第16話 山間の激戦
聖地サフィールのある
そこに四天王の内の1匹、
「……そうか、掛ったか。やはり連中、『聖地』を狙ってきたな」
離れた場所の相手と意思の疎通ができる能力を持つ妖怪数匹を中継させ、
(お前は本当に頭の切れる優秀なヤツだ、
姿を隠して相手を待ち伏せるのに最適の能力を持つ妖怪
当然四天王の動きを警戒しているであろう討伐軍の目を欺くために羅號の影武者を現在地方の遊撃に当てる念の入れようだ。
(そう、正解……大正解だ。
空を仰いで目を細める斬因。
「山へ入った連中は皆殺しだ。オレはここでその報せが届くのを楽しみに待つとするぜ」
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ぶぉん!と唸りを上げてトゲ棍棒が周囲を薙ぐ。
この木々の間では大きな武器は扱いにくい筈なのだが、そんな常識はこの羅號には通用しない。
触れる巨木は無残に折られ抉られ引き抜かれて撒き散らされている。
「オレたち四天王は一騎当千。今までお前が相手にしてきたヤツらとはモノが違うぞ」
圧倒的な剛腕を武器に刻久に迫る羅號。
対する刻久の武器は速さと変幻自在の立ち回りである。
一撃離脱を繰り返し羅號にいくつかの傷は与えているもののいずれも浅い。
「代わろう、刻久。君は全体の指揮を執ってくれ」
「先生?」
剣を構えたウィリアムが刻久の前に出た。
この圧倒的不利な戦況を覆すには刻久の優れた状況把握の能力と的確な指示が必要だ、と彼はそう考えたのだ。
それはこの強敵の相手をしながらでは無理である。
「あぁ!? 雑魚に用はねえ!! 引っ込んで……」
声を荒げた羅號の動きが止まる。
(いや、違う……)
自らを鋭く見据えるウィリアムと視線が交差する。
人に見えるが……この相手は人ではない。
(こいつも
棍棒を構えた羅號の身体からゆらりと赤黒い不気味なオーラが立ち上る。
「それじゃあ先にてめえをひき肉に変えてから大将の相手をする事にしようか」
一瞬、2人の間で周囲の喧騒が消えまったくの静寂が訪れる。
そして次の瞬間、両者は同時に地を蹴っていた。
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戦闘が開始されてすぐにエトワール・ロードリアスは近くの巨木の高い枝の上に飛んだ。
そこで彼女は押し寄せてくる百鬼夜行軍の凡その全体を視界に収める。
「…………!」
そして彼女は何かに気付いたように枝を蹴って跳んだ。
枝から枝へ、妖怪たちの群れの頭上を渡っていくブロンドの美少女。
狙いは百鬼夜行軍の最後方にいるある1匹だ。
「よー、こんにちは」
その1匹の前にエトワールが飛び降りる。
目の前にいるのは僧兵の姿をして十字槍を持つ巨漢である。
ごつごつとしたジャガイモのような禿頭の頭部に縦の一つ目の妖怪だ。
「さっきの
「……!!」
僧兵の妖怪が鋭く十字槍を突き出した。
エトワールは体を傾けてその一撃をかわすとそのまま無造作に妖怪に接近する。
そして彼女は妖怪の胴鎧にぺたっと右の掌を当てた。
「『
ズアッッッ!!!!!
エトワールの右手から放たれた黒い破壊エネルギーの渦が螺旋となって僧妖怪の腹部を穿つ。
彼女が手を離したその時、妖怪の腹には大穴が開いており向こうの景色がそこから見えていた。
「…………………………」
呆然と妖怪が自分の腹の大穴を見下ろす。
エトワールは妖怪に背を向けながらその穴にひょいっと小さな赤い光を投げ入れた。
「……じゃ、あばよ」
そう言い残して再び樹上へ跳んだ彼女の背後で轟音を立て橙色の光に包まれて妖怪が爆散した。
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振り抜かれたトゲ棍棒、そのトゲの先がほんの僅かにウィリアムの肩を掠めた。
肩の肉が僅かに抉られ血飛沫が舞う。
「……ッ!」
すぐに右手の異常を感じ取ったウィリアムは左手に剣を持ち替えた。
掠っただけなのに腕全体が痺れてしまっている。
握力もほぼない。武器の持ち替えが一瞬遅れていたら剣を落としてしまっていただろう。
……掠っただけでこのダメージ。
痺れもわずかな間のもので徐々に回復していくだろうが……。
「カカッ、どうしたあ? 利き腕をおかしくしたか? 可哀想になぁ……だが手加減はしねえぞ!!!」
追撃を放つべく羅號が棍棒を振り上げる。
確かに利き腕に異常が発生している。だが……。
(左が無事だ。そして何より
その攻撃準備の一瞬の隙を突いてウィリアムが踏み込む。
彼の得意とする神速の踏み込みで一瞬にして羅號の間合いを侵略する。
「うおッッ!!?」
驚いた羅號が身構えたが既にウィリアムはこの妖怪の懐にいた。
横薙ぎ一閃。
左手での横払いが羅號の胴を薙いでいった。
鎧が壊れ破片が舞い、その下の身体を刃が切り裂いていく。
「ギャアアアアアアッッ!!! 痛ええぇぇッッ!!! 痛えじゃねえかこの野郎ッッ!!! やりやがったなぁッッ!!!」
鮮血を噴き出しながら絶叫する羅號。
その間にウィリアムは右手を何度か握って開いてを繰り返して感覚の戻りを確かめている。
「許さねえ!! こうなりゃ俺の本当の姿で……本当の力でなぶり殺しにしてやるぜぇぇッッ!!!」
憎悪のオーラを噴き上げながらめきめきと嫌な音を立てて羅號の姿が変容していこうとしたその時……。
「ら、羅號様ぁ………」
その場に、弱々しい声が聞こえた。
「………ッッ!!!!」
瞬間、羅號の顔色が変わる。
巨体は完全に硬直して動きを止めていた。
半ばの変身も途中で止まり、そこから縮み最初の姿に戻っていく。
それは周囲の配下の妖怪たちも同様だ。
一瞬前まであれほど奇声を発して暴れまわっていた妖怪たちが一斉にシンと静まり返り動きを止めた。
その異様な光景に何事かと刻久ら討伐軍の動きも止まっている。
妖怪たちの群れの中から小さな1匹がよろよろと進み出てきた。
古い手鏡に手足の生えた妖怪である。
その鏡面にはヒビが入っている。
「ら、ら、ら、羅號様……ダメです……もう持ちませぬ……」
手鏡の妖怪が喘ぐように震える声を出す。
「がああああああッッッ!!!!?? 冗談じゃねえぞ!!! もう少し我慢できねえのかよ!!! おい離れろ!! 逃げるぞ!!! 全員逃げろッッッ!!!!」
配下にそう指示を飛ばしながら自身猛然とその場を逃げ出す羅號。
「何だ!? 何事なのですか!!?」
突然四散する百鬼夜行軍に動揺する刻久。
「………
その羅號の絶叫に重なるように、手鏡の妖怪がぱたりと力なく倒れた。
次の瞬間ぱん!と破裂音を響かせて妖怪の鏡が割れる。
キラキラと陽光を反射して破片が宙に舞う。
それから一呼吸を置いて凄まじい光が全てを飲み込み真っ白に染め上げた。
その場にいた全てが一時、身体の……そして思考の自由を失う。
それほどの強い光だった。
全てを飲み込んだその光の中で何かがゆっくりと持ち上がる。
周囲の全ての大木の、その頂点をも軽々しく見下ろせるほどの巨体が現れる。
逃げ遅れていた妖怪たちと周囲の討伐軍の兵士の一部は
とてつもなく、ただ途方もなく大きな獣がまるで悪い夢のように姿を現す。
その獣は破壊と殺戮を司る王。
「……ゼクウだ」
消え入りそうなほど微かな声で誰かがそう口にする。
そして妖怪王と呼ばれるその獣は周囲の山々をも震えさせるほどの咆哮を放ったのだった。
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