【2-11回想】彼の秘密
桜の木が新緑の葉に覆われ、学園の空気に少しだけ日常を感じ始めるようになった頃。昼休みのチャイムと共に教室を後にする。
あの日以来、ライとより話す様になり、シンクやランちゃんと同じ位に一緒に過ごす時間が長くなったのだが、週に一度だけ彼は授業を抜け出し、別室で過ごす事があった。
今日も四時間目の授業はおらず、ふと気になった私はいつものシンク達のいる場所に向かう前に、保健室へ向かった。
(もしかして、体調悪いのかな)
学園に来たばっかりだし、まだ馴染めてないのかも?
そんな事を考えながら、保健室の前に着けば、そっと引き戸に手をやる。すると、中からライの声が聞こえた。
「長年ここにいらっしゃるのに、そんなに彼女の事が気になるんですね」
(ライ……?)
聞いた事のない冷たさの混じる声に、思わず引き戸から手を離す。すると、それに返す様に女性の声が聞こえた。
「何もしなければ私も見逃す。……だが、彼女は白狼の一族だ。大昔あの一族が何をしたのか、お前も知っているだろう?」
「知ってますよ。実際にこの目で見ましたし。……けれども、その件と彼女は関係ない。第一、今の白狼の一族を恨んだ所で何も変わりませんよ」
「ライオネル……!」
「……」
何? 何の話? 白狼の一族……って私の事だよね。それに、ライオネルって、ライの事?
聞こえてしまった話の内容に茫然としていると、室内から足音が聞こえハッとなる。
辺りを見回した後、すぐ近くにある掃除用具の置かれたロッカーに身を隠すと、少しして保健室の扉が開く。中から出てきたのはライだった。
「引き続き、貴方の命令通り彼女の監視は引き受けます。……ですが、期待はしないでくださいね」
そう言って彼が出てきた後、少し遅れて出てきたのは黒髪の女性。見覚えのあるその姿にじっと見つめながらも考えていると、少し前に行われた入学式を思い出す。
(確か、あの人は)
その顔が頭の中で鮮明になっていけば、私はその人物がその場を去るまで極力気配を消す。
ロッカーで息を顰める中、彼女は何も知らずにその場を去ると、止めていた息を吐く様に口を開いた。
(なんか、すごく聞いてはいけない話を聞いちゃったな)
明らかに自分の事で、しかもあまり良くない話ときた。ましてや、その話をしていたのがこの学園の理事長と友人である。気が落ち込む以上に緊迫した空気が身体にまとわりついてくる。
気を抜いたら何かされる? 良くて退学、下手すりゃ……
そんな悪い事が脳裏を過ぎれば、私はしばらくここから動けなかった。
(どう、しよう)
キリヤに相談しようかな。なんて思っていると、辺りの空気が変わった気がした。
(え……何?)
耳に入ってくるのは先程と変わらない生徒達の声である。視界も一見変わった感じがしない。けれども、肌や本能が何かが変わったと訴えかけていた。
魔術? いや、違う。それよりももっと別次元のものだ。とにかく警戒しよう。
太腿のベルトから隠し持っていたナイフを抜き、周囲に気を張ったその時、狭いロッカーの中で声が響いた。
「何してんの。コハクさん」
「っ⁉︎⁉︎⁉︎」
間近から聞こえた声に、毛が逆立つのを感じると、真後ろを振り向いた瞬間、口元を大きな手が抑える。それにより反射的にナイフを持った右腕を振ると、その腕も若干強めに押さえ込まれる。
「危ないな。いきなり」
「んー! んー!」
もがいていれば、ライは苦笑いして言った。
「あー、うん。その、言いたい事は分かるよ。もしかしなくても、さっきの話聞いてたんでしょ」
「っ……」
「とりあえずそのナイフ置いて? そうすれば何もしないから。ね?」
「……」
本当に?
そう不審げに見つめながらも、ゆっくりとナイフを下ろすと、口元と腕からライの手が離れた。
「ごめん。強めに押さえちゃって」
「いや、こちらこそ盗み聞きしちゃってごめんなさい……その、ライを迎えに来ようと思って……」
「迎えに、か。そっか」
私の言葉に、彼は目を丸くした後ありがとうと、嬉しげに笑む。そして、ゆっくりとロッカーの扉を中から開けた後、私の腕を掴み共に出る。
窓から見える中庭の時計を見て、彼は「時間はあるけど」と呟いた後、指を鳴らし術を唱える。すると辺りから音が消え時間が止まった。
「……ライ?」
「聞かれた以上は全て話しておこうと思って」
「え、でも」
意外な事に「いいの?」と訊ねてしまうと、ライはこくりと頷く。けれども、信じられなかった私は目を逸らしながら思った事を口にした。
「聞いた後で、消したりしないよね?」
「しないよ。大丈夫だって」
「本当?」
「本当。まあけど、信じろって言うのも難しい話だよね」
うーん、と彼は悩み始めた後、少しして彼は「そうだなぁ」と呟く。
どうにかして安心させようとする彼に、流石に私も疑いすぎたかなと申し訳ない気持ちになってくれば、突然ライは声を上げた。
「あ、じゃあ。これはどう?」
「?」
腕から手が離れた後、ライは正面に立ち目を伏せる。すると、彼からベールの様な白い光が離れ、頭上から三角の耳が現れる。
自分とキリヤ以外で初めて見る半獣人の姿に視線が奪われると、開かれた瞳によってもう一度私は驚いてしまった。
「右目……赤い」
「そ。本当はこんな姿なんだよ。俺」
驚いたでしょ。と笑えば、私は小さく何度も頷く。するとライはこちらに歩み寄り、顔を覗き込みながら訊ねてきた。
「これで、信じてくれる? 何もしないって」
「え……ええ。うん。信じる、よ?」
「ふふ。最後疑問形になってるけど」
変な返しをいじられ空笑いしてしまうと、それを他所にライは少しだけ離れて言った。
「その、ね。一応、さっき保健室で話した様な内容の通りで。俺が学園に来たのは、アンタの監視を命じられていたからなんだよ」
「そう、みたいだね。というか、話し方もいつもと違うね」
アンタって言うんだ。なんて呟けば、ライは「そこ?」と笑いながらも、頷き返した。
「ま、バレた以上は素で話そうかなって」
「ふふ、そっか」
「うん。……って、話逸れちゃったけど。要するに俺、理事長の従者みたいなものでね。昔馴染みでもあるから、俺の欲しい情報と交換に、彼女の頼みも聞いたって訳」
でもバレちゃったし、頼みも何もないんだけど。と、ライは困った様に笑う。
私も笑い返すが、それはそれで大丈夫なのかという不安も出てきて、気遣う様にライに言った。
「ライは……大丈夫? このままじゃ危ないんじゃない?」
「危ない? ……そうだねぇ。確かにこのまま逆らい続けたら学園退学……ってのはありそうだけど、彼女はああ見えて優しいから大丈夫だよ。少なくとも直接危害を加える様な人じゃないから」
ただ心配性なだけだから。そうライは言って、優しく頭を撫でてくる。
ライがそう言うのならばと小さく笑えば、いつも以上に大人びて見える彼を見上げた。
「理事長と従者って言ってたけど……私達よりも年上だったんだね。通りで何か大人びてるなって思った」
「ははっ。やっぱりそう見える? 一応若く見せようと思ったんだけど……難しいな。合わせるの」
「いいよ。別に無理して合わせなくても。どうせバレやしないし」
実際大人びてるってだけで、シンク達と並んで歩いている姿を見ると、そこまで違和感はない。
それは多分、最上学年だからというのもあるのかもしれないが、元々年上の割には顔が幼い様な気もした。
(あ、これは流石に言えないや)
大人びているのに、顔が幼いって何だか矛盾しているけど、とにかく彼は彼のままで問題ないと思う。
そんな事を考えつつ、そうかなと苦笑いするライを、私はうんとだけ返す。そして、胸元の赤いブローチに触れながら呟いた。
「それにしても、まさか私の正体に理事長が気付いていたなんてな。びっくりしちゃった」
「理事長だしね。何でも知ってるんじゃない?」
「理事長なら何でも知っているの?」
「……多分?」
素知らぬ顔で首を傾げるライに、私は再びジト目で見つめれば、彼はくすりと笑い「冗談だって」と返す。
「あんまり詳しくは話せないけど、彼女も人間ではないからね。それに白狼の一族とは色々な意味で深い関係があるから分かるんだよ」
「……だよね。やっぱりそっちだと思った」
「ははっ。流石だね。……にしても可愛いな。表情コロコロ変わって」
「なっ……⁉︎ からかってるの⁉︎」
さっきは軽く流したが頭を撫でたりと、先程から妙に子どもっぽく見ていないだろうか?
再び触れようとするライの手から、頭を低くして避ければ、彼はより笑みを強めながらも謝った。
「ごめんごめん。ついからかいたくなっちゃって。……じゃ、時間も時間だし、そろそろ二人の元に向かおうか。お腹空いたでしょ?」
「うん……お腹は空いたけども」
「じゃあ行こ」
はい。と手を差し出され、私はムッとしたままそれを見つめる。しばらくして、ライに手を取られるとそのまま引かれる様にして二人の元へ向かった。
歩き出した頃には世界は動き始めていて、目の前にいたライもいつの間にかいつもの人の姿に戻っていた。
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