【2-9】時間の違い
その後、この領域の歴史などを教えてもらった所で、日が暮れてしまったのもあり、本日はここまでとなった。
車のある所まで歩いて行き、家に着いた頃には夜遅い時間となっていた。
「毎日この時間に帰ってくるのもきついし、明日から泊まろうか」
そうノルドが提案し俺達も賛成した所で、軽く夕飯をとり、準備をした後ソファーでくつろいでいると、隣でシルヴィアが早速借りてきた魔術書を真剣な表情で読んでいた。
しばらく見つめていると、シルヴィアがこちらを見るなり瞬きして顔を上げた。
「あ……もしかして何か、言いましたか?」
申し訳なさそうに言えば、俺は首を横に振り笑いかける。
「いや。ただ、あまりにも真剣に読んでいたから気になってな。……面白いか? それ」
訊ねると彼女は頷き、笑みを返す。
魔術書には【医術と魔術】と書かれており、中々の分厚さであった。
シルヴィアはそんな魔術書の表紙を撫でながら、少し眉を下げて言う。
「学校通っている間に読み終えられるといいんですけど……」
「そうだな……結構厚いもんな」
俺の言葉にシルヴィアは再びコクリと頷く。
時間にもよるが、彼女だったら読み切れるとは思いつつ、俺は立ち上がりココアを作りにキッチンへ向かう。
ノルドからは自由に使って良いと言われており、以前置き場所を教えられていた棚からココアの粉を取り出し、電気ポットに水を入れ作っていると、いつの間に帰って来ていたのか
「あ、帰ってたんだな。朱雀様も飲むか?」
「飲むー! ココア?」
「ああ」
そう言って、カップを追加し計三つのカップに粉を入れると、電子ポットが湯立つのを眺めていた朱雀様が学校に関して聞いてくる。
それに対し、俺は「楽しかったよ」と返すと、朱雀様は微笑して「そうか」と言った。
「けど、さっきノルドの話を聞いていたら、以前とは随分変わったって言ってたな。在校生もいなかったんだろ?」
「先生はついこの間まではいたって言ってたけどな」
「……そっか」
ま、そうなるのも仕方ないか。と朱雀様は呟く。
俺はそんな朱雀様を横目に見ながら、沸騰した電子ポットから湯を注いでいると、ふとあの街を訪れた際のシルヴィアの言葉を思い出す。
(寂しい……か)
電子ポットを台に置き正面を見つめていれば、朱雀様がカップを手にし、言った。
「この領域ってさ。メインが人間なんだよね」
「メインが人間?」
「そう。それでも多少は神もいるけどさ。でも殆どは人間なんだよ。よく言えば技術に特化した所で、悪く言えば切り捨て過ぎた所」
少なくともここ数百年はそんな感じだと彼は言う。
ココアを口にしつつもリビングに向かい、一人用のソファーに朱雀様が座ると、俺もシルヴィアの隣に座り話を続ける。
「フェンリルはさ。人間の事、どう思う?」
「人間の事? 人間……なぁ」
そもそも、今まであまり種族として意識していなかったのもあり、考えた所で……という感じである。
だが、強いて言えば時間の流れの違いだろうか。俺たちにとっては大した事のない時間であっても、気付けば人間はとっくに年老いてる。
「それは半獣人や獣人も似た様な感じだけど、そういうのもあってか、あまり他人に縁を作ろうとしなかったんだけどな」
「え、そうなんだ。意外。だって、流浪の旅団とかトトとか知り合い多いじゃん」
「今はな。けど、昔はそうじゃなかったから」
殆ど他人には話した事のない、独り立ちしてからの約三百年以上の間の話。
ちなみに流浪の旅団というのは、
それ以外にも、今回ルーポ・ルーナを手に入れる大元のきっかけになったキサラギや、共に旅をするマコトやレンなど、人間の知り合いは多くなったが、時折互いに流れる時間の違いを意識してしまう事がある。
と、そこで話を聞いていたのか、シルヴィアが本を閉じ会話に入ってくる。
「時間の流れの違い……」
「シルヴィア? どうした?」
「あ、その……ちょっとスズ先生の話を思い出したというか」
俺に声をかけられた事でシルヴィアは少し慌てるも、すぐに冷静になると口を開いた。
「この本にも書かれていたんですけど……この領域にいる有名な魔術師って、半神や神だったりと人間以外の方しかいないんです。それってつまり……」
「「つまり?」」
思わず俺と朱雀様が揃って呟けば、シルヴィアは恐る恐るといった様子で言った。
「つまり……時間や量で敵わないんじゃないかなって。神様ばっかりだから。だから、この領域の人々は魔術そのものではなく、技術の道に進んだんじゃないかって」
「ああ……なるほど。確かにそれはあるかも。用意された名のある席は皆埋まっちゃってる訳だし」
それもいつ空くか分からない。生きているうちになれるかも分からない。故にまともに学ぶ以外の方法が必要だった。……ただそれが魔術として捉えられるかどうか、難しい所ではあるが。
シルヴィアの話に納得しながらも、一方でなんとも言えない歯痒さを感じながら、俺はココアを口にすると、シルヴィアもテーブルに置かれたココアを見て、俺に礼を言いながらそれを手にする。
しばし静かな時間が流れた後、シルヴィアはぽつりと呟いた。
「私……医術含めて魔術の勉強を始めたの、誰かを助けたいって思ったからなんです。いざという時、誰かを助けられたらなって」
「……」
「その……競い合う事は、決して否定するものじゃないって分かってるんですけど……やっぱり何か、違うなって感じちゃうのは、見えている世界が違うからだと思うんですよね」
だから、自分が今考えているもやもやも、見えている世界が違うから仕方ないのかもしれない。
そう聞かされ、俺は静かに頷くと「難しいよな」と言った。
※※※
次の日。思った以上に話し込んでしまったせいか、ノルドに起こされるまで俺達は寝ていた。
起床して早々、廊下で会ったシルヴィアに謝られたが、「俺も楽しかったし」と言い、笑いながらリビングに向かえば、キリヤもまた椅子にもたれかかる様にして半分寝かけているのが見えた。
「おー……おはよう。お前ら」
「おはよう……って、酒くさっ。お前一体いつ飲んでたんだよ」
「あー……あまり大きい声で騒ぐな。頭に響く……ま、何だ。久々に難しい事聞かされて頭が煮詰まったから、酒でも飲んで……と居酒屋に行ったんだが、そこで思った以上に飲みすぎてよ……」
さっき帰ってこのザマよ。と他人事の様にキリヤが言えば、ノルドがやれやれと言いたげに、キリヤの前に水を置く。
普段から飲んでいるが、こんなに酔い潰れる事があるのかと呆れながらも見つめていれば、キリヤは水を一杯飲んだ後グラスを置き口を開く。
「そういや、一週間位泊まるんだってな……あの学園の寮に。しっかり勉強してこい」
「あ、ああ……お前も身体には気を付けろよ。飲み過ぎるなよ」
「なーに。転生して神の身体になったんだ。酔いこそすれど、簡単には死なねえよ」
「お前な……」
確かに人よりは丈夫なのは分かっているが……。そう言いかけた所で、俺は顔を上げる。
驚く表情をしていたのか、キリヤも間を置きポカンとした後「どうした」と返すと、俺は笑みを作り「何でもない」と返す。
今更ながら、どうしてライオネルは母さんの学園にいたのだろう。そして……いつ
(いや、違う。もしかしたらリアンが先にいてライオネルが……)
なら何故リアンはここに? 一体何が目的だったんだ?
次々と出てくる疑問に俺は立ち尽くしていると、シルヴィアやノルドに呼ばれ、ハッとなる。
「大丈夫?」
「あ、ああ……悪い。ちょっと考え事してた」
「考え事? まさかまた俺やコハクの事で……」
「ちげえよ。あ、いや。若干はあってるか……」
「?」
そう一人ぶつぶつと呟く俺に、キリヤは不審げに見つめ返す。それを無視しつつ、ノルドから朝食の目玉焼きやパンを受け取ると、キリヤの正面の席に座った。
「その考え事で一つ質問なんだが。リアンと出会ったのはいつなんだ」
「あ? 朝っぱらから何だいきなり」
「嫌なら答えなくて良い。ただ、ふと疑問に思ってな」
「……ふむ」
焼かれたソーセージをフォークで転がしながらキリヤは考え込む。少しして「そういや」とキリヤは呟くと、翡翠色の瞳を細め逆に訊ねてきた。
「お前はブーリャという男を知っているか?」
「ブーリャ? どこかで聞いたような」
「ま、知り合いであってもなくても別に良いんだが。その男の母親が、かつてインヴェルノの敵国であった黒龍族の国の女王様だったんだと」
そして同時にリアンの妻でもあった。だからおそらくはその妻や息子に会いにきたのではないか。
そう言いながらもキリヤは苦々しく話し続けた。
「本当の目的がそうだったか分かんねえけどな。最終的にはコハクを連れて行った訳だし」
「……だよな」
まあ、あの男が一人の妻に執着するとは思ってもいないのだが。
互いに微妙な表情になると、とりあえず目の前の朝食に集中する事にした。
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