【2-16】捕らわれた鳥(朱雀side)
長い車のクラクションの音が耳に入り、重い瞼を開くと、そこはどこかの立体駐車場の様だった。
身体を動かすと両腕はきつく背後で縛られ、太い柱に結ばており、力で燃やそうとしたが何故か無効化されてしまう。どうやら自分の性質を充分に把握しているらしい。
溜息を吐き改めて正面を向けば、少し離れた場所に炎が上がり人の姿が見えた。
(ああ、よりにもよって)
見覚えのある姿に舌打ちすれば、炎が収まりはっきりとその人物が現れる。
白い髪は毛先に向かって赤、青と変わっていて、炎の様な羽織の長い袖が視界で揺れる中、その男……
負けじと見つめ返せば、固く閉ざされた口が開く。と、その瞬間、左頬に強い衝撃が走り声を漏らす。
「っ、てめ……がはっ⁉︎」
「……」
再び腹に衝撃が走った後、鳳凰は無言で次々と殴り、蹴ってくる。昔からそうだが、相変わらず何がしたいのか分からない。
傷だらけになり肩で息をしながらも、ひたすらにそいつを睨んでいると、その背後から呆れた様な声が聞こえてきた。
「何してんのさ。捕まえろとは言われたけど、傷付けろとは言われてないよね」
「問題ない。それにこいつは死にやしない」
そう、しゃがみ込み胸ぐらを掴みながら鳳凰が言うと、俺は口内に溜まった血を傍に吐き捨て、唸った。
(くっそ、昔だったらやり返せてたのに……!)
どうするべきかと悩んでいると、胸ぐらを掴まれたまま無理やり身体を持ち上げられ、そいつに問われる。
「ここにきた目的はなんだ。あの神は何を企んでいる」
「目的……? スターチスの事か?」
んなもん俺だって知らねえよ。こっちが聞きてえわ。
実際のところ何となく知っているのは隠しつつも、そう返すと、無表情の鳳凰の眉がぴくりと動く。
と、先程まで傍観していた蠍座の肩書を持つ男は、胸の前で腕を組んだままこちらに歩み寄ってくると、合間に入って覗き込む様に見てくる。
こいつはこいつで一体何なんだとジト目で見れば、間を置いて「ふーん」とどこか納得げに呟き、数歩後退する。
「簡単には明かさないって訳か」
「……あの、俺知らないって」
「知らないにしたって一つ二つくらいは知ってるだろ。それだけでも吐いてくれたら今回は見逃してやるけど」
ね? と笑みを浮かべスコルピは言う。だが目が笑っていない気がする。おそらくだが離す気はないだろう。
スコルピの言葉を信じられず、口を閉ざしていれば、鳳凰の表情が徐々に険しくなっていく。それでもだんまりを決めれば、勢いよく柱に叩きつけられ、隠された鋭い爪が胸を傷つけた。
流血し、痛みで意識が飛び掛けながらも、俺は小さく笑みを浮かべたまま、今度はその鳳凰の腕を力強く掴めば、鳳凰はより爪を肉体に埋めた。
「さっさと吐け」
「だから……知らないって……言ってるだろ。この、鳥頭……!」
「!」
俺の言葉に対し鳳凰の腕に力が入る。
やばい、この調子だと一回は死ぬかもしれない。そう危機感を感じながら、口端から血を流していると、辺りにパンと手を叩く音が響いた。
その音によって鳳凰の手から力が抜けると、その場に落とされ、柱に赤い線を引いた。
「っ……」
辛うじて死なずには済んだが、傷の重さにしばらく動けずにいると、鳳凰とスコルピの間から白い髪の男が現れ、顔を上げる。
それは、天使の特徴である青い毛先を持っており、夕焼けの様に橙と青の瞳をこちらに向け、口角を上げながらその男は歩み寄る。
「いやいやまさか、貴方がかの有名な四神の
「……お前、何者だ。まさかソンニョ、か?」
「いいえ。残念ながら
自己紹介が遅れましたと、男は胸に手を当て深くお辞儀する。二人を見れば、それぞれ苦々しい表現を浮かべていた。
「私は黄道術師の一人【天秤】の名を持つ者」
「天秤……見た感じ人じゃないな?」
「ええその通り。私はソンニョ様に導かれ、天使という役目を捨てた者……だがしかし!」
ビシッと天井に向け手を向け、麗しげに見上げた後、キメ顔でこちらを見る。
「私は新たな天使となり、人々を救うのですっ!!」
(わー……)
何というか、癖の強い奴が来たものである。
思わず引いてしまうと、それに気づかない天秤は、振り向き二人を見る。だが二人は視線を逸らす様にそれぞれ外を向いた。その表情は明らかに関わりたくないという雰囲気であった
「それでスコーンさん!ボーボードリさん!」
「スコルピですけど」
「ボーボードリってなんだ。
「朱雀様から何か聞けましたか⁉︎」
二人の名前のツッコミを他所に天秤は訊ねると、やれやれと言いたげに、スコルピは手をひらひらとさせ「全然」と返す。
あまりにも場違いな人物が現れてしまったが為に、先程までの張り詰めていた空気はどこかへいってしまい、代わりに変な空気が流れていた。
スコルピから話を聞いた天秤は「ふむ」と呟き、顎に手をやった後、俺の前に跪き、こちらをジーッと見つめてくる。
(な、何なんだよ)
傷が癒えてきた事で、少しずつ動ける様になった俺は、警戒しつつ天秤から距離を取ると、天秤は急に満面の笑顔になり、両手で肩を叩いた。
「よろしい‼︎ ではこうしましょう!」
「⁉︎」
至近距離で大きな声で言われ、ビクつかせながらも凝視すれば、天秤は右手で親指を鳴らす。と、すぐ横にどすんと回転テーブルが現れる。
回転テーブルには数多くの料理が並んでおり、思わず唖然とすれば、天秤は立ち上がりテーブルからある料理を手にする。
「あっ‼︎」
「素晴らしいフカヒレでしょう? この領域で名のある料理人が作ったスープなんですよ」
お好きでしょう? と言われ、ごくりと唾を飲み込むと素直に頷いてしまう。が、すぐに正気に戻ると、首を横に振り叫んだ。
「こんな手で言うとでも? つか、俺あいつがやろうとしている事マジで知らないし!」
「またまた。素直になってください。……さあ、ほら」
「う……」
れんげで掬われたフカヒレスープが間近まで迫る。負けるな。欲に負けるなと自分に言い聞かせるが、好物が視覚、嗅覚共に迫ってくる為、意識がそちらに向けられる。
そういや最後にフカヒレスープ食べたのはいつだっただろうか。最近スターチスに使い回され、まともな休暇を得ていない気がする。
(この間
久々〜なんていいながら、それぞれ好物を口にしていた他の四神メンバーに対しての鬱憤を思い出しながら、俺はしばらく考えたのち、口を開ける。
(すまんスターチス。とはいえ、休みをやらないお前が悪い‼︎)
そう謝罪と文句を心の中で思いながら、差し出されたれんげを咥えようとした。
が。
「えい」
そんな軽い声が聞こえたかと思いきや、目の前を流星がフカヒレスープをかっさらっていったのが見え、天秤共々叫ぶ。
「「あぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎‼︎」」
吹き飛んでいくフカヒレスープに、痛みでも出なかった涙が大量に出てくれば、流星を飛ばした張本人に声を荒らげた。
「何してくれてんだよこのバカぁぁぁ‼︎」
「何で助けに来てやったのに、怒られなきゃならない訳?」
文句を言いながらスターチスが俺の背後から顔を出すと、俺を縛っていた綱を切り、俺を解放する。
解放された事よりも、フカヒレスープが無くなった事によるショックで膝をついていれば、スターチスはそんな俺を他所に天秤達を見ると、低い声で言った。
「にしてもまあ、見慣れた奴らばかりで」
「スターチス……」
「他の領域まで来て何をしようとしているかは知らないけどさ。……さっさとあっちに帰んなよ」
鳳凰に続いてスコルピも言い返せば、スターチスは鼻で笑う。
「そう言って関わってこようとしているのはそっちだろ。親玉はどこにいる。言え」
「ハッ、言うと思ったか。おい、リヴィア! ……リヴィア?」
「あぁぁ……」
スコルピからリヴィアと呼ばれた天秤は、俺と同じく何故か膝をつき落ち込んでいた。
それを見た鳳凰から呆れた様子で「何故落ち込んでいる」と言われると、リヴィアは唇を噛み締め立ち上がるなり、スターチスに向けて指を指した。
「お前! 神の癖に、食べ物を無駄にしたな‼︎ 天罰を喰らうといい‼︎」
「ほお? この俺に向かって天罰を喰らえと。言ってくれるじゃん」
青筋を浮かべながらもスターチスは笑みを作ると、右手に力を込める。
それに合わせて、ビル自体が振動し、辺りから警報音が鳴り始めれば、危機を察知したスコルピによって鳳凰共々リヴィアは回収される。
「覚えていろ邪神‼︎ ソンニョ様に裁かれるがいい‼︎」
吠えて油を注ぎまくるリヴィアを抱えながら、スコルピは「もう喋んな‼︎」とキレつつ、空間の穴に入っていく。遅れて鳳凰も入っていこうとするが、足を止めるとこちらを振り向き睨んでから去っていった。
相変わらず気に食わない奴と、俺も舌を出してバカにした後、よろよろとしながらも立ち上がる。
「ったく、おせーよ。来るなら早く来いよ」
「お前この状況でよく油注げるね」
「そう言ってビル壊す気なんてない癖に」
「……」
言うと、スターチスは舌打ち混じりに力を抑え、ビルの振動を止める。とはいえ、警報音は鳴りっぱなしだが、さほど変わりのない駐車場を歩きながら、スターチスは俺を見て呟いた。
「あの蠍座の奴の事で聞き出そうと思ったら……何、捕まってんだよ」
「悪かったって。気抜きすぎてた」
「……ま、無事ならそれでいいけど」
「無事……ってか、死にかけたけどな」
あのバカが容赦なく心臓鷲掴みにしてこようとしたせいで。
そう愚痴りながら胸元をさすれば、スターチスは溜息を漏らした後手をこちらに向け、治癒をかけてくる。
「それで。何か情報は掴めたのか?」
「いーや。何も。けど、さっきあいつらをそれぞれマーク付けたから、これでソンニョの居場所は分かるんじゃないかな」
んーと背伸びし、欠伸混じりにスターチスが言えば、俺は軽く返す。
遠くからいくつものサイレン音が近づく中、駐車場の合間から見える空を見れば、僅かに地平線近くが明るくなっていた。
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