【2-10】魔術師の一面

 朝食を済ませた俺達は、別件があると言うキリヤだけを残し、再びスズ先生の元を訪ねた。

 距離の事情を話し、快く学園の横にある寮の空き部屋を貸してもらった所で、今日の授業の話になった。


「さて。今日は何が知りたい。なんでも良いぞ」

「あー……じゃあ、個人的な話でもいいですか。母とライオネルについて聞きたいんですけど」

「コハクとライか? コハクはともかくライの話も聞きたいとはな」

「ああ、まあ。知り合いなもので……」


 不思議がる先生に苦笑して言えば、先生はそれ以上は深く聞かずに頷き、昨日座った椅子に座る。

 俺達三人も座れば、先生はポツリと先程俺が言ったライオネルの名前について呟いた。


「ライオネル。……そういやあの生徒の本名はそうだったな。彼は偽名で在学していたものだから、あまり馴染みはないんだが」

「偽名? ライって名前が?」

「ああ。フルネームだとライ・ヒョウクウ。設定としては真昼ヌーン領域から兄の仕事の都合上、引越し編入してきた形だが……」


 大体は把握できているのだろう? そう先生に言われ、微妙な表情を浮かべながらもぎこちなく首を縦に振る。

 とはいえ、恐らくリアン関連で来たのだろうという事以外は全く分からないのだが、その上で俺は先生に言った。


「ライオネルは兄共々リアンを追っていたと聞いている。だから、編入したのもリアン関連だと思ったんだが……」

魔鏡守神まきょうのまもりがみか。そうだな。確かに臨時で教師として来ていたよ」

「!」


 やっぱり。

 自分の推測が当たり思わず大きく反応してしまうと、「ただ」と先生は話を続けた。


「魔鏡守神が学園に来たのは二学期の途中。つまり、ライが編入して来た後の話だ」

「後……?」

「つまり、目的は違うって事ですか?」


 俺の後にノルドが驚いた様子で呟けば、先生は肯定する。じゃあ一体何の為に?

 唖然としている俺達に、先生は少し考えた後、手にしていた大きな杖を背後に向ける様に小さく振る。と、壁に沿って置かれていた本棚から一冊の本が飛んできた。

 それを先生が手にした後、俺達の前に差し出す。その本のタイトルに、何よりも一番早く反応したのはシルヴィアだった。


「『白銀の王子と黒金の王子』……こちらにもあるんですね」

「ああ。というより、その話の元ネタがここ夜明けの領域と夕暮れの領域だ。史実とは若干違うがな」

「「!」」


 知らなかった……と、俺とシルヴィアは驚く。

 白銀の王子と黒金の王子の話というのは、はるか昔とある村に一人の白銀の髪をした青年がいて、彼は傭兵団の一人として活躍し、その強さと美しさから『白銀の王子』と呼ばれていた。

 そんなある日、遠い国の依頼によりパーティの護衛を任される事になった白銀の王子は、そのパーティ会場で同じく王族暗殺を依頼された『黒金の王子』と呼ばれる黒髪の青年と出会うというもの。

 それを思い出した後、先生は折角だからと史実の方も語ってくれた。


「史実では、白銀の王子と呼ばれた青年はムーン、そして黒金の王子は別名黒猫と呼ばれたリューゲという魔術師だ。物語の設定とは若干違うがな」

「黒猫……」

「なんかどこかの誰かさんを思わせる様な別名だな」


 そう呟けば、先生は顔を上げ「そのまさか」だと言った。つまり、このリューゲという魔術師。その正体はライオネルの事らしい。


「信じられない話だと思うが」

「え、ええ……まじで」


 俺達は勿論の事、ノルドでさえも呆然とする。とはいえあいつの魔術やその力を考えてみると、それを欲しがる国はそれなりにあるのかもしれない。


(それに、あいつは度々記憶を失っているからな)


 それを知ったのはついこの間の話だが。いつぞやの夜の話を振り返りながらも、あいつのまた新たな一面に苦笑いを浮かべていれば、ノルドが質問する。


「けどこれと学園に編入した事に何の関係が?」

「それはな。かつて仕えていた女王様がアチェロッソ学園の理事をしていたからだ」

「女王様が理事?」

 

 どういう事? と、ノルドが首を傾げると、先生は複雑な表情で返した。


「元々インヴェルノは黒龍の一族が治めていた。それをムーンら革命軍によってインヴェルノを追い出された。後に別の土地にて黒龍の一族が新たに国を作り上げたが、インヴェルノの時よりも華やかではなかったとは聞く」

「……それでやっていけなくなって、学園の理事を?」

「ああ。まあ、世間があの様な状況になれば尚の事な」


 ノルドの言葉に頷きながら、先生はそう語った。

 この領域で起こったいわゆる半獣人や獣人に対する迫害は、恐らくは竜人にも行われたのだろう。

 しかし、竜人は普段は人と変わらない姿をしている。だから、半獣人や獣人と違い、人の生活に紛れ込む事は出来たと先生は言う。


「だから、数は少なくとも半獣人達よりも未だに生き残っているとは言われている。彼らも神に次いでエルフと同じくらい長命だと聞くからな。探せば当時の竜人もいるかもしれないが」

「長命、か……」


 じゃあ、その理事をしていた元女王もどこかで生きているのだろうか。そう思ったが、先生は俺を見て言った。


「黒龍の一族の中には、白狼の一族を恨んでいる者もいる。ムーンによって立場を奪われて、しばらくは大変な思いをしていたからな。……だから、コハクの監視も兼ねてライが来たのだろう」


 理事をしている以上は、生徒の情報を知っていてもおかしくない。だから、元インヴェルノの姫であったコハク母さんを見張っておきたかったのかもしれない。

 そう言った上で、先生は眉を下げながら後付けした。


「今だからそう言えるがな。けれども当時の二人にそんな感じは無かった。それだけは断言できる」

「……分かってる。最初がそうだったとしても、あいつが母さんを悲しませる事はないって」


 二人の笑い合う写真が残っていたんだ。少なくとも母さんにはそんな事情など伝わっていなかったのだろう。或いはもし知っていたとしても……

 俯いた後気持ちをすぐに切り替え、顔を上げれば俺は先生に聞いた。


「今朝、キリヤからその理事をしている元女王には息子がいたって聞いたんですが……何か知ってますか?」

「息子? ブーリャの事か? それだったら君の方が詳しそうだが」


 何せ、魔鏡領域に移り住んだと。そう先生に言われ、シルヴィアがぽつりと呟く。


「魔鏡領域……そういえば、クリアスタルの方に」

「シルヴィア? 知っているのか?」

「はい……と言っても今思い出した位にはそこまで詳しくはないんですけど……」


 クリアスタルと呼ばれる島国の近くにある火山の国ラピスラ。そこにいた時に噂で名前を耳にした事があるという。

 だが、シルヴィアもそれだけでどんな人かは会ったことがないという。


(でもクリアスタルか……)


 ここに来る前、俺が世話になった人を襲った事件があった。最初は別の国の仕業かと思っていたが、最近になって襲った犯人がクリアスタルじゃないかと聞いたばかりである。

 と、そこにノルドがそっと手を挙げてくる。先生が「トイレか」と言えば、ノルドは首を横に振り言った。


「実はさ……僕の生まれ魔鏡領域だから、ブーリャの事知ってるんだよね」

「……は?」


 魔鏡領域出身? ノルドが?

 突然の告白に先生まで目を丸くすると、顎に手をやり悩み始める。


「だが、この間まで領域間は閉ざされていたはずだ。一体いつこちらに来た」

「それは、生まれて間もなくかな。その際にブーリャに世話になったんだよ。ブーリャも何故か領域間は行き来できたから」


 ノルドが答えれば、先生は半信半疑といった様子で「そうか」と返す。

 しかし、どうしてまたとノルドに訊ねれば、ノルドは笑みながらも眉を下げて言った。


「僕の母さんは魔鏡守神を裏切ったんだ。だから、僕を産んですぐに逃げて、その際に命を奪われた。その際に託されたのがたまたま居合わせたブーリャだった」

「それでブーリャによって夜明けの領域に来たって訳か」

「そう。けど、それを知ったのは育ての母さんが亡くなる直前だったけどね」


 その時に自分が半神であり、魔鏡守神の子であった事も知った様だが、既に周りとの時間差の違いで察してはいたらしい。

 ノルドは息を吐くと、「ま、そんな感じ」と笑うが、俺達はただ苦笑いしか出来なかった。


「で、肝心のブーリャに関してだが。あの男とはまだ会ってるのか?」

「いや、ここ数十年は会ってないかな。最後に会った時は変わらず、明るかったけど」

「明るい……意外と表情見せる人なんだな」


 てっきり表情が固そうなイメージだったが。そんな事を思いつつ呟けば、ノルドは笑って「分からなくもない」と言う。


「でも、そうだね。最後に彼はクリアスタルに大事な弟がいるからって話してたかな。自分と同じ竜人の弟だって」

「竜人か……」


 それ以来パッタリとブーリャは来なくなったらしい。魔鏡領域で何かあったのか。ノルドは前から気にはなっていたらしいが、最近まで忘れていたという。

 俺も現在のブーリャの様子が気になったが、クリアスタルにいる以上はいつか出会うだろうと思い、「会えたら連絡するよ」とだけノルドに伝えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る