【2-8】魔術と魔石

 スターチスの提案により、数日後俺とシルヴィアはビル街の離れにあるプラタナス地区に来ていた。

 今回一週間だけ通う予定であるアチェロッソ学園に関しては、キリヤは勿論の事、ノルドもかつて世話になった事があるらしく、前の方でどこか懐かしむような様子で辺りを見渡していた。


「だいぶ廃れちまったな、ここも」

「だねぇ。今や領域の大半の人々がビルに住んでるしね。こうなるのは仕方なかったのかな」


 そう、寂しさを混じらせながら呟くノルドに、俺は辺りを見回す。

 地べたは確かに以前は整えられた形跡はある。だが、あちこちがひび割れ、その隙間から雑草が生い茂っていた。

 さらに道を挟むようにして植えられていた木々も、半分林のように大きく生い茂っている。

 道の傍にはかつて人が住んでいたであろう建物がいくつかあったが、それも長らく人が住んでいるようには感じられない。

 そんな街並みに、隣を歩いていたシルヴィアがぽつりと呟いた。


「何だか、寂しいですね」

「そう、だな……」


 辺りに聞こえるのは人の声ではなく、鳥の声や風の音だった。これが森だったらそうでも無かっただろうが、人々が住んでいた痕跡がそう思わせるのだろう。

 しばし、無言で二人の後を追っていると、錆びれた門の前に立ち止まる。その門の向こうはある程度整えられていて、二人は門を開き中に入っていく。


「学校も変わっちまったな。前より随分と小さくなってやがる」


 両手をそれぞれ腰にやり、見上げるようにしてキリヤは言う。すると、その言葉に対して奥から声が聞こえてきた。


「二百年でかなり生徒数が減ったからな。今はもう学園というよりは、塾みたいなものさ」

「お、その声は……」

「久々だな。キリヤ・フェンリスヴォルク殿」


 木々に囲まれた建物から、大きな杖を担ぎながら一人の男が現れる。

 長い白髪を腰まで編み、長いローブの合間から見える褐色の肌が視界に入ると、キリヤは男を見るなり笑みを浮かべ小さく頭を下げた。


「こちらこそ久々です。スズ先生」

「うわ、キリヤが敬語で話してる」

「当たり前だ。コハクの担任だった人だぞ」


 敬語で返すキリヤにノルドが驚く中、スズ先生と呼ばれていた男は、二人の背後にいた俺とシルヴィアを見る。

 シルヴィアと共に会釈して挨拶すれば、先生はこちらに歩み寄り、感慨深そうに言った。


「彼がコハクの息子か……ふむ。確かに雰囲気は似ているな。スターチスからは話を聞いている。一週間だけという事だが、その間に色々学ぶといい」

「あ、はい……ありがとうございます」

「して、隣の君はどこか懐かしい気配を感じるな。君の事も聞いている。是非学んでいってくれ」


 俺に続き、シルヴィアも言われると、シルヴィアは少し緊張した面持ちではあったが、礼を言って深々と頭を下げた。

 顔合わせも済んだ所で、キリヤは先生に訊ねた。


「所で、今って他の生徒は……?」

「少し前はいたが今はいないな。そもそも今はあまり魔術を学ぼうとする子がいないってのもあるが」


 だから、貸切だな。とスズ先生は嬉しげに笑む。

 俺達も笑い返すが、その後で俺は先生に訊ねた。


「どうして、魔術を学ぼうとする人々が居ない……んですか? 魔術を使える人はそれなりにいるはずじゃあ……」

「そうだな。簡単に言えば、技術の進歩だな。後は人々の意識の変化もある」

「進歩と、意識の変化……」

「ま、詳しい話は中で話そう。先ずはこの領域の魔術の授業からだな」


 そう言われ、俺とシルヴィアは顔を見合わせた後、キリヤやノルドと一緒についていく。

 夜明けの領域に関しては、簡素的にキリヤやノルドに聞いただけだから、教えてもらえるのはありがたかった。

 建物の中に入ると、エントランスらしき開けた場所には、外部にあった大木の枝が入り組んでいて、高い天井を鳥が何羽も飛び回っていた。

 それを見上げながら、廊下へ進んでいけば、その奥にはまた大きく開けた円型の部屋があり、本が何万冊も壁に沿うようにして棚に収まっていた。

 その部屋の中央に幾つかの机があり、その前には黒板と沢山の本や紙が積み重なった机があったが、そこから先生が椅子を押し出すと、俺達をそれぞれの机の椅子に座らせる。


「わー……机に座ったの百年以上振り……」

「俺もかなり昔だな……」

「そこで懐かしんでいる者もいるが、君達は元の領域で学校なり通っていたのか?」

「いや俺は……」

「私も、師匠のような存在は居ましたが、こうして机に座った事は」

「そうか」


 俺達の返答に先生は頷いた後、その椅子に座り話をし始める。

 最初に教えてもらったのは、先程疑問に感じていた今現在のこの領域の魔術に関してだった。


「今のように超弩級ビルと呼ばれるビル街の建築が始まったのは、今から約三百年前。その頃、領域の境目などで魔石の発掘が盛んになってな。今は研究や技術も進んだ事で簡易的な魔術なら誰もが簡単に扱えるようになった」

「魔石?」


 魔道具に入れ込んだりして使うのか?

 そう思っていたが、先生の話を聞いていると現在のこの領域では少し違うらしい。


「その前の時代では、恐らく君達の思う様な魔道具に入れ込んで使うのが一般的であった。魔石も種類によって扱えるものが違ったからな」


 それを変えたのが、三百年前の技術だったらしい。先ずは魔石の選別化。研究によって、高い力を発する魔石と逆に弱い魔石の種類が分かったという。

 更に、その魔石にまた別の高い力の魔石から抽出したビームを浴びせる事で、百年前後のエネルギー源にする事が出来たという。


「それから更に今は技術は進み、一トンの重魔石でビル一棟分の必要エネルギーを賄っている。寿命も更に伸びて五百年分だ」

「な、何だか桁外れな話だな……」

「魔石でそんな事が出来るなんて……」


 俺達からしてみれば、魔石は高級な部類だった。それこそ似た様な形で魔石に魔力を注げば半永久的に使えるが、力はそこまで強くない。

 技術が進めばこんな事も出来るんだなと感心していると、「その一方で」と先生は話を切り替える。


「応用としてだが、魔石を介して誰でも擬似的に魔術を使えるようになった事で、本来の魔術が廃れていった。本来古い物は場合によっては廃れていく物だが、その状況を良しとしない者達もいた」

「良しとしない……か」

「ああ。……何故そう感じた者がいたと思う?」


 先生からの問いかけに、俺は腕を組み、間を空けて答える。


「多分、それが魔術じゃないと感じたから……?」

「ふむ。具体的には」

「具体的に……そうだな。魔術というのは、素質があっても、それを使いこなせるようになるには学びと訓練が必要だから」


 それに、魔術は文化的な意味も持つ。昔から地道にやってきた者達の中には反感を待つ者もいるかもしれない。

 そこまで言うと先生は頷いた後、シルヴィアにも同じ事を訊ねた。


「私も……フェンリルさんと似たような答えです。魔術というのは勉強や練習で精度も力も上がってくるので……」

「そうだな。魔術というのは日頃の訓練や学びが重要と言われている。……言い伝え忘れていたが、今現在の魔石も多少のイメージ訓練は必要だ。しかし、今までの魔術ほど訓練に時間が掛からなくなったと言われている」


 それは一見して素晴らしい事のように思えるが、先生曰く魔石を介した魔術には使う際に注意する事があるという。


「魔術を使う際は魔力の有無や素質、イメージ、調整が大事だが、魔石を介した魔術の場合、調整を上手くしないと重大な事故を引き起こす場合がある」

「事故……?」

「ああ……」


 そこに、今まで話を聞いていただけだったノルドが声を漏らすと、スズ先生はノルドに視線を向ける。

 ノルドは俺とシルヴィアを見ると、ポケットから魔石を取り出して立ち上がる。


「実際にやった方が早いかな」

「?」


 ノルドは前に出てくると、その魔石を俺に渡してくる。

 触れた瞬間バチンと火花が散り唖然としたが、改めて手にすると、試しに簡単な氷を出してみる事にした。


(グラスに入れるサイズだと、このくらいだよな)


 いつも通り、慣れた様に出すつもりだった。だがイメージした瞬間、弾けるように辺りが冷気に包まれる。


「なっ⁉︎」

「あーやっぱりこうなるよね」


 驚く俺とは別に、ノルドが分かっていたかの様に呟けば、力が収まり、辺りには軽く雪が積もる。

 隣ではシルヴィアもこちらを呆然として見つめていると、先生が咳払いして身体にまとわりついた雪を払う。


「ま、そんな感じだ。ちなみにそこまで力は使っていないんだろう?」

「ああ。せいぜいグラスに入れる氷程度に考えたんだが……」


 危険だなと真顔で呟けば、ノルドと先生は頷く。


「こんな感じで魔石によっては危険があるし、簡単に大きな力が使えるから、魔術師としては危険視してる訳。悪用できるしね」

「だが、流石にこの様な過剰な反応を見せる魔石は表には流通していないがな」

「……ま、そうですね!」


 ノルドの説明の後、呆れた様子で先生はノルドを見ると、彼はやけににっこりとして俺から魔石を回収する。

 表には流通していないという事だが、一体どこで手に入れたのだろう。少なくともまともな手段で手に入れたものではないのは確かだ。


「あまり、危ない事はするなよ」


 思わずそう言うと、ノルドは笑顔のまま「そうだね」と答えポケットに入れた。

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