第12破 砂海は爆破厳禁です!?
「うええ……
潮風……ならぬ砂風を浴びながら、私は甲板の端っこで柵に寄りかかっていた。すっかりグロッキーだ。またしても二日酔いである。昨日はご飯もお酒もおいしくて、気がつけば意識が飛んでいた。
そして、目覚めたらベッドでひっくり返っていたのだ。
どうやって部屋に戻ったのかわからない。トレードに聞いてもげらげら笑って答えてくれなかった。うう……変なことしてないかな……恥ずかしい……。
「少しは気分良くなったっすかー」
トレードも甲板に上がってきた。サンドイッチをもぐもぐと頬張っている。きっと美味しいんだろうけど、いまの私にはとても食べられそうにない。もったいないけど朝食はキャンセルだ。
「野郎ども、出港準備だ! 帆を広げろー!」
「アイアイサー!」
操舵室からロジャーさんの声が響いた。それとともに幾人ものキーウィー族がマストに登り、丸まった帆を次々に開いていく。広がった帆が風を孕み、ぼふぼふと独特な音を立てた。
「タラップ、上げぇー!」
「アイアイサー!」
乗降用のタラップが折りたたまれ、甲板の片隅に収納される。昨日はよくわからなかったけど、ハシゴ車みたいな作りになっているようだ。こんなものを作れるなんてキーウィ族というのはすごく器用な種族らしい。見た目は緑の毛玉なのに。
「もやいー! 解けぇー! 錨ぃー! 上げぇー!」
「アイアイサー!」
港側にいるキーウィ族が、杭に結ばれた太い綱を解いていく。船上ではクランクが回され、鎖に繋がれた錨を巻き上げていった。固定が解かれた波切号が右に左に少し傾く。
「よっしゃー! 野郎ども、出港だ! 取舵いっぱーい!」
「取舵いっぱーい!」
景色がゆっくりと流れ出す。音もなく加速していき、港町が見る間に小さくなっていく。揺れはほんの僅かで、何より音がほとんどしない。波切号はその名前とは裏腹に、砂の上を滑るように帆走していた。
明るくなってやっとわかったが、岸壁はレンガで固められていて、そこが砂海との境界になっていた。レンガも砂海もほとんど同じ色だから、遠目で見た方がかえって境目がくっきり見えた。
「ふ、船ってもっと揺れるものだと思ってた」
「海の船はもっと揺れたっすねえ。これなら陸とほとんど変わんないっすね」
かすかに上下動はあるのだけれども注意しなければ気が付かないレベルなのだ。氷上を滑るスケート選手のようにすいーっと無音で移動している。目を瞑っていたら停泊していると思うかもしれない。
「はっはっはっ、たまげただろう。波切号は渡砂船の中でも一等だからな。同じ渡砂船でも他じゃあこうはいかねえぜ」
そこに葉巻を咥えたロジャーさんがやってきた。
「あんたらツイてたぜ。瘴気領域に安全にたどり着けるのはこの船だけだ。定期便は月イチだからな。逃していたら足止め食らってたぞ」
「おお、そうだったんすか。船長さんも気前のいいお客に出会えてよかったすねえ」
「はっはっはっ、その通りだな。お互いにツイていた。メルカト様に感謝しねえと」
「富と幸運に感謝っすね」
そう言って、トレードが右手の人差し指と親指で輪を作り左胸を2回叩く。なんとなくキリスト教の十字を切る仕草を連想した。
メルカト様って、この世界の神様的な存在なのかな? それにしてもトレードが神様にお祈りするなんて、なんか意外だなあ。お金と面白いことにしか興味なさそうだなと思ってた。
前世では神様なんて空想上の存在だと思っていたけど、ひょっとしたら本当に存在するのかもしれない。現に私は
私を転生させた神様がいるとしたら、どうして私を転生させたんだろう。何かやらせたいことでもあったのかな。ありがちなやつだと、魔王を討伐するとか邪神の復活を食い止めるとか? そういうのだったらやだなあ。ドンパチはゲームの中だけでいいや。
東に輝く朝日に「どうかそういう物騒な使命は勘弁してください」と祈っておく。太陽に祈ったのは、なんかこう一番偉い神様ってだいたい太陽神な気がするからだ。朝日の下ではダチョウに乘った5人ほどの一団が砂埃を蹴立てて走っている。
「ってあれ? あ、あの、砂海って船じゃなくても渡れるんですか?」
ロジャーさんの口ぶりだと、砂渡船じゃないと砂海は渡れないって印象だったけど。あ、でも昨晩もトレードが砂海の上を歩いてたな。時間や苦労を考えなければ渡砂船に乗らなくても問題ないんだろうか。
「ちっ、バカ野郎が……」
「ありゃー、下調べが足りないっすねえ。見た感じ、一攫千金を目指す新米冒険者ってところっすかねえ」
のんきに眺めている私と違い、ロジャーさんは舌打ちし、トレードは頭の後ろで手を組んで呆れ顔だ。
一体どういうことだろうと考えていると、ダチョウの一団を囲んで、砂海にぞわぞわとさざ波が立った。さざ波は輪を縮めていき――
「ぎゃぁぁぁあああっ!?」
思わず悲鳴を上げてしまった。さざ波から次々に何かが飛び出し、一団に襲いかかったのだ。それは白濁した半透明の殻を持つシロアリに似た昆虫で、体長は30センチくらいはある。それが津波にように冒険者たちの姿を覆い隠し、次の瞬間には砂煙だけを残して何も残っていなかった。
「な、な、な、なんですかあれ……?」
「サンドアントだ。振動を感じ取って獲物に襲いかかる。渡海船以外で砂海を渡ろうなんざ自殺行為なんだよ。とくに瘴気領域に向かう航路は数が多い。波切号以外にゃ渡れねえ海なのさ」
ロジャーさんは葉巻を深く吸い込むと、細く長い煙を吐いた。
い、いかん。豪華クルーズ気分になっていたけれど、この世界ってモンスターもいれば盗賊もいる結構デンジャーな世界なんだった。一応はトレードの護衛として雇われてるんだし、私が油断してちゃいけない。
「ってわけでだな。砂海の旅じゃ海を揺らすのは厳禁なんだ。貨物室に近づくなと言った理由もわかったな?」
「素人が船底で騒ぐようなことがあったら、この船もあの冒険者たちと同じ運命を辿るってわけっすね。いやあ、話には聞いてたっすけど、これは想像以上にやばいっすねえ」
二人の言葉に、私はぶんぶんと首を縦に振る。
で、でも、どどど、どうしよう。これ、
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