第3爆 爆弾狂、砂漠の海に立つ!

第10破 渋い毛玉と出会う!

「あ、暑い……」


 額から垂れた汗がまつ毛にたまり、目に染みる。滲む視界には一面の砂漠が広がっていた。まっすぐに伸びる石畳は遥か地平線まで続いているが、道の終わりは砂煙に霞んでいてはっきりとは見通せない。


 だが、そんな中でも通行する人はいて、大きな荷物を背負った一団や、ダチョウに似た生き物が引く馬車と時々すれ違う。


 彼らはみんな頭から布を巻き付けていて、その隙間から目だけを覗かせていた。砂埃を避けるためだ。私たちの格好も同じでほとんど素肌を晒していない。こうしないと服の隙間から砂が入り込んで大変なことになるんだそうだ。


 すれ違うときはお互い道の端に寄り、両手のひらを見せて歩いていく。幌付きの馬車の場合はいちいち全員降りてきて、同じく両手のひらを見せながらすれ違った。


「こ、これってどういう習慣なんですか?」


 また別の旅人に両手のひらを見せつつ、トレードに尋ねる。それがマナーだと言われたので素直に従っていたのだが、何度も繰り返すうちに理由が気になってきた。


「そちらを襲うつもりはないっすよーっていう、意思表明っすね」

「お、襲う!?」


 いきなり物騒な話になった。


「街道って言っても、人目につかないところはいくらでもあるっすからねえ。盗賊が旅人や商人のふりをしてるなんてざらっすよ」

「うええ……」


 この世界に来てから出会った人といえば、トレードとドワーフ村の人たちだけで、みんないい人だった。だから、そんな悪い人たちがいるなんて考えてもみなかった。


「魔物だけじゃなく、人間にも警戒しなくちゃいけないんだ……」

「魔物についてはたぶん大丈夫だと思うっすよ。この街道はまだ魔物避けが生きてるらしいっすから」

「魔物避け?」


 そういえば、ジャイアントタランチュラの時にもそんなことを言っていた気がする。


「チキューにはなかったんすかね? この大陸中に残ってる古代王国の遺物っすよ。なんでも千年以上も前に作られて、魔法の力で魔物を寄せ付けないらしいっす。この街道が砂に埋もれないのも魔法の力っすね」


 千年以上も前に作られた道路が今でも現役なんだ。魔法ってすごいなあ。勉強すれば私も使えるようになるのかな? でも、トレードの中では私は凄腕魔法使いってことになってるし、教えてほしいとは言い出しにくい。


 日が傾くまで歩いていると遠くに町並みが見えてきた。とんがり帽子みたいな屋根が連なっている。近づくと、砂色のレンガを積み重ねて作られていることがわかった。


「ひとまず目的地に到着っすね。日が沈む前にたどり着けてよかったっす」


 太陽は地平線に差し掛かっていて、オレンジ色に燃え盛り、波打つ砂漠に強烈な陰影を作り出していた。そういえば異世界初夕焼けだ。ドワーフ村は地下にあったから日の出も日没も見たことがなかった。なんとなくありがたい気分になって、両手を合わせて拝んでしまう。


「お姉さん方、旅の宿はお決まりですか? まだでしたらぜひ朝霧亭をご贔屓に」

「朝霧は朝飯がマズイですよ。おいしい料理をご所望でしたら、ぜひ黄金の日の出亭にいらっしゃい」

「黄金の日の出はシラミが出ますぜ。旅の疲れを癒やすのはやっぱり清潔でふかふかな寝床! 月の微睡み亭は湯桶の水を2杯サービスしますぜ。旅の垢を落としてくだせえ」


 街に入ると、緑色の毛玉みたいな生き物がわらわらと集まってきた。例えるなら毛の長いキウイフルーツ。大きさは私の腰くらいで、つぶらな瞳が二つ並んでいる。手足は毛に埋もれていて指先が見えるかどうかだ。


「なんだとこの野郎! うちにシラミなんて湧いてねえよ!」

「てめえこそなんだ! うちの朝飯がマズイだと!」

「ええい、思い切って水は3杯サービスしますぜ!」

「月の微睡みの! 抜け駆けしてんじゃねぞ!」


 しかし、口は悪い。客引きかと思ったら私たちをそっちのけで喧嘩を始めた。ふさふさの身体をぽふんぽふんとぶつけ合っている。なんだかぬいぐるみ同士が喧嘩しているみたいでほっこりする。


「キーウィ族っすね。砂漠に強い種族っす。このあたりじゃ一番多い人種っすね」


 人種……。この毛玉たちも人間の括りに入るんだ。どういう基準で決まってるんだろう?  しゃべれるかどうか、とかかな?


「えーっと、この中で砂渡りにつなぎがつく宿はあるっすか? あればそこに決めるっすよー」

「それなら朝霧亭に!」「黄金の日の出にお任せを!」「月の微睡み亭は渡砂船とさぶねのベッドもばっちり!」


 毛玉たちが一斉にトレードへと群がる。もふもふと毛玉に揉まれながら品定めをしているようだが、圧が強すぎてさすがのトレードも戸惑っているようだ。犬耳がぴょこぴょこと動いている。


「おいおい、てめぇら。俺様を差し置いて、なーに渡砂船とさせんを語ってやがるんだ」

「げえっ、波切なみきりの旦那!?」「いっ、いつの間に!?」「お、おいらは何にもしてねえよ!」


 また誰かが来て、三人(匹?)のキーウィ族が散っていった。新たにやってきたのもキーウィ族で、片目を黒い眼帯で覆って頭にはいかにも船乗りって感じの制帽がちょこんと載っている。


「よう、嬢ちゃんたち。砂海を渡りたいのなら俺様に相談しな。俺様は波切なみきりのロジャー。この街の港を仕切ってるもんだ」


 ロジャーと名乗ったキーウィ族は、毛の中から葉巻を取り出すと端を噛みちぎってマッチで火をつけた。隻眼を細めながら、ふうと煙をふかす。声も低くてやたらと渋いし、雰囲気はハードボイルドだ。……なのだが、何しろ緑の毛玉である。どうにも締まらない。


「それで嬢ちゃんたちはどこに行きてえんだ? ここにゃ航路がいくつもある。行き先を教えてくれ」

「自分たちは南の果て! 瘴気領域に向かうっす!」


 トレードの返答に、隻眼が丸く見開かれた。


「おいおい、冗談だろ。自殺志願者なんて乗せられねえぜ」

「冗談なんて言わないっす! 自分は冒険商人、危険は承知の上っすよ! ……って、さすがに深層探索をするつもりはないっす。向こうで商売したら、適当に切り上げて帰ってくるっすよ」


 瘴気領域って何だろう? よっぽど危ないところみたいだけど……。適当に切り上げるって言ってるし、危ないことはしないのかな?


「驚かせやがって。ま、そういうことなら問題ねえな。ちょうど明日の出港だ。今夜の宿賃込みでひとり大銀貨2枚。問題ねえか?」

「了解っす。一等客室を頼むっすよ」

「吹っ掛けたんだが、あっさり頷かれるとは思わなかったぜ。冒険商人ってのは伊達じゃねえみてえだな。了解だ。とびっきりの酒もつけてやるよ」

「食事もスペシャルで頼むっすよー」

「はあ、ちゃっかりしてやがる。それも了解だ」


 考え込んでいるうちにトントン拍子で話が進んでいた。ひょこひょこと歩いていくロジャーさんについて街中を進んでいく。街行く人はキーウィ族が多いが、私と同じような丸耳族人間や、トレードみたいなケモ耳を生やした人、他にもドワーフや直立する爬虫類みたいな人たちもいた。最後のはリザードマンってやつだろうか?


「砂海はあちこちの交易路になってるっすからねえ。商人や冒険者が大陸中から集まるんすよ」


 物珍しそうにしていたらトレードが教えてくれた。まるっきりお上りさんみたいでちょっと恥ずかしい。照れ隠しに話題を逸らす。


「そ、そういえばこの街では取引はしないの? せっかくドワーフさんのところで色々仕入れたのに」

「うーん、ここは雲割くもさきから近いっすからねえ。そんな高値がつかないんすよ。まるで儲からないってわけじゃないっすけど」


 なるほど、そういえば冒険商人は危険な交易路を開拓してなんぼ……みたいなことを言っていた気がする。ドワーフ村からここまでは徒歩で1日だった。こんな近場では期待する利益が出ないんだろう。


 トレードとあれこれ話していると、ロジャーさんが足を止め、葉巻で行く手を指した。


「さて、あれがあんたらの今日の宿。そして明日からあんたらを乗せて砂海を渡る波切なみきり号だ」


 葉巻の先には、高さ十メートル、全長百メートル以上はあろう巨大な帆船が砂の上でゆっくりと揺れていた。

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