【2-12回想】気不味い夜①
その晩、私は一人自室でいつも通り復習や明日の予習をしていた。
中間テストまで後一週間。次の期末も含めて、進路上大事な試験である。
だがそうは思いつつも、勉強する間に頭に浮かぶのは日中の事ばかりで、一向にペンが進まなかった。
(ライは、私を監視する為に来たんだよね)
でも初めて会った時から今まで、そんな雰囲気を感じた事はなかった。
それに、あの時話す前から感じたあの力はそこらの魔術師が扱える様なものではなく、説明出来ない強力なものである事は経験上理解できた。
だとすれば彼は名のある魔術師?
「理事長と従者とも言っていたし……」
そもそも理事長は理事長で、どうして白狼の一族を恨んでいるのかも気になる。
無意識にカチカチと芯を出し入れしながら、様々な疑問を頭に浮かべていると、背後から声が聞こえた。
「さっきから何言ってんだコハク」
「⁉︎⁉︎ あ、き、キリヤ⁉︎」
いつの間に! と振り向くなり声を上げ、危うく椅子から落ちかければ、その驚き様にキリヤもびっくりしつつ、カップを机に置いていった。
「いつもより仕事を早く終わらせて帰ってきたんだよ。……んな事より、理事長が何だって?」
「えっ、あ、まぁ……ね? ちょっと色々あって……」
「色々?」
口篭ってしまうと、キリヤは首を傾げる。そしてもう一つ手にしていたカップを口にした後、僅かに眉を寄せた。
「まさか、バレたのか?」
「!」
バレた。その言葉の指す意味が、自分が半獣人だとバレた事ならば当たりである。
しばし考えた後正直に頷けば、キリヤの翡翠色の瞳が見開かれ、口にしていたコーヒーが滝の様に流れ出ていく。
それによって、白いタンクトップや絨毯がコーヒーで汚れる中、キリヤは手にしていたそのカップを机に置くなり、私の両肩を掴んだ。
「な、何もされてないか⁉︎ 嫌がらせとかは⁉︎」
「だ、大丈夫……一応、監視されてるみたいだけど」
「監視⁉︎ 監視役が居やがるのか‼︎ 」
声を上げて怒りを露わにした後、キリヤは背を向けて飛び出そうとする。
嫌な予感がした私は、座っていたキャスター式の椅子ごと前に飛び出し突撃してキリヤの服を掴む。すると、キリヤは前のめりに倒れ膝をついた。
「な、何しやがるコハク……!」
「まだ話があるから。飛び出さないでよ」
「って言ったって、監視されているのは間違いないんだろ⁉︎ だったらせめて監視役だけでも……!」
「うん。その監視役は知り合いだから。大丈夫だから」
「知り合い……?」
膝を摩りながらもキリヤは立ち上がると、怖い表情のまま「どういう事だ」と訊ねた。
「誰だそいつは」
「何もしないなら教える」
「……」
長い沈黙。キリヤの圧に負けじと腕を組んで見つめ返せば、少ししてキリヤは溜息をつきながらその場に座り込む。
私は椅子に座ったまま見下ろすと、キリヤは頭を掻きながら顔を上げた。
「お前が庇うくらいなら、まあ良い奴なんだろうな。……けどな、監視をしている時点で俺達の敵である事には違い無いんだぞ」
「それは……そうだけど。でも、本人はその気は無いって言ってるんだよ。あくまでも頼まれたからって」
「頼まれたからってな……」
やれやれと言わんばかりに、キリヤは頭を抱える。
キリヤが危惧している事が決して分からないという訳ではない。
それは勿論今までごく一部を除き、私が半獣人でインヴェルノの姫である事を知らない筈なのに、それをよりにもよって学園のトップが知っているとなると、いつも以上に警戒して過ごさなきゃいけなくなる。
けれども、ライの言葉から嘘を感じないのも確かだ。
(完全に信じ切れるかというと嘘にはなるけど……でも、ライがそう言えるなら)
それに引き換えの様に、彼の秘密も多少は教えてもらったし。
そうキリヤに告げた時、また世界が止まった様な感覚がした。こちらを見たまま身動きしないキリヤを前に、私は瞬きをすれば、窓が開く音がしてそちらを振り向く。
「っ……ライ‼︎」
「こんばんは」
気になる話をしていたからと、窓から入ってきた彼は、日中見た時の様に右目の色だけ変わっていた。
いつから居たのかと驚き以上に恐怖が勝り、後退りすると、椅子が物に当たり、背後に傾く。
(っ、しまっ……‼︎)
椅子ごと倒れる身体に身構える事も出来ず、目を強く瞑れば、辺りに椅子が倒れる音が響く。
瞑ったまま、一向にやってこない痛みに恐る恐る目を開くと、そこには安堵の表情を浮かべながらも息を吐くライの顔があった。
「危なかった……大丈夫?」
「あ、う、うん……」
頷けば、自分の身体がライに支えられている事に気付き、小さく礼を伝える。背後にはカラーボックスの角があった。
(このまま倒れたら角に頭ぶつける所だった……)
良かったとホッとするのも束の間、ライの表情が一瞬歪み、急いで身体を起こす。よく見れば、右手の甲には赤紫のあざと共に血が滲んでいた。
どうやら倒れた私を支えようとして、カラーボックスの角にぶつけてしまったらしい。
「ご、ごめん‼︎ 怪我させちゃって……! 今手当するね!」
「あ、いや……コハクさんが悪い訳じゃ……」
謝り、リビングへ救急箱を取りに行くと、背後からライの戸惑った声が聞こえる。そうは言われても、私を庇って負った傷なのには違いない。
申し訳ない気持ちになりながらも、救急箱を手にライの元に戻れば、彼をベッドに座らせ右手を手にする。
「だ、大丈夫だって。すぐに治るから」
「でも腫れてるし……骨とか折れてなきゃいいけど」
「……」
とりあえず表面の傷だけでもと消毒液を掛けると、滲みるのか再び彼は顔を顰めながらも、その後は何も言わずに手当の様子を眺めていた。
ガーゼの上から包帯を巻き、「はい」と言ってライの手から手を引くと、彼はその右手を眺めた後「ごめんね」と言った。
「ありがとう。手当してくれて」
「ううん。こちらこそ、その……」
「……悪くないよ。俺が突然入ってきたのが悪かったんだし」
今更ながら怖かったよね。と謝る彼に、私は苦笑しつつも首を横に振る。
そんなやりとりをした後、ふとライは困った様にある方向を指差した。
「そのー……ごめん。タイミングも悪かったね」
「え? ……あー」
指差した方向には、未だに正面を見つめたまま固まるキリヤの姿がある。
ライ曰く、私達の周囲の時間だけが止まっているので、キリヤには今の私達の様子など覚えていないというが、そうだと言っても同室に居られると過ごしにくさはある。
どうする? と訊ねられ悩むと、「とりあえずさ」と言ってある提案をする。
「一応今解除されるとキリヤが混乱して、ライに危害加えちゃうかもしれないから……間を空けてさっき来た風にインターフォン鳴らしてくれない?」
「あ、うん……それは良いけど……それはそれで面倒な事にならない?」
「どちらにしたって面倒ではあるよ。でも、これ以上隠すのもアレだしね」
キリヤの性格上、一度疑うと納得するまで中々面倒である。それだったらもうここで言ってしまった方が楽ではあった。
(ただ……ライと私だけじゃ上手くいかないかもしれないな)
あまり気は進まないが仕方がないと、引き出しから携帯を取り出しある人物にメールを書く。
それを見たライは、はてと首を傾げたが、「行って」と指を外に指すと彼は遅れて頷き窓から外に出る。
救急箱を片付けた後、見計らった様に辺りが動き出すと、キリヤの声が聞こえた。
「……あれ、いつの間にそっち動いた?」
「さあ。何でだろうね」
そう目を逸らし誤魔化すが、我ながらその誤魔化し方は下手だと思う。
キリヤの疑いの視線を感じながらも、後ろ手でメールを送信すれば、外から大きな声が聞こえた。
「うぉっ⁉︎ ライ何してんだよ⁉︎ バイト帰りか⁉︎」
「あ、あー……うん、そんな所」
「そっかー‼︎」
やけに大きなシンクの声の後、若干戸惑い混じりにライの声も聞こえる。するとキリヤはそちらに視線が向き、立ち上がり窓辺に向かう。
その間にそっと部屋から抜け出すと、先程送ったメールに続き、「いいよ」とシンクに送る。
「あ、折角だしさ。コハクんち寄ってけよ。な?」
「い、いいのかな?」
「いいって」
そう二人の会話が聞こえると、家にインターフォンの音が響く。廊下に出ていた私は知らないふりをして、「はーい」と言って扉を開けた。
そこにはシンクに肩を抱かれながら苦笑いを浮かべるライがいた。シンクは送ったメールを見せびらかした後「それで」と小声で訊ねた。
「俺も同席した方がいいか」
「できれば……いて欲しいかな」
「了解。……それと、この際だし俺にもお前らの話詳しく聞かせろよ。幼馴染としても一応知っておきたいし」
いいな。と言い押され、私はライを見る。
ライは渋々と言った感じに頷くと、ちらりとこちらを見るなり「あ」と声を漏らし固まった。シンクも同じ表情を浮かべ固まると、私も振り向きそしてぎこちなく笑った。
「あ、その……なんか私に用があるみたい……?」
「用……なぁ」
明らかに分かっていると言わんばかりに、笑みを浮かべながらも、腕を組んで圧を発するキリヤに、私は早くも頓挫する予感がした。
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