第14破 子ネズミは飴で釣る!

 ウインドサーフィンに導かれて波切号が辿り着いたのは、広く平らな岩場だった。砂海の中に小島のように浮かんだその岩場には、円錐状の布製テントがいくつも並んでいて、ネズミ人たちがその間を闊歩している。


 キッドが岩場に上陸すると、小さなネズミ人たちがぴょんぴょんと駆け寄ってきた。ネズミ人の子どもだろうか。


「兄貴ぃー! おかえりー!」

「兄貴ぃー! お腹すいたよー!」

「兄貴ぃー! ばあちゃんが喉渇いたってー!」

「おうおう、わかったわかった。今日は大量だからな。まずはババアに水をやるか。それとてめえらには菓子をやるよ」

「わぁーい!」


 キッドは手下に指示をして、波切号から水樽を運び出させた。樽をごろごろと転がしながら集落の中へと運んでいく。その間、キッドはポケットにねじ込んでいた波切号から奪った菓子を子どもたちに配っている。なんだか絵本のワンシーンみたいだ。


「おい、何見てんだコラ! 見せもんじゃねえぞ!」

「あっ、いやっ、その……」

「立場わかってんのかコラ!」

「す、すみません……」


 若干ほのぼの気分で眺めていたら凄まれてしまった。慌てて頭を下げたけれども、正直なところあんまり怖い感じはしない。誘拐されておいてなんだけど……そんなに悪い人には見えないんだよなあ。縛られたりもしてないし。


「ほら、子ネズミーズ、こっちに飴ちゃんもあるっすよー」

「わぁーい!」

「あっ、馬鹿! 人質に餌付けされてるんじゃねえ!」

「まあまあ、子どものやることなんすからそう目くじらを立てなくてもいいじゃないっすか」

「てめえにも言ってるんだよ!」


<収納>から飴を取り出して子どもたちに配り始めるトレードをキッドが怒鳴りつけるが、トレードは意にも介していない。うーん、これはどういう状況なんだろう。


「それでキッドよ。どうしてこんなことをした? 根こそぎ奪おうなんざお前らジェボア族の流儀じゃねえだろう」


 トレードとキッドが言い争っているところにロジャーさんがやってきた。


「飯も水も足らん。それだけだ」

「どうしてだ? お前らは砂海の恵みで生きるのを誇りにしていただろう。これまでは酒や嗜好品を欲しがるだけだったじゃねえか」


 ロジャーさんの言葉に、キッドが顔をしかめて黙り込んだ。

 それを尻目にトレードが引き続き子どもたちをお菓子で釣っている。


「ほらほら、これはチョコっすよー。どうして水や食べ物が足りなくなっちゃったのか教えてくれたらあげるっすよー」

「わぁい! うーんとねー、ロプノールがアリンコだらけになっちゃったって、ばあちゃんが言ってたー」

「ロプノールって何すか?」

「旅する湖だよー。ぼくらはホントは、ロプノールの近くに住んでるんだ」

「おいっ! 余計なことを言うんじゃねえ!」

「わぁ! キッドのおこりんぼー!」


 子ネズミたちはトレードからチョコの包みを受け取ると、ぴょんぴょんと跳ねて逃げていった。


「ロプノール……さまよえる湖か。まさか実在していたとはな」

「ふん、ロプノールの行く先を知っているのは俺たちジェボア族だけだ。てめえらが奪おうったってそうはいかねえぞ」

「そんなつもりはねえよ。砂海の航路は確立してる。中継は必要ねえ。ただ冒険商人時代の血が疼いただけだ」


 ロジャーさんも昔は冒険商人だったのか。引退して客船の経営を始めた……といったところだろうか。それにしても、そのロプノールっていうのに何があったんだろう?


「それで、ロプノールに何があったんだ?」


 って考えていたら、ロジャーさんが同じことを聞いてくれた。


「それを聞いてどうする。オレはお前の船の水と食料で一族を食わせるだけだ」

「片道の航海分しかねえ。そんなものはすぐに尽きるぞ」

「お前らを人質に街に水と食糧を要求する。ロジャー、てめえは港の顔役だ。街の連中も断らねえだろう」


 ロジャーが「ハッ」と笑って、首を左右に振った。


「随分と買いかぶられたもんだぜ」

「なんだと? どういう意味だ?」

「俺がおっねば他のやつが港を仕切れる。そしてその地位を望むやつは掃いて捨てるほどいる。これで意味がわかるか?」

「ちっ、陸の連中にはクソしかいねえのかよ……」


 キッドが舌打ちをし、地面に唾を吐いた。

 な、なんだかすごく生臭い話を聞いてしまった。絵面だけなら緑の毛玉と脚長ネズミが話しているほのぼの空間なのに……。


「商売の世界はシビアっすからねえ。こういうこともあるっすよ」


 動揺する私とは対照的に、トレードはさもありなんという顔だ。普段、そんな様子はおくびにも出さないけれど、きっと色々と修羅場を潜っているんだろう。自分の社会経験の少なさが恥ずかしくなる。


「で、目論見外れのネズミさん、このままじゃ共倒れっすけど、どうするんすか?」

「ぐっ……」

「状況がわかればなんか知恵も出せるかもしれないんっすけどねえ。何しろこちらには森をもまたぐ大蜘蛛を指先ひとつで瞬殺し、巨人も動かすのを諦めた巨岩を一撃で吹き飛ばし、燃え盛る火山をマグマごと消し飛ばした大魔法使いがいるっすからねえ。ネズミ族には解決出来ないことでも、案外楽勝かもしれないっすよー」


 へえ、そんなすごい魔法使いがいたんだ。乗客の誰かかなあ。なるほど、そういう人がいるからトレードも余裕を崩さなかったのかな。実際、私もほっとする。


「ハッ、そんなお偉い大魔法使い様がいらっしゃるんなら砂絵から出してみせろよ。くだらねえハッタリをかましやがって」

「ハッタリじゃないんすよねえ。いまネズミさんの眼の前にいるんすから」


 えっ、どこにいるんだろ? 私がきょろきょろしていると、トレードさんが私の肩をぽんぽんと叩いた。えっ、えっ、どゆこと?


「そう、彼女こそが最強の大魔法使い! その名もニトロっすよ! さあ、不遜なるネズミどもよ、ひれ伏すがいいっす!!」

「は、はい?」


 えっ、ええーーーーーー!?

 だ、大魔法使いって私のこと!?

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