第8破 火災だって爆破する!
あっという間に2日が過ぎた。
準備中に鎮火してたりしないかな……と密かに期待していたのだが、そんな甘い話などなく、採掘場では今日も元気にバーンドスライムの海が燃えている。
「嬢ちゃん、こんな感じでいいのか?」
「年甲斐もなくわくわくするのう」
「いやあ、どうなっちゃうのかドキドキっすねえ」
「ほ、ほんとにみんな着いてきちゃった……」
みんな重ね着をしてぶくぶくに着膨れている。頭にも布をぐるぐる巻きにし、目だけが出ている状態だ。
危ないから一人でやるって言ったのに、村長さんもガガドンガさんも聞いてくれなかった。これほどの規模で着火したバーンドスライムが消火されるなど前代未聞のことで、とても見逃せないというのだ。
なお、トレードは「面白そうじゃないっすかー」とのことだった。自由だなあ……。
仕上がった耐熱シールドがお願いしたものよりもずっと大きいから変だなと思ってたけど……まあ、安全マージンは十分に取ってあるし、たぶん大丈夫だろう。
そんなわけで、私たちはドワーフのみなさんが突貫で作ってくれた耐熱シールドの影にいた。見た目はただの曲がった鉄板に見えるが、二重構造になっていて空気の層を挟んでいる。これによって熱の伝播を抑えるのだ。覗き窓に嵌っているのも耐熱ガラス。流線型の湾曲は爆風を受け流すためである。
「で、こいつを採掘場のど真ん中にぶん投げればいいのか?」
「え、ええ、はい」
「よっしゃ、じゃあいくぜっ!」
ガガドンガさんが投げたのは特注の
距離は約30メートル。C4の投擲距離は最大50メートルでゲームと同じだ。これは2日間の準備期間中にきちんと検証した。私の身体のスペックも、EoGの自キャラと同等になっているらしい。この範囲ならばセンチメートル単位で正確に狙った場所へと投げられる。
ガガドンガさんは「あらかじめ盥に入れて投げりゃいいんじゃないのか?」と言っていたが、実験したら重すぎて無理だった。目標距離にはとても届かない。
「みなさん、耐爆防御姿勢を! 息を止めるのも忘れないでくださいね! 3カウントで爆破します!」
一斉に身を屈め、両耳を塞いで口を開ける。事前にレクチャーしておいた鼓膜を守る姿勢だ。トレードだけは頭の上に手が来るのがちょっと面白い。まあそれはともかく、爆破、いってみよーっ!
「3……2……1……発破!」
息を止め、起爆スイッチを入れる。
ぼっごぉぉぉおおおん!!!!
ごぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!
凄まじい轟音と共に灼熱の奔流が襲いかかる。耐熱シールドががたがた揺れるが、アンカーで地面に固定しているので吹き飛ばされはしない。瞬間的に気温が上がり、まつげがちりちりと焦げるような感覚がする。たまらず目をつむる。
それから、静寂。炎が爆ぜるパチパチという音もしない。
「やったー! 成功っすよ! 火が消えてるっす!」
トレードの嬉しそうな声。恐る恐る目を開くと、そこには真っ黒な粘液が一面に蠢く光景が広がっていた。炎の赤はどこにもない。
くくく……百八のC4技のひとつ<爆風消火>、無事成功だ!
これは油田火災などの消火に利用されていた手法で、爆風によって燃焼に必要な空気を一気に吹き飛ばし、消火を図るものだ。EoGで焼夷弾と火炎放射器による焦土戦術(本来の意味は違うが、ゲーム内ではこう呼ばれた)が環境を支配していた時期があり、それに対抗するために編み出した技である。
イラン・イラク戦争なんて私が生まれるずっと前のことに妙に詳しかったのも、この開発過程で調べていたからだ。そういう戦争があったってことは知ってたけど、どんなことが起きてたなんて全然知らなかったので調べてみて色々驚いたのを覚えている。
「よーし、野郎ども。水をぶっかけろ!」
「おおー!!」
<爆風消火>開発の思い出に浸っていたら、ドワーフの男たちがどかどかとなだれ込んできた。手に手に水の詰まった樽を抱え、バーンドスライムに向けて中身をぶちまけていく。
水がかかったバーンドスライムはしゅおおおおーっと湯気を上げて動きを止める。固まったバーンドスライムは、黒いけど透き通っていてなんだかキレイに見えた。
「よっしゃあ! これで消火完了だ! これで黒銀鋼の採掘を再開できるぞ!」
バーンドスライムの処理を終えたガガドンガさんがガッツポーズをし、ドワーフの男たちが「うおおおお!!」と歓声を上げる。
よかった……。こんなに期待されて失敗したらどうしようと悩んでいたけど、なんとか成功してよかった。
「ニトロといったか。お主のような一流の魔法使いが来てくれて、我が雲割きの氏族は大いに助けられたぞ」
村長さんが自分の顔の横で拳を3回縦に振る。他のドワーフたちも私に向き直って同じ仕草をした。まるで槌を振るっているみたいな仕草だった。
「ドワーフが最大級の感謝を示すジェスチャーっすよ。同じように返すのが礼儀っす」
「わっ、わかった。ありがとう……!」
トレードに小声で教えてもらい、見様見真似で同じ仕草をしてみる。すると、ドワーフたちは一斉に拳を突き上げて「うおおおおおお!!」と坑道が揺れるほどの歓声を上げた。
「さあ皆の衆、祝いの宴じゃ! バッカスの生花酒が飲み放題じゃぞ!」
男たちが大騒ぎをしながら坑道を上っていく。私もその人波にもみくちゃにされながら上へ上へと押し流されていく。いつの間にか胴上げまでされていて、人の手によるベルトコンベアーで運ばれているような状態になった。
「あっ、あのっ、これっ、うわっ、あっ、あっ」
「こりゃ大変なことになりそうっすねえ。飲み過ぎないよう気をつけるっすよー」
下ろしてくれとも言い出せない私を、トレードがにやにやと眺めている。ちょ、ちょっと、笑ってないで助けてよー! へるぷみぃぃぃいいい!!
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