第13破 ネズミ人に拉致される!?

 船上生活5日目。

 ロジャーさんによれば目的地までは約10日間の旅程だから、ちょうど折り返しである。


 C4が使えないなんてどうしよう……と悩んでいたが、あんな怪物サンドアントはあれっきり出てこなかった。さすがはロジャーさんが自慢するだけはある。砂上を滑るように進む波切号は航跡すら残しておらず、サンドアントに気が付かれる心配はないようだった。


「今日も平和っすね~」

「う、うん。平和だね」


 そんなわけで、私とトレードは今日も甲板でのんびりと風を浴びていた。景色は見渡す限りの砂海でほとんど代わり映えしないのだが、たまに岩山やサボテンみたいな植物が突き出している。部屋にいたところですることもないので、点々と存在するわずかな変化を探すのが唯一の娯楽になっていた。


「スナクジラとか泳いでないっすかねえ」

「め、滅多に見られないって話だよね」


 スナクジラとはこの砂海に棲む最大の生き物だ。稀に死骸が浜辺に打ち上がることがあり、それは砂海の神様からの贈り物だとして珍重されている。出港時のディナーで食べたものもそれだ。渡砂船の船乗りたちでも一生に何度見られるかという超レア存在で、見た者は幸運に恵まれると言われているそうだ。


「今日も他のお客はぜんぜんいないっすねえ。あんまり部屋に籠もってるとカビが生えちゃうっすよ」

「さ、砂漠だからカビは生えないんじゃ、ないかな」

「あはは、それはそうっすね。それなら陰干しの干物っす」


 とはいえ、こんな風に砂海ウォッチングをしている暇人は私たちくらいで、他の乗客は滅多に甲板に上がってこない。どうやら常連が多く、砂海の景色などいまさら珍しくもないらしい。3等客室の乗客は流れ者が多いそうだが、トラブル防止のため他の階層への出入りを禁止されているとのこと。露骨な格差だが安全には代えられないのだろう。


「あっ、あれは何だろう?」

「お、何かあったっすか?」


 平線から何かが向かってくるのが見えた。渡砂船と同じく砂の上をなめらかに滑っているが、大きさはずっと小さい。木の葉型の板にマストが一本、それに縦長な三角帆が張られている。いつか動画で見たウインドサーフィンにそっくりだ。


「おー、小型の渡海船っすかね。あんなのもあるんすねえ」

「ちょ、ちょっと乘ってみたいよね」

「安全なところでならやってみたいっすねえ」


 確かに。さっそく平和ボケしてしまっていたが、砂海にはピラニアよりも危険な生き物が潜んでいるのだった。ウインドサーフィンで遊んでいられるような場所ではない。


 ウインドサーフィンは何十隻もいて、ネズミに似た大きな耳の生き物が乘っていた。するすると近づいてきて、鈎付きのロープを投げて波切号に引っ掛ける。そして、ひとっ飛びにジャンプして次々に甲板に着地した。すごい跳躍力だ。


 って、え?


「よう、お嬢さん方、邪魔をするぜ。大人しくしてりゃ怪我はさせねえ」


 その中の一匹、カウボーイハットをかぶった個体が私たちに向けて白い前歯をぎらりと光らせた。その手には丸められた鞭が握られている。


 頭の高さはキーウィ族と同じで私の腰くらいだけど、身長の半分以上を後ろ脚が占めている。脚は細長く、膝が逆関節だ。尻尾は身長よりも長く、先端だけがふさふさとしていた。


「ちょ、えっ? えっ、何?」


 突然の事態に思考が追いつかない。

 でも身体が無意識に動いて、C4を手にトレードの前に出ていた。


 このネズミたちは何なのだろう。これがクルーズ旅行ならサプライズイベントなのだろうけれども、この危険な海でそんなことをするわけがない。


「へえ、ぼんやりした顔をしてるかと思えば、意外に度胸があるじゃねえか。犬人のガキのおりってとこかい?」

「ニトロは凄腕の魔法使いなんすからね! 賊なんかワンパンっすよ! それから自分はガキじゃないっす!!」

「ほう、おもしれえ。オレの鞭とどっちが速いか、試してみるかい?」

「受けて立つっすよ! さあ、ニトロ、こんなネズミバッタは跡形もなくぶっ飛ばすっす!」

「えっ、ええ!?」


 な、なんかトレードが勝手に決闘みたいなことを引き受けてしまった。ど、どうしよう。C4は早撃ちとか向いてないし、爆発させたら船も無事じゃ済まないし、振動でサンドアントが来るかもしれないし……


「おいおい、やめとけ」


 私がだらだらと冷や汗をかいていると、ロジャーさんの声がした。葉巻をふかしながら、私とネズミ人間の間に割って入る。


「よぉ、キッド。あんまり客を脅かしてくれるな。いつも通り酒樽を5つでいいんだろ?」


 あれ、ロジャーさんはこのネズミ人間と知り合いなのか? 仲良しって感じはしないけれど、敵意剥き出しって感じでもない。どういう関係なんだろう?


「ハッ、察しが悪りぃな。一ツ目のロジャーよ、いよいよ残りの片目も見えなくなっちまったんじゃねえか」

「何だと? どういう意味だ?」


 ロジャーさんの声が険しくなる。


「いつも通りじゃねえからこうしてるんだよ。今日は水も食糧も全部だ」

「なっ、いきなり何を言いやがる! 全部渡しちまったらこっちが全滅だ!」

「ふん、この海は俺たちジェボア族のもんだ。通行料は俺たちが決める。もし断れば――」


 キッドと呼ばれたネズミ人間が、視線を甲板の左右に向ける。そこには籠に入ったウサギを手にしたネズミ人間の仲間が何人も立っていた。


「知っての通り、スナウサギはサンドアントの大好物だ。こいつを船の周りに放したら……あとは言わなくてもわかるよな」

「ぐっ……」


 ロジャーさんが悔しげに呻く。ど、どうしよう。一か八か爆破する? でも、吹き飛んだウサギが砂海に落ちたら結局サンドアントが襲ってきそうだし……


「魔法使いの嬢ちゃん、ここは押さえてくれ。こいつらは命までは取らん」

「くくく、わかってるじゃねえか、ロジャー。客船商売なんて始めてずいぶん丸くなったみてえだな。お前の言う通り、大人しくしてりゃあ命は助けてやる。だが、妙なことを考えたら容赦はしねえ」


 キッドの真っ黒で大きな瞳が、一瞬凶悪な赤色に染まった気がした。背筋にぞわりと寒気が走る。


「これで話はまとまったな。積荷全部は俺たちの舟じゃ運びきれねえ。船ごと着いてきてもらうぜ」

「ちっ、しょうがねえ。先導しやがれ」


 こうして私たちは、波切号ごとネズミ人間たちに拉致されてしまった。

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