞ!」
「す、すげえ! 水が吹き出してきやがった!!」
岩盤の下に被圧帯水層があったんだろう。圧力のかかった水が噴水のように吹き出している。水滴がぽたぽたと降って私たちの身体を濡らした。
「はっ、はは……ほ、本当に大魔法使いだったんだな……あんた……」
へたり込んだキッドが、カウボーイハットのつばを持ち上げて噴水を呆然と見上げていた。
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