第24話 最後の戦へ

 聖皇歴710年、3月。


 幕府軍と百鬼夜行の大戦は戦況が膠着しつつあった。

 ここ数年で幕府軍は東州のかなりの地域を占領していた妖怪たちから奪還した。

 それに対して百鬼夜行は組織立った抵抗をせず、西州の本陣に篭ったままになる事が多かった。

 しかしそれで良しというわけではない。

 取り返した土地に元の住民が戻る事は容易ではなく、そちらは東州全域で遅々として進んでいない。

 人々はまたいつ来るかわからない百鬼夜行に怯えているのだ。

 それならばどこかに隠れ潜んでいた方がいいという者がいまだ数多くいるのだった。


 事実、動きは鈍くなったとはいえ時折百鬼夜行は全軍を挙げて突然嵐のように進撃を開始する。

 そして侵攻した地域を焼け野原に変えてまだ戻っていく。

 それも幕府軍が奪還し復興が進みつつあるエリアばかりが標的となった。


 ……まるで、お前たちのしている事など全て無駄なのだと嘲笑うかのように。


「思ったようには進まんものだ」


 火倶楽城かぐらじょうの将軍、嘉神征崇かがみまさたかもここの所険しい表情でいる事が多い。

 人も金も無尽蔵に沸いてくるわけではない。

 この膠着状態の間幕府はじわじわと疲弊しているのだ。


 四天王の一角、骸岩がいがん刻久ときひさが討ったという報に味方は随分と沸いたが、その後で百鬼夜行軍は巣に篭るようになってしまった。

 これは征崇にとっては計算外でありよくない流れである。


 そして更にこの若き将軍を悩ませる報が届く事になる。


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 黒羽一族の密偵からの報告書を受け取って目を通していた征崇。

 読み進めていくうちに眉間に深い皺が刻まれる。


「これは……まことか」

「は。十年掛けて入念に調べを進めた結果でございまする」


 黒装束に烏の顔の密偵がそう言って頭を下げた。

 征崇にもたらされた報とは……。

 この十年でという報告であった。


「何かが妖怪に『化ける』……所謂いわゆる妖怪誕生の瞬間を目撃する者が増えてきているという噂より調査を開始しました。実際に大陸各地に百鬼夜行の蛮行とは無関係の所で妖怪の集落が増え続けておりまする」

「この大乱が何がしかの影響を与え妖怪の数が増加しておると、そう申すか」


 征崇の言葉に密偵が再度肯く。


「増え始めたと思われる時期は乱の始まりとほぼ同じであり、無関係とするには……」

「ううむ」


 唸って手に力が入る征崇。

 手にした資料に皺が寄る。


「世が乱れたる時に現れる妖怪は、確か……」

「凶暴で残忍であり、悪を為す者が多い傾向にございまする」


 ふーっ、と重たい息を吐いて征崇は俯いた。

 今こうしている間にも大陸には新たな悪行妖怪が増え続けているという。


 将軍は……決断を迫られていた。


 ────────────────────────

 ウィリアムらが黒羽の別働隊として各地で腕の立つ武人の勧誘を始めて2年が経過していた。

 その間、彼らの説得に応じて幕軍に加わってくれた者もいればそうでない者もいる。


「一本足剣法のサーダ・ハールは丸と……。後はトゥギャザー神拳のルー・オー・シヴァも丸だな……先月は結構順調だったな」


 手にしたリストに筆で印を付けている疾風はやて

 そんな彼の目の前ではパルテリースに獅子王が剣の稽古を付けてやっている。


「よし、いいぞ。その呼吸だ。今の間を忘れるな」


 片手で木刀を持ち、もう片腕は腰の後ろに回している獅子王。

 彼は今本来の獅子頭ではなく人の姿だ。

 彫りの深い顎鬚のある渋い壮年の巨漢である。


「あーっ、もう、届かないな~……」


 全身汗だくのパルテリースが乱れた呼吸でぼやいた。

 彼女も10年近い修行で相当の腕前になっているのだが、それでも尚この大妖怪の剣豪は片手で軽々とあしらっている。


「もーその顔やめなって! ライオンさんがいいよ」

「そうは言っても時期が時期だ。あまり妖怪の面体で出歩くべきではなかろう」


 文句を言うパルテリースに肩を竦める獅子王だ。


 そんな彼らを縁側に並んで座ったウィリアムとエトワールとまほろが眺めている。

 まほろもすっかり美しい女性に成長した。頭の狸耳は当然そのままである。


「ここの所大きな戦いの話も聞こえてこないし穏やかだな」

「近くどっちかが大きく動くと思いますけどね。どっちもこのままでいいはずねーですし」


 ウィリアムとエトワールが2人でお茶を啜る。

 丁度その時彼らの眼前に密偵が下りてきた。


「爺様にご報告でございまする! 御免!」


 そう言って密偵はウィリアムの脇に置いてあった皿から串団子を1つ手に取ると咥えながら寺の中に消えていった。


「ごめん言うたら何してもいいわけじゃねえでごぜえますよ!」


 自分の分の団子を取られたまほろが切れた。


 ────────────────────────


 それから一刻の後。

 黒羽の里は俄かに騒がしくなった。

 顔役たちが招集され本堂に集まる。

 場に満ちているのは静かに冷たい張り詰めた空気。


 そして幻柳斎げんりゅうさい老人が集まる一同の前に立った。


「上様が決戦を決断された」


 長の言葉に本堂がざわつく。

 しかし動揺はそれほど伝わってこない。

 やはり皆、いつかは……と、覚悟はしていたのだ。

 ウィリアムは黙って目を閉じた。


(遂に、か……)


 それは決して大きな勝算があっての決断ではない。

 しかし、幕府の人や物の……そしてそれを取り巻く現状を考慮し決戦を仕掛けるには今しかないという判断だった。

 例え最良、最善のタイミングではないとしてもこちらは今が頂きピークなのだ。

 これ以上引き伸ばした所で状況が好転していくとは思えず、悪行妖怪はじわじわと数を増やしていく。

 もうここで打って出るしかないのである。


「我らが目的は妖怪王ゼクウと四天王残り3匹の首級じゃ。我ら一族も総員でこの大戦おおいくさに参加する。各人備えよ。出立は近いぞ」


 全員が無言で頭を下げ慌しく本堂を出ていった。

 出陣の準備に入るためである。

 残ったのはウィリアムら勧誘部隊の面々だ。


「さていよいよか。長かったな……。先生方はどうする? 俺は自分の隊があるんでそいつらと参戦する事になるが。優陽ゆうひんとこに合流するかい?」


 疾風に問われてウィリアムが思案するように目を閉じる。


「……いや、もう彼女の側を離れて久しいし今になって合流すれば集中を乱す事になりかねない。君が差し支えないようなら君の部隊に加わりたいんだが」

「俺は勿論構わんぜ。先生方が入ってくれるんなら俺は楽ができそうだな。だっはっは」


 戦の前の重い空気を払拭しようとしてか普段よりも軽い調子で言う疾風だ。


「ウチはセンセと同じで」

「右に同じく~」


 エトワールとパルテリースも隊に加わる事に決まる。


「狸もお忘れなく。あっしもそろそろ先生に格好良い所をお見せしておかねえと」


 愛用の仕込み杖を肩にひょいと担いだまほろがニヤリと不敵に笑った。


「フフフ、疾風よ。この獅子王を使いこなしてみせるか?」

「うっへ……まさか俺が伝説の六大妖サマを指揮する日がくるとはな。人生何があるかわからんぜホント」


 そう言って笑いあって、疾風と獅子王は差し出した拳を軽くぶつけ合うのだった。


 ────────────────────────


 幕府軍、決戦へ……。


 その一報は大陸西方、百鬼夜行本陣へも届いていた。


「……まあ、仕掛けてくるならここだろうな」


 報告を受けた四天王、斬因ざいんが特に感慨もなく肯いた。

 将軍、征崇と四天王、斬因は共に切れ者同士……互いの考えがある程度読めている。


「どうする? 待ち受けるのか?」


 尋ねる四天王、羅號らごうに斬因は首を横に振った。


「いいや、こちらからも打って出る。連中を叩き潰してその勢いのままもう一度火倶楽を火の海に変えてやるさ。それで奴らは完全に終わりだ。オレたちの勝ちが確定する」

「クァッカッカッカ、そいつぁいいぞ。オレも久しぶりに大暴れするぜ」


 大きな腹を揺すって笑う羅號。


 結局のところ……。

 幕府軍は妖怪王を狙うより他はない。

 百鬼夜行の大軍団は妖怪王ゼクウの絶対の力と絶対の恐怖により纏まっている。

 ゼクウがもしもいなくなるような事があれば軍団の体を維持できなくなるだろう。

 例え四天王が残っていたとしてもだ。

 そもそもが四天王もゼクウがいるから纏まっているようなもので本来互いの関係はお世辞にもいいとは言えないのだ。


 今は静かにしている自分たちの巨大な主を見上げる斬因。

 獣は眠っているのか目を閉じていて動かない。


妖怪王こいつを殺せる奴などいるわけがない)


 夕暮れを背景にして巨体をシルエットにしているゼクウを見上げて斬因は冷たく笑った。

 そんな斬因とゼクウを四天王、凶覚きょうかくが冷めた目で見ている。


「オレたちは何がしたかったんだろうな……骸岩」


 その彼が小さく口の中だけで呟いて目を閉じた。




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