【2-13回想】気不味い夜②

 それからというもの、連れて来られたリビングには気不味い空気が流れていた。

 左からシンク、ライ、私と言った感じに床に座り、椅子に座ったキリヤに見下ろされていると、痺れを切らしたシンクが私に声を掛ける。


「ってか、何でこんな空気になってんだよ。喧嘩でもしてたのか⁉︎」

「いや、喧嘩じゃないんだけど……その」

「とりあえずだ。コハクとお前。今日学校であった事を全て話せ。話はそれからだ」

「「……はい」」


 シンクとの会話をキリヤの低い声が叩き切ると、私とライは小さく返事をする。そして、キリヤの言う通りに日中あった事を私が先に話した。

 私の話が終わった所で、キリヤはライを見て訊ねる。


「……で、お前は、理事長から頼まれてコハクを監視していたって事でいいんだな」

「はい……すみません」


 ライが俯き謝ると、キリヤはまた深い溜息を吐き頭を抱える。シンクはシンクでライを凝視していると、震えながら口を開いた。


「監視……って事は、お前、コハクの着替えてる所も見ていたのか……?」

「……ん?」

「シンク?」


 突然何を言っているんだい? そう思いながら、私達の視線がシンクに向けられると、シンクは立ち上がり深刻な表情を浮かべ声を上げた。


「だって監視だぞ⁉︎ それってずっと見とかなきゃいけないって事じゃん⁉︎ だったら着替えとかトイレとか……風呂とか……‼︎」

「ちょ、ちょっと流石にそこまでは見ないから……‼︎ 俺もそこら辺は気にしてるって!」

「けどさっき窓から入ってきてたよね?」

「コハクさん???」


 何で今それを言うのかなと言わんばかりに、ライがこちらを見つめる。私もハッとなり口を押さえるが遅かった。

 その会話に、話を聞いていたキリヤは先程よりも低い声で唸る様にライに言った。


「まさか覗いたのか……コハクの身体を」

「見てないです‼︎ まじで見てないです‼︎ あくまでも常識の範囲で見てました‼︎」

「けど今コハクが窓から入ったって」

「それはたまたまなの‼︎」


 監視強めに頼まれたから! と、ライが顔真っ赤にしてシンクに叫べば、キリヤの圧が若干弱まった気がした。だが、代わりに今度は呆れた様子でキリヤは呟く。


「ま……本当に命を狙っていたら、こうしてわざわざ明かしにくる奴なんてそうそういない。ただな。それはそうとして疑問は残る」

「それはつまり、俺の目的はなんなのかって事ですよね」

「ああ」


 キリヤに対しライが返せば、キリヤもまた頷き返す。

 監視は理事長に頼まれていたとはいえ、確かにこちらに情報を明かすのは不思議ではあった。あまり不利なことをすれば退学も免れないと本人も言っていたというのに。

 直接危害を加える事はないとも話していたが、だからこそライ達の行動に謎を多く感じる。

 色々と考えながらも、訊かれたライの答えを待っていると、ライは間を置いて「そうですね」と呟き口を開いた。


「彼女含め、貴方達に危害を加える事は今の所ありません。とはいえ、依頼人の彼女としてはかつての白狼の一族に対する好ましくない感情があるのも確かですが。

 けど、少なくとも。俺達はそういった感情がメインで動いている訳じゃないので」

「……じゃあ、何で監視しているんだ」

「それは……まあ。言えないです」

「言えない、か」


 ここで彼から話せないと言われ、キリヤは腕を組んだまま言葉を溢す。

 耐えきれなくなったシンクは足を崩し、胡座をかいて話を聞いていると、私とキリヤを交互に見た後質問してくる。


「そういや、コハクが卒業した後って二人ともどうするんだ。そろそろ進路の紙出せって昼休みに先生に言われてただろ」

「……今それ言っちゃう?」

「え、逆に何で言っちゃダメなんだよ」


 恐らくそれがライ達の監視の理由だからだよと、思いはしつつも口には出せなかった。ちらりとキリヤを見れば、キリヤも同じ事を言いたげにシンクを複雑な表情で見ている。

 キリヤ達からライを見れば、ライは聞かなかったフリをしているのか、違う方向を見ていた。

 再び緊張した空気が漂う中、キリヤは息を吐きライに声を掛けた。


「もしや、俺達がやろうとしている事を知っているんじゃないだろうな」

「やろうとしている事?」

「……彼女が卒業後、夕暮れの領域に行くという事ですか?」

「は? 夕暮れ?」


 どういう事だ。とまたシンクに言われ、私はキリヤを見る。

 いずれはバレる事だし、もういっその事ここで明かしても良いのではないか。なんて思っていると、キリヤは眉間に皺を寄せたまま、口を開いた。


「来年、夕暮れの領域の門が開く。そこで蒼い城まで行って願いを叶えてもらう」

「ね、願い……って、けど夕暮れの領域は危ないって」

「それも承知で行く。コハクもな」

「っ……!」


 聞かされたシンクは絶句し、しばしキリヤを見たまま固まっていた。

 私は何も言えず黙り込んでいると、ライがキリヤに訊ねた。


「彼女を連れて行くのは、インヴェルノの姫だからですか」

「……」

「おい、キリヤさん」

「……うるせえ。お前らには関係ない事だ」


 答えるどころか投げやりに返せば、キリヤは立ち上がり視線を合わせる様にしてライの前に膝をつく。そして、睨みつけながら静かに言った。


「お前らには分からないだろ。神の一言で、人生も何もかも滅茶苦茶にされた奴らの事なんて」

「キリヤ」


 流石に言い過ぎだよと、強めに名前を呼ぶ。

 するとライはキリヤを見つめ返し、これまた低い声で言った。


「……確かに。この領域の獣人達は悲惨な目に遭った。それは同情もするし、どうにかしてあげたいという気持ちもある。けど、今の彼女は姫ではなく一人の女の子だ」

「ライ?」


 意外な言葉に目を丸くすると、ライは続けて話をした。


「俺達が警戒しているのはアンタ達のやり方だ。もし、他の獣人半獣人達を誘導させて、領域全体を混乱させる気なら俺達は動く。その中心に彼女を置くならば尚更だ」


 そうライが告げると、キリヤは舌打ちした後顔を逸らす。そして小さな声で「嫌な所突いてきやがって」と言えば、ライから離れ、背を向ける。

 ライはライで短く息を吐き、座り直した。


「とにかく。俺達次第ってのはあるが、何も危害が加えられない事は分かった。だがな。こちらとしても一つ忠告しておく。……コハクに危害加えたら容赦なく引き裂く。いいな」

「分かりました」

「……」


 頷いたライに、キリヤは苦々しい表情で視線を逸らすと、そのまま部屋を後にする。

 三人だけになり無言が続いた後、シンクが溜息を漏らした事でドミノ倒しみたくライから私と溜息が続いた。


「っんと……キリヤのバカ……あんなに言わなくてもいいのに」


 本当にごめんとキリヤに代わって私がライやシンクに謝れば、二人はそれぞれ首を横に振るなりして、「大丈夫だ」と返してくる。

 ライはライで苦笑いしながらも「こちらこそごめん」と返す。


「俺もちょっと言い過ぎた……」

「いいよ。最後のはキリヤが悪かったし」

「にしても、ライ。あんなキリヤさんに言い返せるのすごいなぁ。怖くなかったのか?」

「いや……? 怖くは……うん。怖くはなかった」


 シンクに訊かれ、最初は強がっていた様に見えたが、次第に顔が下に向いていく彼に、私は申し訳ない気持ちになってしまう。

 シンクは苦笑いして「怖かったんだな」と言うと、ライはこくりと頷いた。


「それで、コハク。キリヤさんはああ言ってたけど、お前本当に行くのか?」


 ライから今度は私へとシンクから話題が振られ、ぎこちなくも頷くと、シンクは眉を下げたまま「そうか」と言う。

 ライもこちらをじっと見ると、シンクは時折言葉を詰まらせながらも呟いた。


「まあ、お前がそう決めたんなら止める資格はないんだけどよ」

「……うん。ありがとう」

 

 シンクなりに気遣ってくれている事はすぐに分かった。礼を言うと、シンクは僅かに照れながらも「おう」と返す。しかし、ライの表情は困ったままだった。


「……本当に? 本当に、大丈夫?」


 小さくも溢れ出たライの問いに、一度は笑んだ私達も表情を徐々に暗ませる。

 とはいえ、もう自分の中でも決着はしていた事である。今更迷った所で。

 そう思っていると、まるでそれを見透かしていたかの様に、ライは言った。


「アンタの本心がそう望んだのならいい。けど、もしそうじゃないならまだ引き返せるから」

「……ライ」


 真剣な眼差しの彼に、私は名前を呼ぶだけで精一杯だった。

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