第23話 再会の初対面
聖皇歴708年、5月末日。
黒羽特別勧誘部隊(仮名)に最初の任務がやってきた。
片道3、4日の旅であった。
今回は徒歩の旅だ。
向かうのはウィリアムとエトワール、そして疾風と獅子王の4名。
火倶楽と周辺国は幕府により大分野良妖怪の駆逐が進んだが、それでもまだ遭遇する事がある。
トラブルの時に馬を連れていると動きが制限される。
「やたら腕の立つ女だそうだ。名前は……
資料に目を通しながら
徒歩なら彼なら1日で到達できる距離なのだが、任務の内容上彼だけが先行しても意味がない。
「一刀流の達人で居合を良く使うんだそうだ。……だが、偏屈で人嫌いらしい。それで山で1人で暮らしてるんだとさ」
「難易度高そうなミッションだなー」
他人事のようにエトワールが言う。
「だろぉ? こんなもん俺じゃどうもできんよ。先生頼りにしてるぜ」
「私も自信があるわけではないが……」
苦笑するウィリアム。
そして相手の名前を聞いてから何やら考え込んでいる様子の獅子王。
「一刀流の秋葉か……秋葉
「お、ダンナ知ってんのかよ。仁舟は親父さんらしい、娘だな」
そうか、と獅子王は目を閉じて過去に思いを馳せている様子だ。
「あの仁舟の娘であれば達人でもおかしくはない。父の技もかなりのものだった」
「ほーぉ、ダンナが言うなら相当だろうな。んで、父親の方と面識があるのか。こりゃ少しプラス材料になるか?」
少し希望を見出す疾風。
「ああ、父親とは二度ほど死合った事がある。決着は着かなかったが」
「ダメじゃねえか。状況が悪化するわ」
一転げっそりして肩を落とす疾風であった。
────────────────────────
「イヤだね。あたしゃやらないよ」
その小柄な老婆はまるで本人が得意とする刀術の様にバッサリと言葉で斬った。
地図に従いやってきた山奥の一軒家。
そこにいたのはやや腰の曲がった小柄な老婆が1人。
彼女が秋葉スミレであった。
(婆さんじゃねーですか)
小声で言うエトワールに疾風が肯く。
(まあ、何十年も留守してたダンナが父親と面識あるってくらいだしな)
ジロリ、とおおよそ好意的とは言いかねる視線を一同に投げるスミレ婆。
「ふん、バケモンばかりが連れ立って物々しい事さね。断れば殺す気なのかい」
「………………………………」
老婆の視線はウィリアムやエトワールにも注がれている。
つまり彼女の言うバケモンとはその2名も含まれているという事だ。
彼らが普通の人間ではない事を一目で見抜く。その事が彼女の非凡な才を示していた。
「あたしゃね、誰とも関わりたくなくてここで1人で暮らしてるんだ。それをなんで今更山を下りて殺し合いに参加しなきゃいけないんだい。冗談じゃないね。さ、帰っとくれ」
そっけなくそう言って老婆は桶に張った水で大根を洗っている。
自作したものらしい。小屋の横は畑になっているのだ。
「ご婦人、よろしいだろうか」
意を決してウィリアムが進み出る。
このまま黙って肩を落として帰るというワケにはいかない。
「下界の今の様子はご存じかな。妖怪たちが暴れていて大陸中が酷い有様になってしまった。多くの犠牲者も出た。今ようやくその妖怪たちに対抗するために人々が集い力を合わせる事ができるようになった所だ」
「……………………………」
無言で野菜を洗っている老婆。
とりあえずウィリアムの言葉を遮る気はないようだ。
「多くの者が戦いに参加している。私も自分の子のような年齢の弟子を戦場に送り出した。このような事が続いてはいけないんだ。ここで止めなくてはいけない。若者が戦に出なくて済む時代にしなければいけないんだ」
そしてウィリアムは直立のまま深く頭を下げる。
「その為にどうか……どうか貴女の力を貸して頂けないだろうか」
「…………話は終わりかい」
手を止め、口をへの字にしたまま老婆は顔を上げた。
「あたしの答えは一緒だ。帰っておくれ」
……届かなかったか。
無力感と口惜しさからぎゅっと拳を握ったウィリアム。
「仕方ねえよ。先生、帰ろうぜ」
促す疾風もほろ苦い表情だ。
一行が老婆に一礼して立ち去ろうとしたその時……。
「あれ~? めずらしい! お客さんが来てる!!」
その場に場違いに明るい女性の声がしたのだった。
皆が一斉に声のした方を見る。
その時ほんの微かにだが、老婆が舌打ちをしたのをウィリアムの耳は捉えていた。
一同の視線の先にいるのは……。
「こんなに沢山お客さん来るのはじめてだね! すっごい! ライオンさんもいる!!」
無邪気なセリフとは相反してそこに立つのは見事なプロポーションの成人女性であった。
薪を取りに行っていたのか木材の束を背負っている。
(エルフだ……)
その女性の尖った長い耳を見てウィリアムは思った。
涼し気で切れ長の瞳にエメラルドグリーンの長髪の美女だ。
琥珀色の瞳がきょろきょろと興味深げにウィリアムらを見ている。
「あ…………」
呟いて茫然としてエルフは背負子をがしゃん、と地面に落とした。
「先生…………」
「ん?」
彼女はウィリアムを見てそう言った。
驚くウィリアム。向こうは面識のある風だが自分には覚えがない。
「先生だ!!! うわぁ~ん!!!!」
号泣しながらウィリアムに抱き着いてきてその胸にしがみ付いたエルフ女性。
「先生ー!! 久しぶりだねっ!! あたしに会いに来てくれたの?」
「……ケツキック!!!!!」
バシィッッッ!!!!!
「言い訳はさせて!!??」
エトワールの怒りのケツキックを食らったウィリアムが悲鳴を上げた。
突如としててんやわんやになったその場でやれやれ、とスミレ婆がため息をつく。
「こうなりゃもうしょうがないね。お入りあんたたち」
そう言って老婆は自分の住居を顎で指したのだった。
────────────────────────
こうして一同は秋葉スミレの住居へ通された。
小屋と言っていいその建物の中は綺麗に片付いている。
「この数の座布団なんてないよ。適当に座んな」
そう言って老婆は茶を沸かすためであろうか?
鉄瓶を火にかけている。
座ってもウィリアムの片手にしがみついたままのエルフ女性。
エトワールはその反対側で殺し屋のような目で彼を睨んでいるし、そのウィリアムは先ほどのケツキックでまだ尻がズキズキと痛んで辛い。
疾風と獅子王の2名はこの空気にどうしてよいのかわからず必死に目を逸らしている。
「そ、その……申し訳ない。覚えがないのだが、どなたであっただろうか」
とにかくこのままでは針の筵である。
ウィリアムが口火を切る。
「えー!!! ひっどい!! あたしだよ!!! パルテリース!!!」
「!!!??」
確かにそれは知り合いの名ではあった。
ウィリアムとエトワールが思わず顔を見合わせる。
「パルテリースは、確かに知人の名ではあるが……貴女ではないよ」
困ってウィリアムがそう言うとエルフ女性はハッとなった。
「あ! そっか!! あのね……あたしあれから色々あってハイエルフになっちゃったの!!」
「ウソこけバカ。色々あったって人はエルフにゃならねーですよ」
なに言ってんだこいつ、という表情でエトワールが言う。
「では聞かせてもらうが……君がエルフになってしまってご両親はなんて言っていた?」
「えっと……パパは『エルフでも優れたレスラーは沢山いるんだ。気にしなくていいよ』って。ママはね『何食べてそんなになったの?』って言ってた」
再びウィリアムとエトワールは顔を見合わせた。
「参ったな。本物だぞ」
「そうみてーですね」
彼女ならではの判別法であった。
流石に成り済ましではこの切り返しは出てこない。
彼女の話によれば……。
パルテリースは士官学校を卒業した後、冒険者ギルドに登録をして冒険者となった。
冒険者とは早い話が何でも屋である。
彼女もコツコツと仕事をこなし実績を積んでいったのだが……。
ある時、とてつもなく難解な案件にぶつかった。
任務の達成の為に中央大陸にあるエルフの国の禁足地に立ち入らなくてはならなくなったのだ。
そこは世界中の全てのエルフたちにとっての総本山。
大森林の国イルファーシア……二十数名のハイエルフの賢者たちによって治められるエルフの聖地だ。
当然人間が入りたい等と言っても入れてくれるはずがない。
ところが彼女はそこで引き下がらなかった。
「そしたらねえ……妖精王様が、『大精霊の試練』に合格できたらいいよ!って言ってくれたのね。それであたしそれを受けて合格できたんだけど、終わったらエルフになっちゃってたの!」
「なっちゃってたの……って、それは妖精王様もわかっていた事なのか?」
妖精王。ハイエルフ達の王であり、それは即ち世界の全てのエルフの頂点に立つ人物だという事だ。
「ううん。『エルフになっちゃったの!?』ってすっごいビックリしてた!!」
「わかってなかったんかい」
突っ込んだのはエトワール。
「なんか人間で受けたのってあたしが初めてだったんだって! 『やっぱマニュアルにない事するもんじゃない』って言ってた! あっはっは!」
能天気に笑っているパルテリース。
「それから、妖精王様がうちに来てパパとママに事情説明して、『それはしょうがないね』みたいになって」
いきなりそんなもんが尋ねてきてそんな話されたらさぞ驚いたろう、と友人夫妻の心労を思うウィリアム。
「大体オメー、キャラが違うでしょーが。あんな世の中全てを斜めに見てますみたいなヤンキーだったくせに」
「え~……そこまで酷くなかったよね? んっと……なんかエルフになるとねえ。それまで気になってた事もあんまり気にならなくなるんだよね。あたし寿命長いし、いっかー……みたくなっちゃって。それで今はこんな感じ!」
ハイエルフと人間では寿命が10倍以上違う。
考え方、感じ方の違いについてそういうものなのだろうかとウィリアムは思った。
「それで、折角寿命伸びたからガッツリ修行してちょー強くなろうと思って! 前から興味があったカタナを使った戦い方を勉強したくてこの大陸に来たんだー。それで色々聞いて回って、おししょー様の所で修行させてもらってるの!」
「はん。いくら断ろうが帰らないと思えば妖精王相手でも引き下がらなかった筋金入りとはね……。あたしも厄介なモンに憑りつかれちまったもんさね」
一同にお茶を出しながらふん、と鼻を鳴らすスミレ婆。
「それで、あたしに会いに来てくれたんじゃないなら先生はどうして来たの?」
「ああ、それはだね……」
彼女に事情を説明する。
「そっか~、それじゃおししょー様はダメだね。ご病気で前みたく戦えないからね~」
「……!」
その言葉に一同が一斉にスミレ婆を見た。
老婆は渋い顔をしているが、パルテリースの言葉を否定しようとはしなかった。
「……ふん、ばれちまったんじゃしょうがないね。そういう事さ。手足に痺れが出ちまっててね……もうあたしは前のように剣を使えないんだよ」
感情をあまり感じさせない声で老婆は淡々と言う。
断る時に病を言い訳にしなかったのはプライドからであろうかとウィリアムは思った。
「大丈夫! あたしが代わりに行ってくるね! まだおししょー様くらい強くはないけど!」
パルテリースが挙手して名乗りを上げた。
その彼女を見るスミレ婆の目がほんの一瞬だけ悲しそうに揺らいだ事をウィリアムは気付いていた。
……そうか。
自分は彼女に弟子を戦場へ送った師として話をした。
彼女もまた、今同じ心境なのだろうと彼は思う。
「あんたは言い出したら聞かないからね」
ため息交じりに言ってスミレは苦笑する。
……こうして。
病の師匠に代わりパルテリースが一行に加わり山を下りる事になった。
「終わったら戻ってくるね! 修業は途中だし!!」
見送りのスミレ婆にぶんぶんと元気よく手を振るパルテリース。
「みっともない真似してあたしの顔に泥を塗るんじゃないよ」
弟子を憎まれ口で見送る師匠。
彼女は一行の姿が見えなくなるまでずっとその場に立っていた。
そして老婆は袖から数珠を出して握る。
……それは彼女の亡き夫の物だ。
「あんた……あの
老婆の呟きは夕暮れの風に溶けて誰の耳にも届くことはなかった。
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