第9破 新たなる旅立ち!

 爆風消火の一件から1週間が過ぎた。

 積み上げられた黒銀鋼製品の山を前にして、トレードが尻尾をふりふりさせて喜んでいる。


「いやあ、わずか7日でこれだけ作れるとは、やっぱり雲割くもさきのドワーフは腕が違うっすねえ」

「なに、バーンドスライムの死骸からは高純度の鉱石が取れるからの。そうでなければわしらでもこんなに早くは用意できんわい」


 なんでもバーンドスライムは食べた鉱石の金属成分を体内に溜め込むのだそうだ。そのため、炎上中は採掘を止めてしまう厄介者だけど、鎮火すれば高純度な鉱石がみっしりの鉱床に早変わりするらしい。主力製品の生産が1ヶ月も止まっているのにあんまり危機感がないなと思ったら、そういうことだったのか。


「それからお嬢さんにはこれを贈ろう」


 村長さんが私に向き直り、何かを渡してくる。これは……お茶碗? 茶道で使うでっかいお茶碗に似た形のものだった。黒みがかったいぶし銀の地に、白銀の粒が星空みたいに光っていてすごく綺麗だ。


「黒銀鋼で作った盃じゃよ。ちょっとした毒や呪いは祓ってくれる。それにこれで酒を飲めば悪酔いはせず、二日酔いにもなりにくい優れ物じゃ」


 村長さんの目尻が下がる。あー……恥ずかしいことを思い出させられてしまった。バーンドスライムの消火が終わった後は、夜を徹しての大宴会となったのだ。豪華な料理がたくさん出て、歌ったり踊ったり大騒ぎしたことはなんとなく覚えている……覚えている気がするが……すべての記憶に霞がかかっている。


 生々しい記憶が残っているのは翌日の二日酔いだ。頭は割れそうほど痛いし、喉は渇くし、気持ち悪いしで散々だった。トレードが笑いながら介抱してくれたのが骨身にしみて嬉しかった。


「嬢ちゃん、俺からも贈り物だ」


 次はガガドンガさんが木箱をくれた。桐箱入りのお菓子みたいな感じだ。蓋を開けると、中にはトンカチとノミが入っていた。柄は渋い茶色の木製。ところどころに繊細な彫刻が施されていて、金属部分は黒く鈍い光を放っている。


「これも黒銀鋼製だ。黒銀鋼で作ったノミと槌はどんなものにでも穴を開けられる。転じて運命を切り拓く幸運のお守りだな。もちろん、使ってもらってもかまわねえ」

「あ、ありがとうございます!」


 お見舞い品やゲーム大会の賞品は別として、人から感謝されて贈り物をされるなんて生まれて初めてのことだった。なんだか胸の内側がくすぐったくて、顔が熱くなってしまう。


「ちょっとちょっと、ニトロばっかりずるいっす。自分にも何かないんすか?」

「お主には商品に散々色をつけてやったろう」

「ちぇっ、おぼえてたっすか」

「まだまだ耄碌はしておらんわい」


 トレードはドワーフ村にすっかり馴染んでいた。村長ともこんな風に軽口を交わす仲になっている。圧倒的コミュ強だ。


 私は私で子どもたちに爆発魔法を見せてくれとせがまれたり、女衆には何を出しても美味そうに食べると喜ばれ、あれやこれやとご馳走になっていた。ほとんどオモチャ扱いである。


「それで、あんたらは次はどこに行くんだい?」

「自分は南に出て砂海さかいを渡るつもりっすけど……」


 トレードがこちらに視線を向ける。うっ、そういえばトレードとは最寄りの街まで案内してもらう約束だった。到着からのごたごたですっかり忘れてたけど、これからどうしたらいいんだろう……。


「なんじゃ、お主は一緒に旅をしていたわけではないのか。犬人族のお嬢さんは商売として、丸耳族のお嬢さんはなぜ旅をしているのじゃ?」


 トレードは犬人族、私のような人間は丸耳族っていうのか。いまさらながら初めて知った。なぜと言われても……そもそも帰る家もないしなあ……。


「あー、ニトロはなんかすごい遠くから事故で転移してきちゃったらしいんすよ」

「魔法の事故か。それは難儀じゃったのう」


 村長さんが目を細めて同情してくれる。転移っていうか、たぶん異世界転生なんだけど……ちゃんと説明できる気がしない。


「故郷に帰りたいのなら、北の魔導都市を目指すのがよいのかのう。魔法のことならこの大陸で一番詳しいはずじゃ」

「最後までは無理だが、麓の町くらいまでなら俺が案内してやるぜ?」

「あ、あの、帰りたいわけじゃ……というか、帰れないと言うか……」


 私がおろおろしながら答えると、三人が一斉に悲しそうな顔になった。

 えっ、えっ、なんかおかしなこと言ったかな!?


「すまんのう。余計なことを言ったようじゃ……」

「人に言えない事情ってやつもあるもんな……」

「転移してきたとか、余計なことを言って申し訳なかったっす……」

「えっ、あっ、いやっ、そそそそういうのじゃ!?」


 なんかめちゃくちゃ重い事情と勘違いされてる!?


「いや、よいのじゃよいのじゃ。みなまで言わずともわかっておる。そうだ、丸耳族のお嬢さん。よかったらこの村に住まんかね?」

「おお、村長、それは名案だな。女衆や子どもたちとも馴染んでいるし、あの爆発の魔法は採掘にも活躍してくれそうだ」


 えっ、えっ、なんか勧誘されてる!? っていうか、私って馴染めてたの!? なんかオモチャにされてただけな気がするんだけど……。


 でも、そう誘ってもらえるのはうれしい。


 気遣い成分も大いにあるんだろうけど、リアルで人から求められることなんてなかったからな……。両親やお医者さん、看護師さんのお世話になりっぱなしの人生だったし。私がいなければ……と思ったことも何度もある。


 そんな自分が誰かに求めてもらえることなんてなかった。でも……でも……。


「ニトロ的には、何かやりたいこととか行きたいとことかあるんすか?」


 やりたいこと、やりたいことってなんだろう。前世の最期が脳裏をよぎる。世界大会に出たかった。ハリウッドってどんな街だったんだろう。前世のことは、病院の中のことしかほとんど知らない。


 色んなものが食べてみたかった。温泉や海にも入ってみたかった。スカイダイビングとか、パラグライダーとか、船に乗って釣りとかもしてみたい。それより何より……何より……。


「旅が、したい……」


 自然と溢れだしたのは、そんな言葉だった。どこに行きたいとか、何がしたいとかじゃないんだ。私にとってはぜんぶ初めてだから。だから、知らないことを、知らない場所を、ひとつでも多く体験したいんだ!


「それなら決まりっすねえ」


 トレードの顔がにやにやと笑っていた。耳がピンと立ち、尻尾がぶんぶん揺れている。


「旅、それはすなわち冒険! 自分と一緒に行くっすよ!」

「えっ、いい、の……?」

「いやー、ニトロみたいな腕利きが一緒にいてくれると自分も心強いっすよ! あ、護衛の日当はちゃんと出すっす! 道中の経費は自分が持つんで、ひとまずひと月に大銀貨5枚でどうっすか?」

「えっ、あの、お金とか……」

「いやいや、友だちとはいえそういうのははっきりさせなきゃいけないっすよ! ひとまずこれが手付けっす!」


 トレードの手から五百円玉くらいの銀貨が5枚渡された。これがどれくらいの価値なのかはわからないけど、すごく、すごく重たく、そして温かく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る