【2-14】お前らしい(キリヤside)

 二日酔いもだいぶ良くなり、出歩ける様になった頃には既に日は暮れていた。

 若干の肌寒さを感じながらも、ジャケットに袖を通し、目的の場所へ向かえば、その途中で長身の男が目の前に現れる。ミヅキだった。

 

「ああ、すまん。待ったか」

「いや」


 待っていないと長い金髪を揺らし、背を向ける。

 相変わらず黒く光るジャケットやゴツいベルトなどといったパンクな格好をしているが、これでも俺より年上だ。

 男の後を追う様に上層階へ上がると、そこには白いリムジンカーが停まっており、俺達を見るなり扉が開いた。


「おいおい……随分とまあ豪華な迎えだな」

「自動運転だがな。ここからだと少し距離がある」


 そう言ってミヅキは車内に取り付けられた冷蔵庫から酒を取り出す。わざわざ取り寄せたのか、それは随分と前に無くなったはずの銘柄であった。

 早速のサプライズというべきか、一気に気分が上がった俺は、礼を言った後に嬉々としながら訊ねた。


「良く見つけたなそれ。高かったんじゃないのか?」

「酒ぐらい探せば手に入る」

「クーッ、流石ミヅキ様だな。巨大ギルドをまとめていただけある」

「そのギルドも今はだいぶ小さくなったがな」


 とはいえこの迎えといい、まだ余裕で金はあるのだろう。グラスに注がれた、透き通った酒を眺めた後、一気に口にすれば、高アルコール特有の焼ける様な感覚が喉にやってくる。


「ぷはぁぁー‼︎ やっぱこれだなぁ‼︎ 」

「喜んでいただけて何よりだ」


 僅かに笑みを浮かべ言うと、ミヅキもまたグラスを傾けた。

 同時に出されたつまみと共にしばし楽しんだ後、「所で」と俺は話を切り出す。


「昨晩……俺に話があるって言っていたが、何の用だ? 依頼か?」

「いや……少し気になる噂を聞いてな」

「噂?」


 座席に寄りかかりしゃっくり混じりに返せば、ミヅキは頷き、頬杖をつきながら言った。


「蠍座の黄道術師こうどうじゅつしが動いているのは知っているか?」

「蠍座? ……ああ、そういや、今来てる息子が襲われたってきいたな」

「息子? お前に息子が居たのか」


 初耳なんだがと、ターコイズブルーの瞳を丸くさせいう彼に、俺は「あ」と返した後、少しして説明した。


「コハクの息子だよ。訳あって来てるんだ」

「コハクの……そうか。それはそれで気になるな」

「少ししたら合わせてやるよ。……で、その蠍座の奴は何が目的で動いてるんだ」


 以前フェンリルが遭遇した際は、俺達ではなくあいつ目的だと聞いたが。

 思い返しながらも訊ねれば、ミヅキは腕を組みつつ言った。


「お前は以前からあちこちで恨みを買われてそうだな」

「……まあな。未だに反獣人感情もあるしな」

「それもあるが……ま、それは言うべきではないか」


 言わなくても分かるだろうといった感じに呟く彼に、俺は何も言えず俯く。

 俺がやった罪。それを自覚していない訳ではない。むしろそのせいでコハクは……


(ライオネルあいつの言う通りだったな)


 あいつの気持ちも知らずに夕暮れの領域行って、俺を助ける為に居なくなって。挙げ句の果てには、あんな最期だ。

 深い溜息と共に前髪を掴み眉間を押さえれば、ミヅキはグラスを傾けた後、他所を向きながら呟いた。


「確かにお前達のした事で多少は獣人達の居場所も増えたがな。けど結局、一度植え付けられた感情という物は消えない物だ。どんなに足掻いた所でそんな簡単に変わる筈が無かった」


 だったら尚更の事、こんな領域など捨てて何処かに行けばよかったのに。

 ミヅキに言われ、今更ながらその通りだとも思った。が、それはそれとして良いのだろうかとも思う。


「追われる身であったとしても、生まれ育った地なんて捨てたくないだろ」

「……それは確かにある。だが、それを一度は追い返す側になったお前が言うとはな」

「それは随分と昔の話だろう。第一俺はまだ生まれてねえよ」

「だとしてもだ。言っておくが俺もその時は生まれてない。だが言い伝えられてはいるからな」


 一滴でも落とされた毒は簡単には消えない。

 そうきっぱりと言った上で、ミヅキは目を細め言った。


「だが、アラキ達は感謝していたぞ。俺達の為に戦ってくれてありがとうと」

「そうか」


 感謝はされているんだな。と苦笑いを浮かべれば、ミヅキもまた「まあな」と言って笑む。


「で、話を戻すが。お前は蠍座に対して何も知らないって事でいいんだな?」

「ああ。知らねえな。いつもの事以外だと」

「なら引き続きこちらで調べてやる」


 感謝しろよと言われ小さく頭を下げれば、空のグラスに再び酒が注がれる。

 こうして飲み合っている内に、ミヅキの拠点である繁華街の中の一区画に辿り着く。

 ここは時間問わず、夜のネオン輝く路地裏のような雰囲気を出しており、周囲にはブランド品などを売っているショップが並んでいる。

 それら含めミヅキのギルド下の店であり、別名【ミヅキ区間】とも呼ばれているらしい。


「栄えてんなここは。潰れる気配はなさそうだ」

「まあな。俺に掛かればこのくらい何ともねぇ」


 一階下に降り駐車場にて車から降りると、すぐ近くにあるエレベーターホールに向かう。そこにいた警備員がミヅキを見るなり挨拶をすれば、彼は頷きエレベーターのボタンを押した。

 白い大理石と黒の壁によるコントラストがより高級感を感じさせるが、所々に見える龍の装飾が目に入り、つい目で追ってしまうと、音が鳴り扉が開いた事で視線をそちらに向ける。

 円柱型のエレベーターが勢いよく上がっていき、時折外の景色が目に入れば、ミヅキは景色を眺めつつ言った。


「縦に栄えると、周囲は寂しげだと思わないか」

「……ま、その方が便利ではあるからな。今時の人間には分からないんじゃないか?」

「フッ、皮肉だな」

「生憎人間は嫌いでな」


 困った様に笑んで返すミヅキに、両手のひらを上に向けながら呟けば、ミヅキは「分からなくも無い」と返し、壁に寄りかかる。


「たとえお前であっても長生きすれば丸くなるかと思ったが、お前はお前だったな」

「そうか? これでも優しく言っている方なんだがな」


 そう景色を隠す様に、窓際に背を預け言えば、ミヅキは小さく笑い扉の方に視線を向ける。

 あの区画から更に上にある階の部屋に辿り着けば、先客が居た様で「遅かったじゃん」と声が聞こえる。奥に向かって歩いていけば、天蓋のあるソファーの真ん中で寛ぐ男の姿が見えてくる。

 黒い布越しに覗き込めば、派手な青と紫の髪がはっきりと見えた。


「スターチス……⁉︎ 何故ここに」

「フェンリルの様子……って思ったんだけど、ちょっと別件で話したい事があってね。そしたらさっきミヅキと会ったから」

「面倒とは思ったが一応これでも神だからな。先に待っていてもらった。それで、要件とは?」


 呆れたように呟いた後ミヅキがスターチスに訊ねれば、スターチスは真剣な表情になる。そして口を開き淡々とした口調で言った。


「ソンニョの居場所って知らないかなって」

「「ソンニョ?」」


 思わずミヅキと二人して返せば、スターチスは頷き「そう、ソンニョ」と返す。

 ソンニョといえば、あの夕暮れ教の開祖である。同時にアイツは……

 苦々しい記憶が呼び起こされ、複雑な感情になりつつも、「知らねえな」と返せばスターチスはそれ以上問う事もなく、「そう」と返す。


「知らないなら別にいいんだけど……」

「……その。ソンニョを何で今更」


 最後に見かけたのはコハクが居なくなった直後だったが。

 そう思いながらも言えば、スターチスは眉間に皺を寄せながら言った。


「ちょーっと、下の方で厄介な事があってさ。どうも俺の知らない間に面倒な事起こしてるっぽいんだよね」

「下? ……下って何だ。まさか股の」

「もしや下層の事か?」


 俺の間抜けな問いを他所にミヅキが言うと、スターチスは頷く。そういや時だ何だと言っていたが、確か下層とやらを作ったのもこいつだと聞いている。


(にしてもソンニョの奴。随分と姿を現さないと思いきや、まさかそっちで面倒事を起こしているとは)


 夕暮れの領域で散々暴れ回った挙句、今度は別の所で暴れているなんて何ともあいつらしい。

 怒りを超えて呆れさえも感じる中、俺はスターチスの正面のソファーに腰掛けると、話の続きをした。

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