第6破 初めてのお酒!

「待たせたな。村長を連れてきたぜ。って、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「あっ、いやっ、す、すみません。ちょっとその……興奮しちゃって」

「おお、うちの集落はドワーフの中でもかなりデカイからな。そんなに感心してもらえると鼻が高いぜ」


 わたわたしているとガガドンガさんが戻ってきた。私は慌てて爆発四散した情緒を修復して背筋を伸ばす。


「元気のよさそうなお嬢さん方じゃのう。わしが村長のガガドゥアルガじゃ。よろしく頼む」


 ガガドンガさんの隣には、腰の曲がったドワーフのおじいさんがいた。髭は真っ白で、額や目尻には深いシワが刻まれているが怖い感じはしない。むしろ、旅番組に出てくる田舎の優しいおじいちゃんって感じだ。


 村長さんと挨拶を済ませると、トレードは早速商談に移行した。まず6つの樽をうんしょうんしょと並べていく。


「おお、これがぜんぶバッカスの生花酒なのか。最後に飲んだのは何年前だったかのう……」

「一応去年も行商から買ったが、あんときは酸っぱくなっちまってたなあ」

「生花酒は足が早いっすからねえ。その点これは一昨日買い付けたばかりの新鮮な品っすよ。せっかくなら味見するっすか?」

「うむ、頼む」


 トレードがコップを2つ取り出し、樽の蛇口から中身を注いだ。甘酸っぱい柑橘系の匂いがふわっと漂う。


「むう、これよこれ。これこそが本物の生花酒じゃのう」

「こりゃたまらねえな。これを味わっちまうといつもの茸酒じゃ物足りなくなっちまうよ」


 村長さんとガガドンガさんが一気に飲み干し、ぷはぁと息を吐いている。そんなに美味しいのだろうか?


「ニトロも味見してみるっすか? はい、これ」

「えっ、でも私お客さんじゃないし……」

「遠慮しないでいいっすよ。友だちじゃないっすか」


 といってトレードはにっこり笑い、コップを押し付けてくる。

 と、友だち……その言葉の響きに胸がきゅっとなる。


 手渡されたコップは薄いピンク色の液体に満たされていて、炭酸なのか、細かな泡が浮き上がってはぷちぷちと弾けている。泡が弾けるたびに、爽やかな甘い香りが濃くなった。


 思わず喉がごくりと鳴る。


 お酒……お酒だよなあ。飲んでいいのかなあ……と前世の常識が脳裏をかすめる。お酒は二十歳になってからが日本の法律だったが、ここは異世界だし、私の身体も設定上は二十歳だ。いまさら気にしても仕方がないのかもしれない。


「ひ、一口くらい、いいよね……」


 誰に言うでもなく言い訳を口にしてから、一口飲んでみる。最初に酸味がちょっとだけして、すぐに蜂蜜のように甘くなる。でも飲み込むと後味はすっきりしていて、鼻の奥から心地よい香りが抜ける。まるで春風を飲んだみたいだ。


「お、おいしい……!」


 気がつけばコップが空になっていた。なんだか頭の芯がぽわぽわして、頬が熱い。地面がぐにゃぐにゃ柔らかくなって、右に左に傾いている。地震かなあ。


「あれ、大丈夫っすか? ひょっとしてお酒弱かったっすかね?」

「うみゃむにゃ、わかんにゃい……」


 おおお、これがもしかして酔ってるうって感覚にゃのかにゃ? んにゃー、なんだか楽しい気持ちになってくりゅ。おお、トレードが二人もいる。リア友が二人にに増えてしまった。あははは、あははははは。楽しいなあ。うれしいなあ。


「こりゃ酔ってるっつうか、飲み慣れてないんじゃないか?」

「うにゅう、初めて……れす」

「え、初めてお酒飲んだんすか!? ニトロっていくつっすか!?」

「じゅ……はたち……」

「二十歳で初めてか。俺達なんてお袋の乳より先に酒を含むもんだが」

「お主ら、そんな話はあとにせい。転んだら危ない。座らせてやりなさい」

「おおっと、うっかりしてたぜ。お嬢ちゃん、肩貸しな」


 濡れた布団みたいにどべっとなりながら、ガガドンガさんにベンチに座らせられる。


「これ、飲むといいっすよ」


 トレードから渡された水筒の水を飲む。ハーブか何かが入っているのか、喉がすうーっとしてすっきりする。

 まだ少し目が回るし、吐く息がひどく熱く感じるけど、ちょっと落ち着いてきた。


「さて、お嬢さんも落ち着いたようだし商談に戻ろうかの。6樽すべて買いたいが、いくらになるかの?」

「ひと樽あたりメルカト金貨3枚。まとめ買いなんでおまけしてぜんぶで15枚でいかがっすか?」

「むう、15枚か……」


 トレードが提案した金額に村長が渋い顔をする。金貨15枚がどれくらいの価値なのかわからないが、きっと大金なんだろう。


「現金じゃなく、物でもいいっすよ。というか、元々仕入れもする予定なんでそっちの方が手間が省けるっす」

「おお、それは助かる。じつはつい先日も行商が来たばかりでな。現金の手持ちが少ないのじゃ。それで、何か目当ての品はあるのかの?」

「そりゃあもちろん。雲割くもさきのドワーフと言ったら、名高い黒銀鋼っす! 加工済みでもインゴットでもいいっすよ!」

「黒銀鋼か……」


 村長の顔がまた渋くなる。トレードの口ぶりからはこの村の特産品っぽいけど、これも都合が悪いのだろうか。


「ひょっとして行商に在庫をぜんぶ売っちゃったとかっすか? 普通の行商にそんな金はないと思うんすけど、出し惜しみならひどいっすよ」

「いや、そうではないのだ。我々も困っていてな。ううむ、見てもらった方が納得もしてもらえるじゃろう。すまんが、付き合ってくれるか」


 ドワーフ村のさらの奥に向かうことになった。右に左に折れ曲がりながら薄暗い通路を下っていく。歩いているうちにだいぶ気分がよくなってきた。やっぱり初めてなのに一気に飲んだのがいけなかったんだろうか。お酒ってむずかしいなあ。


「けっこう下るんすねえ」

「黒銀鋼の鉱床は山の芯にできるからのう。それに何百年も掘ってる坑道じゃ。深くもなる」


 坑道は時折広くなり、また細くなりを繰り返している。村長さんによれば、広いところは鉱脈があったところで、鉱脈に突き当たるたびにその周辺で採掘し、一通り堀り尽くしたらまた次に進む……という感じなんだそうだ。


 階段を下るたびにだんだん暑くなってくる。ううー、まだお酒が残ってるのかな。今後お酒を飲むときはくれぐれも気をつけよう……。


「さて、ここがいまの採掘場なんじゃが……こんなものが湧いてしまってのう」


 暑く感じたのは、お酒のせいではなかったらしい。

 通路から見下ろす採掘場の床一面が赤々と燃え上がっていた。そしてその炎の下では、不定形の何かが生き物のように蠢いているのだった。

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