【2-15】酔って呟いて(キリヤside)

 スターチスの話によると、下層のとある領域で不自然な時間の流れが観測され、スターチスの代わりに部下を送って調べた所、ある期間だけ何百回も繰り返された痕跡があったという。

 その状態を引き起こした人物に関しては、スターチスは大体把握しているようだが、それに関わるある一族の背後に夕暮れ教の信徒の姿を確認したらしい。


「じゃあその一族と手を組んでるって事か」

「手を組むか……つまり互いに美味い何かがあるって事だな」

「そうだね。その一族っていうのが、領域を治める政府の要であったり、何より聖園守神みそののまもりがみの子孫なんだよ」

「聖園守神の子孫。ってか、魔鏡守神リアンといい他の領域の神って子どもいるもんなんだな」


 少なくとも夜明けうちの領域神にはそういうのは無かったと思うが。

 それを口にした途端、スターチスは引き攣った笑みを浮かべながらも返した。


「うちの島の領域神はが多いからさ」

「「元人間」」


 それはつまり、リアン以外の奴らも元人間という事だろうか。

 知らなかった話にミヅキもまた驚いていると、スターチスは「珍しい事ではないよ」と返す。


「でもうちは特殊な場合が多いかな。大体は人の願いから英霊が人間になるパターンだとかそういうのなんだけど、魔鏡守神まきょうのまもりがみとかは違うんだよ。……例えばお前のように」


 指を差して言われ真顔になれば、ミヅキは目を鋭くさせて言った。


「キリヤのように……とは? まさか、誰かの力によって転生させられたパターンか?」

「まあ、そんな感じ」

「はー……ったく、物好きもいるもんだ」


 おかげでこんな長ったらしい人生を送る羽目になるというのに。

 頭を掻きながら言えば、スターチスは表情を変えず言った。


「ま、俺からしたらまだまだって感じだけどね。でも、魂の器的には全く合ってないから長く感じるのは分かるけど」

「あー……それ、以前も言われたな。確か」


 顎に手をやり思い返すと、頭に浮かぶのは白い髪の男。兄弟という事もあってライオネルに似ていたが、性格はだいぶ大雑把であちこちフラフラしているような男だった。

 そんな兄……グレイシャが、目覚めてすぐに説明した際に言われたのがそれであった。転生したからと言って全てが神になった訳ではないと。


「最初は何言ってんのかよく分からなかったが、今ならすげー分かる。ったく、余計な事をしてくれたもんだ」

「……の、割には昔とさほど変わらないよね。普通は精神いかれそうなもんだけど。まぁ……強いて言えば生活が堕落してるけど」

「言ってろ。どうせもう役目なんてとうに過ぎたんだ」


 今はただの死に損ないだからな。そう静かに呟くと、二人は黙り込む。

 今にしてはたったの十数年。それ以降はもう長いおまけみたいなものだった。……いや、罪なのかもしれない。

 息を吐き俯くと、酔いに任せるように抱えているそれを口にした。


「コハクの気持ちなんて考えずに、ずっとあいつの為だって言って、願いを叶えるために戦わせて。今思えばライオネルの言っていた事は正しかったんだ。けど、こっちの事情も知らねえ奴がって思っちまって……」

「キリヤ」

「……なあ、スターチス。この償いはいつまで続くんだろうな。結局、コハクあいつは幸せになれず死んじまった」


 何も出来なかった所じゃない。全部あいつが抱え込んで居なくなってしまった。

 バカだよなと自嘲すれば、耳元でカランとグラスの音が聞こえる。顔を上げれば氷水を手にしたミヅキがいた。


「飲み過ぎたんじゃないか」

「……かもな」


 小さく礼を言ってグラスを受け取り水を口にする。と、スターチスもまた息をついた後言った。


「だと思って俺はお前の元にフェンリルを送ったんだよ。神器もだけど、どうせ何も変わらず生きてるんだろうなって思ったから」

「あ?」


 どういう事だよとぶっきらぼうに呟けば、スターチスは呆れた様に返す。


「望んでいないとはいえ折角貰った未来だ。もしまだあの子の為にしてあげたいって思うんなら、フェンリルを助けてやってよ。お父さん」

「だっ、誰がお父さんだ。俺は誰の父親にもなった覚えはねーぞ!」


 声を荒らげると、スターチスはニヤリとして「またまた」とうざったく言う。ミヅキはミヅキでやれやれと言った様子で眺めていた。

 騒ぐ俺達を他所に、いつからか居たのかミヅキの部下によって、テーブルに酒やつまみが運ばれていく中、スターチスは目の前のワイングラスに酒を注ぎながら言った。


「大体さあ。こうやって頑なに認めないからすれ違ったままなんでしょ。いい加減認めなって」

「いいや認めねえ。コハクの父親はあくまでもシラユキ様だ。俺はただの従者で」

「けど、長く傍にいたのはお前でしょ。生まれなんて関係ないよ」

「……」


 生まれは関係ない。スターチスの言った言葉が良くも悪くも頭に響く。再び酒に伸ばそうとした手を下ろすと、俺はぼそりと「どうかな」と返す。

 コハクあいつの顔と共に、思い浮かぶのはかつていた血のつながった家族の怯える顔と、血に塗れた獣人の父の姿だった。

 俺達家族はインヴェルノの中でも特に地位が低く、兄弟は多かったものの、決してその家族仲は良いものではなかった。

 獣人だからという理由で、まともに職に付けなかった父は、毎日必死に母が稼いだ金を浪費し、酒を飲んでは暴れていた。俺達はそんな父を止める事も出来ず、ただ嵐が去るのを待った。

 ある時家に借金取りの男達がやって来た。どうやら知らぬ間に父は多額の借金をしていたらしい。利息も膨れ上がり、いくら働いていた母でも返せない金額であった。しかもその借主はまともな所ではなく、訪れたのは借金の代わりとして家族を買いに来たのである。

 母から無理やり引き剥がされ、泣き叫ぶ兄弟。俺もまた連れて行かれようとした時、父は動いた。

 獣人姿になった父は借金取りの男達を引き裂き、次々と亡骸にしていくと、その血濡れた手で今度は母を引っ掻いた。

 一瞬でも守ってくれる。そう思ったが、それはすぐに裏切られた。

 やがて父の標的が今度は兄弟に移ると、兄弟が怯え悲鳴を上げる中、俺は隙を見て逃げた。

 それからシラユキ様に拾われ、インヴェルノの傭兵として仕えて来たが、家族の惨劇は頭から離れず、恋をする事も家族を作る事もなかった。


 けれども……


(コハクが居た時は楽しかったんだ。アンナもシンクもいて、楽しかった。あの頃だけは昔の事など忘れられた)


 しかし、一歩踏み外してしまえば父の様になってしまうのではないか。そう思った俺は、あえてコハクとの間に線を引いた。

 彼女や周りには主従だからと言ってきたが、本当は俺に覚悟がなかった。それだけの話である。


(けどまあ、結局親父に近い感じにはなっちまったけど)


 コハクを幸せに出来なかった。その事実が時折俺を責め立てる。

 降ろした手を上げ酒を掴めば、吐き気のする過去を忘れようと酒を一気に飲み干す。

 その飲みっぷりにスターチスは唖然とし、ミヅキは溜息を吐いた。


「全く。素直になれば良いものを」

「うるせえ。んな事より楽しい話でもしろ。つか、スターチス。蠍座の男とか知らねえのかよ」

「蠍座の男? そいつがどうしたの?」

「最近あちこちで動いていてな。最近その……フェンリルとやらも襲われたと聞いたが」

「は?」


 素っ頓狂な声が響く。

 強い酒を浴びる程飲み、意識が朦朧とする中、俺はしゃっくり混じりに「おうよ」と返せば、スターチスは身を乗り出して言った。


「それ聞いてないんだけど?」

「あー? 聞いてないってお前……火の鳥遣わせてるじゃねえか。聞いてないのか?」

「聞いてないし。……ったく、あんの野郎報告サボりやがったな」

「四神相手にあの野郎と言えるなんて流石神だな」


 そう言いながらミヅキが酒を口にする。スターチスは苛立ち混じりに「次から次へと」とぼやいた後、立ち上がりその場から離れていく。


「なんだ。帰るのか?」

「ああ……朱雀すざくに聞いてくる。酒ありがとう。後、念の為ちゃんとフェンリル見といてね」

「あー……」


 唸る様に返せば、スターチスはそのまま部屋を後にする。

 残された俺達は黙り込むと、ミヅキは時計を確認した後、指を鳴らし部下に指示をした。


「にしてもまあ。相変わらず多忙な神だな。あいつは」

「いい加減もっと部下雇えば良いのにな……ふわぁ」


 欠伸をし酒瓶を抱えながら揺れていれば、ゆっくりとソファーにもたれかかり、そして崩れるように眠る。

 ボソボソとミヅキか何か言ったのが聞こえたが、俺は耐えきれずそのまま意識を落とした。

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