第18破 商売は冒険です!

 百八のC4技のひとつ<ドミノ倒し>。


 今回私が使った技がそれである。EoGのポストアポカリプスマップにおいて、廃ビルを連鎖倒壊させて敵を巻き込んだり、地形破壊で戦況を混乱させるために開発した。C4だけで倒壊させられるビルのサイズには限界があるが、小さなものから連鎖的にドミノ倒しにしていくことで、単純な爆発力を超えた破壊をもたらす大技である。


 そして、祭り囃子に聞こえたものはジェボア族が総出で行ってくれた砂神――スナクジラを呼ぶ儀式だ。ジェボア族はもともと小規模な蟻塚であれば自分たちで壊してしまうが、そこから溢れるサンドアントの大群はさすがに手に負えない。そこで蟻塚を壊すときにはこの儀式を行い、スナクジラを呼んで食べてもらうのだそうだ。


 動物番組で見たミツオシエという小鳥の生態を連想する。

 ミツオシエは蜂蜜を得るために、アナグマなどの大型動物に蜂の巣の場所を教えるのだそうだ。巣を壊す側が逆だったりと違いはあるけれども、ジェボア族とスナクジラはそれに似た共生関係にあるのだろう。


 それはそれとして――


「ものすごい爆発だった!」

「あんなたくさんの砂神様、ぼく初めて見たよ!」

「爆発やって! 爆発やって!」

「お菓子ちょーだーい!」


 そして、私たちは取り戻したロプノールでジェボア族の歓待を受けていた。私は子どもたちにもみくちゃにされて、ろくに身動きも取れない。そしてお菓子を求められても私は持っていない。


 天敵のスナクジラに襲われたサンドアントは蜘蛛の子ならぬ蟻の子を散らすように逃げ去り、辺りにはもう一匹も見当たらなかった。


 大人たちはロプノールのほとりに集まって宴会を開いていた。飲めや歌えやの大騒ぎだ。波切号の乗客たちも降ろされてそれに混じっている。食糧が足りないって言ってたのに、大丈夫なんだろうか。


「心配ねえよ、あれを見な」


 キッドが指差す先には、きらびやかな衣装を身にまとったジェボア族が輪になって踊りながら何かを撒いていた。女の子なのかな。耳や尻尾の先にリボンが結ばれている。


 撒かれた何かは、地面につくとみるみる芽を吹き、ツルを伸ばして大きくなる。そら豆みたいなサヤができたと思ったらそれが破裂し、弾けたタネがまたみるみる芽を吹き成長する。植物の成長記録のタイムラプス映像を見ている気分だ。


「あれってひょっとして……ハジケマメ?」


 ハジケマメは波切号の初日の料理に使われていたものだ。パチパチする食感がクセになる。弾けて増える様から、ふとそれを連想した。


「おっ、よく知ってるな。おかでも少しは取れるって聞いたが、本来は俺たちジェボアの母なる豆だ。ロプノールの水があればあっという間に大きく育つ」


 そんなことを話している合間に、ロプノールの周囲はすっかり緑のツルに覆われていた。


「せっかくだ。あんたも採れたてを食べてくれよ」


 キッドがハジケマメのサヤを器用に二つに割る。縦半分になったサヤに入ったハジケマメは、それだけで小洒落たお皿に載った一品料理みたいだ。一粒一粒は親指の先くらいの大きさで、波切号で食べたものより倍以上も大きかった。


 くたくたでお腹も空いてたし、遠慮なくいただこう。ひと粒をつまんで口に運ぶ。


「んんんんんん~~~~っ!?」


 奥歯で噛んだ途端、大量の水分が吹き出した。それが強炭酸みたいに弾けて、香ばしい匂いが鼻を抜けていく。食感はラムネ菓子に似ていて、舌の上で柔らかく溶けていく。豆類のもろもろとした食感とは似ても似つかなかった。


「ほおー、これは絶品っすねえ。船で食べたのとはまるで別物っすね」


 トレードもやってきて、犬耳をピンと立ててもぐもぐ食べている。言う通り、同じ食材とはとても思えなかった。採れたての野菜はまるで別物だなんて話は前世でも聞いたおぼえがあるけれど、これはそんな次元じゃない。成長速度も普通じゃなかったし、魔力的な何かが関係しているんだろうか。


「で、カウボーイネズミさん、豆が作れれば食糧問題は解決なんすかね?」

「ああ、塩や酒はこれまで通りの通行料で足りるからな。これでもう何の問題もねえよ」

「ふーん、本当にそうなんすかねー?」


 トレードが横目でロジャーさんに視線を送る。あれ、何かまだ問題があるのかな? 水も食料の問題も解決したし、もう何もないと思うんだけど……。


 ロジャーさんが、軽く咳払いをして葉巻に火をつけた。紫煙を細く吐きながら、言いにくそうに口を開く。


「まあ……正直に言えば、厳しいな」

「ああン?」


 キッドの目が釣り上がった。


「俺様たちの世代はジェボア族に世話になった意識が強い。だが、いまの若い世代はな……海に出る頃にゃもう渡砂船があったんだ。昔の恩だけで通行料を払い続けるなんて納得できねえってやつも増えてんだよ」

「なんだと!? そもそもここはオレたちの海だぞ! 通してやるだけでもありがたく思うのがスジだろうが!」


 うう、せっかく明るい雰囲気だったのに、急に険悪になっちゃった……。こういうとき、ネットなら黙ってログアウトすればよかったけど、リアルならどうしたらいいんだろう……。


「異文化の衝突っすねえ。自分的には恩だの義理だのはよくわからないっすけど、こういうときに役立つものがあるのは知ってるっすよ」

「なんだ……それは?」


 トレードがこほんと咳払いをし、親指で丸を作って左胸を2回叩く。メルカトって神様に祈るときの仕草だ。


「金っすよ、金。金は天下の回りものっす。金の前にはすべての価値が公平に比べられるっすよ。自分に言わせれば、要するに『昔の恩』っていうツケを陸の人間たちが支払い終えちゃっただけってことっすね。カウボーイたちがどう思うかは知らないっすけど、少なくとも陸の若者はそう思ってるってことっす。これじゃあ先が見えてるっすね」

「だったとして、どうしろって言うんだ!」

「簡単っすよ。新たな商材を提供すればいいんす。さっそくそこに見つかったじゃないっすか」


 トレードがにかっと笑って、ハジケマメを指さした。


「さしあたってこの豆を2樽、金貨1枚でどうっすか? ひとまずそれだけあれば向こう数ヶ月分は買い物に困らないと思うっすけど」


 キッドとロジャーさんが、揃って目を丸くした。


 * * *


「いやー、いい買い物をしたっす。船長さんも知らなかったっぽいし、これは高く売れるっすよー。流通が始まったらすぐに値崩れしそうっすから、港についたら速攻で売り払わなきゃダメっすねー」


 航海を再開した波切号の甲板で風を浴びながら、トレードさんが上機嫌で尻尾をブンブン振っている。


「やっぱり商売は冒険をしてなんぼっすね。リスクを恐れず未知に挑むからこそ大きな利益を得られる。冒険商人の醍醐味はやっぱりこれっすねえ」


 本来の目的を考えたらジェボア族に関わるのは遠回りでしかないのに、途中からジェボア族を助けるのにちょっと前のめりになっていると思ったらこういうことだったのか。


「す、すごい。私なんか、子どもたちが可哀想だなとか、そんなことしか考えてなかったのに……」


 うう、やっぱり私は世間知らずなんだろうな。前世でちゃんと考えたことがあることなんて、ゲームの勝ち負けぐらいしかなかった。


 子どもたちが可哀想だなとか、単純に状況に流されちゃってたけど……トレードは色々考えていてかなわないなあ。


「あはは、偉そうに言ったっすけど、自分も行き当たりばったりっすよ。お菓子をあげた子が飢え死になんて寝覚めが悪いっすからねえ。まずはやりたいことをやって、考えるのはそれからっす」


 トレードのからりとした笑い声が青空に吸い込まれていく。

 さっきとは違う意味で、トレードにはかなわないなあとクスクス笑ってしまった。

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