第11話 刻久出陣
人も妖怪も関係なく、誰もが若くしてこの世を去らねばならなかった刻久の無念を想い涙する。
空模様もそんな参列者たちの心情を表すかのような雨模様であった。
ウィリアムとエトワールも参列している。
2人とも刻久とは交流がそれほどあったわけではないが心穏やかで優しい性格の少年である事は知っている。
妖怪に故郷を追われ落ち延びた山里で病に倒れるとはさぞかし無念であった事だろう。
並んだ2人の表情は沈んでいた。
しかしそんな悲しみに浸る間もなく葬儀の場に舞い込んだ一報が人々の間を激震となって駆け巡った。
『
喪服の参列者たちがざわついている。
「ついに若君が……」
「征崇様が討伐軍を組織されたか」
幻柳斎老人や疾風も檄文の文を真剣な表情で読んでいる。
そしてその紙片を手にして立つ1人の喪服の女性がいた。
刻久、優陽の母、月絵である。
檄文を目にした月絵の数珠を持つ手が震えている。
「……優陽」
「はい。母上様」
自分を真っ直ぐに見ている娘に向かって月絵は文を差し出した。
「優陽、征崇様の軍に合流なさい。あなたも戦うのです……
「!!!!!!」
その場にいる誰もが、その月絵の言葉に息を飲んだ。
ウィリアムは思わず身を乗り出していた。
「それは……!」
諌めるつもりで声を上げかけたウィリアム。
だがその彼の動きが止まった。
自分を見る優陽と視線が合ったからだ。
止めないで欲しい、ただ見守っていて欲しい、と……少女の視線はそう告げていた。
「わかりました。母上様。優陽は兄上の御名前をお借りし、征崇様に合流致します」
はっきりとそう皆の前で優陽が宣言する。
ああ、そうか……と。
ウィリアムは奥歯を噛み締めていた。
彼女はいつかこの日が来る事を予期していたのだ。
己を取り巻く世界の状況……母の気性と性格……そして兄の病状、そして双子で瓜二つの容姿をしている自分……。
そして皮肉にも兄と違い武術の天賦の才を持っていた優陽。
この未来を彼女はある程度は想像していたのだ。
……自分は知らずに今日の日の後押しをしてきたのだ、と。
やりきれない思いでウィリアムは俯いた。
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式が終わり参列者たちが解散した後もウィリアムは渋い顔のままだ。
「ムーっていう顔のまんまですね。センセ」
普段の着物に着替えたエトワールがお茶を出す。
「そうだな。……まあ、釈然とはしない。ああ、ありがとう」
礼を言って湯飲みを受け取る。
熱い茶を一気に喉に落とし込んでようやく一息つく。
「君は何も思わないか?」
「そうですねー。まあぶっちゃけ、すごいドライな事言いますけど……結局んとこヨソのおうちのゴタゴタですからね」
エトワールはウィリアムの隣に腰を下ろすと同じように湯飲みを傾けた。
「それにここは北方ですからね。ウチら中央大陸の人間とはここの連中は価値観ビミョーに違ってます。センセもわかってるでしょ?」
「そうだな。ハラキリの世界だからな……」
文化が違えば尊ばれるものも違う。忌まれるものも違う。
実際先ほどの一幕も、見ていた者の中には涙する者もいた。
それは悲しみや憤りの涙ではない。……感涙である。
彼女の覚悟と決意を、美しいものだと……尊いものだと見て感激した者もいたという事だ。
その辺りの感覚は『異人』である自分には理解しきれないものなのかもしれない。
「……先生、エトさん」
夜の暗がりの向こうから優陽が姿を見せる。
彼女ももういつもの装いに着替えていた。
雨が上がり月明かりの差す境内に彼女は立っていた。
「先生、怒っていますか?」
先ほどの話を蒸し返せば良いのかそれともお悔やみを改めて述べるべきかとウィリアムが思案して無言でいる内に先に彼女の方から口を開いた。
師は静かに首を横に振る。
「いいや。怒っていないよ。……正直あの瞬間は君のお母さんに意見しようと思って声を上げかけたんだが、それは私の文化の無理解だった。恥をかかなくてよかったよ」
「いいえ、無理解なんかじゃありません」
今度は優陽が首を横に振る。
「だって、あの瞬間私も怒っていましたから。『ふざけないで』って、『私の人生をなんだと思っているんですか』って言ってやりたいくらい」
そう言って優陽は悪戯っぽく笑う。
「ならば……」
「だから、先生には勘違いをしてほしくないんです。私が兄上様の下へ参上するのは自分の意思。母上様に言われたからではありません。刻久兄上の名を名乗る事も抵抗はありません。兄と一緒に戦っているのだと思っていますから」
ならば戦う必要は無い、と言い掛けたウィリアムに対し、優陽は全て自分で決めた事だと言う。
「オメー、『
血で血を洗う凄惨な殺し合いに赴くのだとエトワールは言う。
そこは綺麗ごとの通用しない殺戮の舞台であると。
その言葉に……優陽は笑った。
ウィリアムが初めて見る彼女の表情。狩人の目の光で冷たい笑みを口の端に浮かべている。
「はい。
「ふーん。わかってんならいーや」
納得したように肯いてからエトワールは隣の灰色の髪の男の顔を見上げた。
「で、センセはどうすんです?」
「そうだなぁ。心配だから……付いていく」
やっぱり、という感じで首をカクンと斜めに倒すと肩を竦めるエトワール。
「ハイ過保護中年モード入りました~」
「それで、君にも来てほしい。一緒にいてくれないか、エトワール」
ウィリアムの言葉に呆れモードから一転して顔を真っ赤にしたエトワールはオロオロし始めた。
「え? や、そんな……やだなぁ、そんなん言われなくたってウチはいつもセンセと一緒じゃないですか……ねえ?」
赤い顔のブロンドの美少女は照れ笑いしながらもじもじしている。
「なんか……ムカついたんで来ないでくれますか、2人とも」
そんな2人をメチャクチャ白けた顔で見ていた優陽が冷たい声でそう言った。
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刻久の為に用意されていた戦装束。
それは空色の陣羽織と白を基調とした武者鎧だ。
その武装を今、兄の名を名乗った優陽が身に纏う。
「ご立派な若武者姿ですぞ」
その胸に様々な想いが去来しているのか、幻柳斎の表情は眩し気であるようにも見え、また憂いているようにも見える。
「御家の為に立派に戦ってくるのですよ」
母の言葉に無言で肯く優陽。
一方境内ではウィリアムらも戦装束に着替えていた。
優陽……刻久には天河よりの従者11名が従って出陣する予定だ。
そこにウィリアムとエトワールが混じるので彼らと同じ灰色を基調とした装備を2人も着用する。
「あっしもご一緒してえんですがねぇ……」
はあ、とマホロが大きなため息を吐く。
確かに村の子供たちの中では優陽に次ぐ成長ぶりを見せたのがこのマホロだ。
武術の腕もさることながら隠密としての高い技量を持つ。
……しかし、優秀であるからと誰でも連れていけるわけではない。
「ワガママ言うんじゃねえ、マホロ。俺だって本当は行きたいんだからよ」
腕組みをする疾風の表情も今一つ晴れない。
「だがこれは百鬼夜行を討つ戦だ。妖怪を相手に戦いに行くのに俺たちが行ってもしも正体がバレれば優陽の立場が面倒なことになる。妖怪を連れてきたって言われてな」
「へいへい、わかっておりますよ。あっしは大人しく留守番してます」
苦笑して肩を竦めるマホロである。
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聖皇歴704年、2月。
嘉神刻久は従者13名を連れて黒羽の里を出発した。
この時、刻久は14歳であった。
兄、征崇の百鬼討伐軍と合流するためだ。
兄とは既に合流の手筈を書状のやり取りにて打ち合わせてある。
刻久合流の場所。
それは……火倶楽城。
ここを守る百鬼夜行の大幹部である妖怪を討つ事を征崇は自軍の初戦とした。
その戦に刻久も参加せよと言うのである。
火倶楽城……。
そこは征崇と刻久にとっては父の最期の地である。
因縁の戦場であった。
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