第4破 落石も爆破する!

 断崖に張り付いた道は細く、二人並んで歩くと落っこちてしまいそうで怖い。壁側にくっついて足元を見ながら進む私とは対照的に、トレードさんは崖すれすれを鼻歌交じりで歩いている。高いところが怖くないのだろうか。


 EoGでは航空機からばーんとフィールドに飛び降りていたのだが、ゲームとリアルとではまるで違う。下の方から風がふお~っと吹いてきて、前髪が揺れる。こんな感触はゲームにはなかったものだ。そのたびに足の裏からぞわぞわした感覚が上がってくる。


「あ~~~~っ!!」

「ひぃっ!?」


 トレードさんの大声に思わずびくっとしてしまった。なんだなんだ、またあのお化け蜘蛛みたいのが現れたのか!?


「道が塞がれてるっす……。ここ何年か、この街道の行き来はないって聞いてたんすけど、これが原因だったんすねえ……」


 顔を上げると、道の先が大小の岩で塞がれていた。落石でもあったのだろうか。石の隙間から雑草や細い若木が生えているから、ここ最近のことではなさそうだ。


「はあ……これは引き返すっきゃないっすね。無駄足踏ませて面目ないっす」

「えっ、いやっ、その」


 謝られるようなことはない。自分ひとりでは街道にたどり着くことすら出来なかったろうし、無駄足も何も私には目的地すら存在しないのだ。


「ああああ……絶対高値で売れると思って気合いで仕入れたのに……」


 ついさっきまで元気いっぱいだったトレードさんが露骨に凹んでいる。犬耳と尻尾がぺたりと垂れて、両手と膝を地面について涙目になっている。古いネットスラングだが【orz】の形だ。


 うう……何か慰めの言葉でもかけたいけど、EoGなら【WP(Well Played:いいプレーだった)】とか【NT(Nice Try:いい挑戦だった)】で済むんだけど、うう……うう……上手く言葉が出てこない……。


 気まずくってつい視線が泳ぎ、落石をぼーっと見つめる。これさえなければこんな気まずいことにはならなかったのに……。EoGのランダムマップでもいきなり道が塞がっててイライラすることがあったなあ。


 そんなときは障害物を爆破して道を切り拓いていたけれども……あれ、待てよ?


「あっ、あっ、あの!」

「ああ、すまないっす。引き返すなら早くしないと日が暮れちゃうっすね」

「その、あの、違って、あれ、なんとかなる……かも……です……」


 手足をバタバタさせながら落石を指す。言葉の終わりの方がどんどん小さくなってしまった。


「あの落石を魔法で何とかできるってことっすか!?」

「ひゃいっ、あいっ、た、たぶん……」

「すごいっす! いやー、ニトロと一緒に来て本当によかったっす!」

「あ、いや、はい……」


 ぜ、絶対できる自信があるわけじゃないんだけどな……。すっごいキラキラした目で見つめられているし、尻尾がぶんぶん揺れている。こ、これは失敗できない……。


 落石のそばまで行ってじっくり観察する。まず、超大物がひとつ。その周りに中小の岩石や土砂が詰まっているようだ。とりあえず大物の方を崖下に落としちゃえば通れる気がする。


 C4を出現させ薄く伸ばして超大物に貼る。角度ベクトルは……壁側に対して45度。これなら追加で土砂崩れを誘発することもないだろう。電気雷管をセットして、トレードさんを連れて爆風の範囲外へと距離を置く。


「あ、あの、念のため身を屈めて、両耳を塞いで、口を開けておいてください」

「おお、なんかすごい魔法を使うんすね! 了解っす!」


 トレードさんは素直に言うことを聞いてくれた。

 耳をふさいで口を開けるのは爆音で鼓膜が破けるのを防ぐためだ。そんな仕様はEoGには存在しなかったが、この世界と挙動が一致するとは限らない。気をつけるに越したことはないだろう。


「じゃあ、行きます! 発破!!」


 電気雷管のスイッチを入れて起爆すると――


 ぼっごおおおおおん!!!!

 がらがらがらがら……


 大地を揺らす爆音が轟き、超大物が崖下に落ちていった。

 狙い通り、超大物は形を保ったままだ。C4を適度な薄さで広げてあげないと、一点に力が集中して岩が砕けちゃうんだよね。そうなると残骸が道を塞いでしまって元の木阿弥になってしまう。


 くくく……百八のC4技のひとつ<岩石落とし>である。


 限定されたフィールドでしか使えないが、高所にある岩石を落として下にいる対戦相手を押しつぶす技だ。編み出した当初は新規実装の地形トラップだと誤解され、運営にクレームが殺到したのはよい思い出だ。拝啓、運営様。その節は誠に申し訳ございませんでした。


「す、すごい! すごいっすよ! これで通れるっす!」


 巨石が取り除かれた街道に、トレードさんが飛び上がって喜んだ。犬耳がぴんと立ち、尻尾がぶんぶん揺れている。

 小さな岩や土砂は残っているが、これなら十分に通行できるだろう。壁側にも影響はなく、追加の落石はなさそうだ。


「いやあ、自分冒険者としても少しやってたことがあるんすけど、こんなすごい威力の魔法見たことないっすよ。ひょっとして、魔導国の学院出身だったりします?」

「あっ、いや、違い……ます。それより、トレードさんが、喜んでくれてよかった……です」


 魔導国とか学院とか言われても、当然ながらまったくわからない。


「そりゃもう大喜びのコンコンチキっすよ! あ、それから『さん』なんていらないっす。自分らはもう同じ釜の飯を食った仲間! 友だちなんすから!」


 よ、呼び捨て!? リアルで話したことがある人なんてお医者さんや看護師さんぐらいしかいなかったから、呼び捨てなんてしたことない。ハ、ハードルが高すぎる……!!


「ト、トトトレード……」

「トトトレードじゃないっすよ」


 語尾にwが付きそうな笑顔でトレードさん……ト、トレードが言う。ま、まずは脳内で練習しないと……。ト、トレード、トレード、トレード、トレード……


「……トレード」

「あっはは! 名前呼ぶだけでそんなに緊張されたの初めてっすよ」


 トレードさ……トレードは、向日葵ひまわりみたいな笑顔で落石の跡を踏み越えていく。私はそのうしろを崖から落ちないように壁に手をつきながらおっかなびっくり追いかけていった。


 こ、これは前世も含めて初めてのリア友ができた……ってことでいいんだよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る