第15話 聖地を目指して

『聖地サフィール』

 北方大陸中央部の聖峰連山せいほうれんざんにある女神エリス……『日輪にちりん様』の総本山。

 そこには女神の地上における代行者『聖女』がおり聖なる結界で守られているのだという。

 ところが10年前に百鬼夜行はこの聖地を襲い人々を皆殺しにして滅ぼした。

 聖なるまもりとは偽りの伝承だったのだろうか?


「いや~もうなんかさ。まさやんの話長くてさ、私いつ紹介してもらえるんだろうと思いながら聞いてたけど途中から半分寝てたよ」


 そう言って聖女は伸びをしつつまた大欠伸している。


(……征やん!!??)


 そして兄のフランク過ぎる呼ばれ方に無言でびびった刻久がのけ反った。


「申し訳ない。こういうものはきちんと順序立てて説明しないと、いきなりあなたを紹介したのでは弟が混乱しますからな」


 きちんと順序立てて紹介したにも関わらず弟は混乱している。


「刻久、こちらが聖女ミラ様だ」

「ミラ・メティス・バーセルミでぇーっす。よろしくね! ピースピース」


 またもピースしている聖女ミラ。


「……本物だぞ」


 そしてまたも聞いてないのに念押ししてくる征崇。

 自分でも自信がなくなってきたのかもしれない。


 ────────────────────


 征崇の聖地奪還作戦はこうだ。

 まず全討伐軍にこの作戦を通達した時点で本体の自分の隊には聖女の影武者を置く。

 そして本物は精強の刻久部隊が護衛して聖地に入る。

 詳しい日時は追って通達すると言い残して征崇たちは聖女ミラを残して帰っていった。


 刻久はその後ウィリアムたちに事情を説明してミラを紹介した。


「事の起こりはねぇ、えーと……八十何年前だったかな? まあとにかくそのくらい前にさ、私当時の神官長とケンカになってさ。神官長はお布施をもっと値上げしろって言ってくんのね。私はそれ必要ないと思ってて……もう十分貰ってたしうちがお布施厳しくしたら結局最後に困るのって払ってる国の民だしさあ。そしたら何かギスギスし始めちゃって、ある日私追い出されちゃったの」

「神官長に聖女を追放する権限などないでしょう」


 ウィリアムが言う。

 神官とは聖女に仕える役職なのだ。いわば主人である聖女を追放はできないだろうと。


「それがさ、神官長はいつの間にか私によく似た女の子を準備しててね。である日そっちが本物ですってやりだしたの。他の神官やら従者やらも大体神官長の味方になっちゃってて、私の味方してくれた人たちもいたんだけど少なくて……どうしようもなかった」


 はぁ~、と大きなため息をつく聖女。

 場の空気がしんみりする。


「何度も文句言いに行ったんだけどその都度突っ返されてさ。で、ある時『もういいや!』ってなって。市井で頑張って生きてこう! って。それからはもうねえ。頑張って生きてきましたよ私は! 旅芸人の一座に居たこともあったし、和菓子屋で修業もしたし……あー、そうだ後で私の大福食べる? すっごい評判いいんだけど!」

「その……お命を狙われたりする事はなかったんですか?」


 おずおずと問う刻久。


「あー、それね……私ちょっと事情があってからやらなかったんだと思う。殺せたら殺せたでこの大陸のどこかに新しい聖女が選ばれて能力ちからに目覚めちゃうしね」


『聖女』とはそういうシステムなのだとミラは苦笑する。

 その後神官長の一族は八十余年に渡り替え玉の聖女を奉じて実質的に聖地を支配した。

 そして最期には自分たちが本物の聖女を追放した事により聖なる護りが失われてしまっていた為に百鬼夜行の侵略を防げずに皆殺しにされて滅びたのだ。


「私はそこまでの目に遭えばいいなんて思ってないからさ。可哀想にって」


 ……そう言って聖女ミラは少し寂し気な目でほろ苦く笑った。


 そして、その場は解散となり何となくミラとエトワールが残される。


「いやあ、すっごいねここ。『永久とこしえの人』が3人もいるんだ」


 ミラのその言葉にエトワールの眉がピクリと動いた。

永久の人とこしえのひと』、『永久の者とこしえのもの』とはこの北方大陸特有の魔人ヴァルオールや魔女の呼び名である。

 勿論一般的にはほとんど馴染みのない言葉だ。


「あーそれ一応オフレコなんでヨロシク。特にリーダーに至っては自覚もしてねーんで」

「おおっとっと。オーケーオーケー」


 何故かピースしながら了承の意を示す聖女様。

 そんな彼女を内心でモヤモヤしながらエトワールが見る。


(『聖人セイント』系の無限を往くものインフィニティはどうも勝手がわからねーから絡みづれーですね……。コイツ特にそん中でも変わりモンっぽいしな。大体血族で繋がってもねーコイツらって知識の継承とかどうしてんだ? どんくらいの事知ってんだか)


「ちょっと聖女サマにお伺いしてーんですけど、ここだけの話『妖怪』ってなんだかわかってたりします?」

「それって、アナザ……もごもご」


 言葉を発しかけたミラの口をさっとエトワールが塞いだ。


「はいストップね。もーいいです。わかりました」


 口を塞がれながらも両手でピースしているミラ。


(そりゃ知ってて当然か。曲がりなりにもこの大陸の管理者なんだしな)


 聖女の口を塞ぎながら内心で嘆息するエトワールであった。


 ────────────────────


 聖皇歴706年、7月。


 百鬼夜行討伐軍による聖地奪還作戦が開始された。

 隠密性を重視し人数を絞った少数精鋭による軍事作戦である。


 この作戦の成否が討伐軍の今後に大きく影響するだろうと総大将の征崇は言うが……。


 聖地サフィールは周囲を聖峰連山の山々に囲まれた盆地だ。

 巡礼のための大きな街道や山道が整備されているのだがそこは使わない。

 馬を降り、森を進み、険しい獣道を使って山を登る。

 その過酷な道行きは精兵である刻久の部隊の武者たちも息を上げる程である。


 そんな中、暢気に鼻歌を歌いながら涼しい顔の聖女ミラが一行に付いてきている。


(そりゃそーだ。そいつだってウチら同様の中身はバケモンなんだからな)


 聖女のタフさに驚いている武者たちを横目で見てエトワールは思った。

 そして彼女がふと横を見ると普段よりも緊張している面持ちのウィリアムがいる。


「センセ、緊張してます?」

「そうだな。……何か、さっきから胸騒ぎがするんだ」


 自分の心音を確認するウィリアム。

 いつもよりも若干早い鼓動。それは行軍の過酷さによるものではない。

 魔人ヴァルオールである彼にとってこのくらいの行程はまだ呼吸を乱すほどのものではないのだ。

 ここまでの行軍で敵妖怪とは一度も遭遇していない。

 近くにいるという情報もない。

 そして斥候からの報せによればこの先も敵が待ち構えているという事もない。


(だが……それなのに先程から嫌な予感がずっと続いている)


 ウィリアムの胸中に広がっていく土砂降りの雨の前の黒い雲のような嫌な感覚。

 上手く言葉にはできない。

 だが漠然と感じるのだ。


 ……この先にかつてない巨大な障害がある。

 死と破滅の予感を生む最悪の何かが待ち構えている。

 そんな気がするのだ。


「皆、止まれ!!」


 その時だ。

 先頭を行く刻久が鋭く皆を制止した。

 だが、その先には何もない。

 これまでと同じ木々の斜面が続くだけである。


 何事だろうかと配下の武者たちが顔を見合わせる。


「…………………」


 無言で刻久は足元の握り拳大の大きさの石を拾うと前方に鋭く投擲した。

 木々の間を抜けて飛翔する石。

 その石がある地点の空中で突然消失する。


「構えよ!! 前方に何かいるぞ!!!」


 刻久の号令が響いたその時、彼らの前方の景色が蜃気楼のようにぐにゃりと歪んだ。


『クカカカカ、よくぞ気付いたものだ!! 風景どころか気配や匂いすらもこの朧間入道おぼろまにゅうどう妖力ちからで隠されたオレたちになぁ!!』


 絶句する刻久と部下たち。

 前方の山肌には凄まじい妖怪たちの大軍が待ち構えている。

 ある妖怪の能力で隠れ潜んでいたらしい。

 そしてその先頭で大声を張り上げているのは肥満で巨漢の金色の鎧武者。


「お前が嘉神刻久が。雑魚どもを殺りまくって随分と調子に乗ってるらしいなぁ」


 棘の生えた巨大な棍棒を担いだ羅號らごうが前に出てくる。


「だがそれも今日で終わりだ。オレに出会っちまったんだからよ。クッカカカカカ」

「四天王か……!」


 刀を抜き羅號と対峙する刻久。

 金色の鎧の妖怪は邪悪な笑みを浮かべて討伐軍をねめつける。


「さあお前ら、お待ちかねの狩りの時間だぜ!! 一匹も逃がすんじゃねえぞ!!!!」


 そして周囲の木々を震わせる羅號の号令に呼応して妖怪たちが雄叫びを上げながら一斉に山を下り刻久たちに襲い掛かってくるのだった。

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