第2爆 爆弾狂、ドワーフ村に立つ

第5破 情緒が爆発四散する!

「さあ、目的地に到着っすよ!」


 山道を抜けた先にあったのはそそり立つ岩壁だった。あちこちに人が通れるほどの穴がぽっかり空いていて、それぞれから複雑に階段が伸びている。


 これが……街?


 困惑する私をよそに、トレードはつかつかと階段を登り、手近な洞穴の中へ大声で呼びかけた。


「こんちわーっす! 冒険商人っすー! 素敵な商品をお届けに参ったっすよー!」

「おーう、いま行くからちょっと待っててくれ」


 薄暗い穴の奥から返事が帰ってくる。野太い男性の声だった。

 かつんかつんと足音が近づいてきて、やがて暗闇の奥から人影が現れた。身長は私の胸くらいで、顔はもじゃもじゃの髭に覆われている。身体は太く、筋肉質なお相撲さんみたいだ。丸い安全ヘルメットのようなものを被り、肩にはツルハシを担いでいた。


「ド、ドワーフ?」

「おう、いかにもドワーフだ。なんだい人間の嬢ちゃん、そんなことも知らずにこの雲割き岳くもさきだけに来たのかい?」

「すんませんっす。彼女は道中で道連れになったもんで、まだ何にも話してなかったんすよー」


 思わず口走ってしまった私をトレードがフォローしてくれた。どうやらここは魔法もあれば怪物もいて、ドワーフもいるファンタジー異世界で間違いないようだ。


「へえ、そうだったのかい。俺は雲割くもさく岩の氏族のガガドンガってもんだ。よろしくな、旅商人さん」

「旅商人じゃなく、冒険商人っす! 自分はトレードっていう者っす!」

「わっ、私はニトロです」


 差し出された右手に順番に握手をする。大きくて分厚くて、ごつごつした手のひらだった。ツルハシを持っているし、やっぱり鉱山の仕事をしているんだろうか?


「旅商人だとか冒険商人だとか、あんたらは妙にこだわるよなあ。前々から気になってたんだが、一体何が違うんだい?」

「ぜ~んぜん違うっす! 旅商人はいくら遠くまで足を伸ばしても安全な道しか進まないっす! 一方、自分たち冒険商人は危険な交易路や未知の土地にがんがん挑んでいくんすよ!」


 へえ、冒険商人ってそういう意味だったんだ。冒険家プラス商人って感じだろうか。そういうのって憧れちゃうな。私が知っている世界は、病院の周りとネット越しにしか存在しなかったから。


「なるほどねえ。それならよっぽど珍しいものを期待していいのかね」

「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくださいました。まずはこちらをご覧あれ」


 トレードは空中に手を突っ込むと、「よっこいしょ」と気合を入れて大きなものを取り出した。ごろりと転がり出たのは大きな樽だ。


「おっ、そいつぁ酒かい?」


 ガガドンガさんの目尻が下がった。顔の半分が髭に覆われていて表情がよく見えないが、どうやら笑顔になっているらしい。ドワーフらしく、お酒が大好きなんだろうか。


「もちろん酒っすよー。しかもバッカス村の生花酒なまはなざけっす。一昨日仕入れたばかりの上物っすよ。街道があんな様子じゃあ、何年もありついてなかったんじゃないっすか?」

「おお、あんたら、あの街道を抜けてきたのか!」


 目を丸くするガガドンガさんに、トレードがにやりと笑って親指を立てる。


「こいつがあと5樽。全部で6樽あるっす」

「そいつぁたまげた。こんなところで話してるのも何だ。着いてきてくれ」


 ガガドンガさんの案内で暗い坑道の奥へと進んでいく。最初は暗くてよく見えなかったが、やがて目が慣れてきて様子がわかるようになってきた。


 坑道は曲がりくねっており、脇道が無数にある。まるでアリの巣の中に潜ったみたいだ。一定間隔で木製の柱とはりがあり、ぼんやりと光るランプがぶら下がっている。覗き込んでみると、中には光る羽を持つ蛾がゆっくりと羽ばたいていた。


「石喰い蛾だよ。人間には珍しいだろう。鉱石を食う虫でな。屑水晶をやるとこうやって光るのさ」


 物珍しげにしている私に気がついたのだろう。ガガドンガさんが説明してくれる。石を食べて光る虫。この世界にはそんなのもいるんだ。


「さて、ここが広場だ。少し待っててくれ。バッカスの酒が6樽じゃあ大商いだ。村長を呼んでくる」


 岩をくり抜いて作ったベンチを勧められ、トレードと並んで腰を掛ける。ドワーフサイズなのか、座面が低くて膝が腰よりも高くなる。


「すごい……ですね。これ、ぜんぶガガドンガさんたちが掘ったんでしょうか?」


 広場というだけあって、その空間は広々としていた。全体はお椀を伏せたような形で、壁際にはベンチが彫られ、中央には大きな像が立っている。ツルハシとハンマーを両手に持ったドワーフ男性の像だった。ツルハシもハンマーも私の背丈の2倍以上の長さがある。


「すごいっすねえ。何世代もかけて、何百年、もしかしたら千年以上かけて掘ったのかもしれないっすねえ」

「千年以上……!」


 思わず壁に手を当ててなぞってしまう。ごつごつした筋はノミで掘った跡なのだろうか。このひとつひとつにたくさんの人の想いや歴史が積み重なっていると思うとドキドキしてしまう。


「ニトロはこういうの好きなんすか?」

「す、好きっていうか……ぜ、ぜんぶ珍しくって」


 病院に缶詰の人生が終わったと思ったら、突然異世界に来て地球にもなかったものに次々に出会っているのだ。ラノベやゲームの知識に当てはめて理解しようとしているけれど、本当はそのままってわけじゃないんだろう。


「そうっすかあ。まあ、生まれた街や村から一生出ることもない人がほとんどっすもんねえ」

「う、うん。私の場合、街っていうか、部屋からもほとんど……」

「部屋からもっすか!? いやあ、魔法使いは変人が多いっすけど、そんな研究熱心だったんすねえ」

「あっ、あっ、う、うん……」


 魔法使いじゃないと言いたいけれど、どう説明したらいいのかわからない。死んだと思ったらこの世界にいて、なぜかEoGのスキルが使えるようになっていて、姿形も……姿形も……あっ。


「あ、あの、トレード。鏡、持ってる?」

「持ってるっすよ。ああ、取引の前に身だしなみっすね。気遣い助かるっす!」


<収納>から取り出してくれた手鏡を受け取り、恐る恐る覗き込んだ。


 そこに映っていたのは豊かな黒髪に、長いまつげに縁取られた黒い瞳。軽く日に焼けた健康的な肌。目は実物・・よりも少し大きく、鼻も少し高くしたけど……何よりも違うのはふっくらとしたほっぺただ。思わず自分の指でぷにぷにとつついてしまう。


 これは、EoGのアバターそのままの姿だった。コンセプトは「もしも私が健康的に二十歳まで生きられていたら」だ。現実の私は痩せこけていて、髪の毛もまつげも薬の副作用でぜんぶ抜けてしまっていた。


「ぐす、うひっ、うぇひひひひ……」

「ど、どうしたんすか!? 泣いてるんすか!? 笑ってるんすか!?」


 顔を歪めて奇声を発する私の背中を、トレードが慌ててさすってくれた。うう、ごめん。ちょっと情緒が爆発四散しちゃってた。

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