【2-7回想】賑やかな人々
彼のお兄さんはライ曰く、自由気ままで気がつくといつも出歩いているらしい。
出歩いていると言っても、決まった時間には帰って来る様で、夕飯時とかには必ずその日何を見つけたか報告してくるという。
「まあ、一応学者というのもあるんだけど……大体報告してくるのは、近所の花が咲いただとか、蝶を見かけるようになったーとかそんな話ばっかりでね」
子どもっぽいよねとライはいうが、その顔はどこか嬉しげで。バーガーの包み紙を軽く畳みながら、彼は話を続けた。
「話だけならまだしも、たまにお土産とか言って蝉の抜け殻とかどんぐりとか持って帰ってくるの。それで、そのどんぐりをさ、庭に植えていくんだよね。いつか森になるかもって言いながらさ」
「どんぐりを庭に……」
そういや似た様な事をシンクがしていた覚えがある。とはいえシンクの場合、ライのお兄さんの様な楽しい理由ではなかったが。
理由は違うとはいえ、やはりどんぐりって埋めるものなのだろうか。
そう思いながらジュースを飲んでいれば、突然隣から窓を叩く音が聞こえ、ライと二人して肩を跳ねた。窓を見ればそこには呆れた表情のシンクとランちゃんがいた。携帯を見ればとっくに十八時半を過ぎていた。
「あー……いつの間にか時間経ってたね」
「だねぇ……」
早いなぁと呟きつつ、店内に入ってきたシンク達に手を合わせ謝ればシンクは息をつきつつ、ライの隣の席に座った。
「ま、無事なら別にいいけどよ。コハクに何かあればキリヤさんに絞られるからさ」
「キリヤさん?」
「コハクちゃんの保護者さんだよ」
シンクの口から出てきたキリヤの名前に、ライが疑問を持つと、それに対して私の隣に座ったランちゃんが答える。
シンクは辺りを見回した後、私達にしか聞こえない声でライに耳打ちした。
「ここじゃ詳細は言えないが、コハクは訳ありでな。ま、こうして遊んでいる様に見えてちゃんと見守っているんだよ」
「そ、そうなんだ……けど、さっきまで俺に任せてたよね」
「それはほら……成績は良いし、男だし、多分強いと思って……」
ライに痛い所を突かれシンクは口籠る。
まあ、一応シンクはシンクなりにライに信頼はしていたのだろうが。話を聞いていた私は小さく息を吐くと、「大丈夫だよ」と言ってシンクを見る。
「何かあっても自分で何とかできるし」
「そうは言うけどな。魔術によっては人を巻き込むだろ。それに武器持ってねえじゃん」
「大丈夫だって」
強がれば、シンクはまた息を吐き椅子にもたれかかる。何となく険悪な雰囲気を察したのか、ランちゃんはにこりと笑んで立ち上がると、「注文してくるね」と言ってその場を離れる。
ライは私とシンクを交互に見た後、困った様に笑いながらも言った。
「何となく事情は把握した。けど確かにシンクの言う通りだね。魔術も全ての攻撃に対してすぐに対抗できるとは限らないから」
「う……そ、そうだけど」
特に突発的な至近距離での攻撃は魔術も間に合わない。
常に扱う魔術ならばイメージによって詠唱無しでも可能だが、それ以外だと相当の手慣れでない限り詠唱が必要になってくる。
だからその為に魔術を学ぶ学校であっても、剣やナイフなどの武器を扱った授業があるわけだが、普段武器を持ち歩く事はないから完全に魔術頼み。となると、やはり一人で行動するのは危険なわけで……。
納得は出来ないが仕方ないのも事実で、小さく悔しがる様に唸ると、いつの間にか注文を終えてジュースを二つ持ってきたランちゃんが話に入ってくる。
「まあまあ。とりあえず守る守られるのは別にして、皆一緒にいるのは楽しいでしょ? それで良いんじゃないかな」
「ランちゃん……」
「そうだね。俺もこうして話すの久々だし。楽しいよね」
「……そうだな」
ランちゃんの言葉によって表情が和らぐ中、再び隣に座るランちゃんに謝れば、「いいよ」と彼女は笑んで返した。
そして今度はランちゃんがこちらに訊ねてくる。
「それで、ライくんとは会話出来た?」
「え? ……あ、うん。少しは」
「ふふ、良かった」
「……もしかして、あえて二人きりにしたの?」
「んー半分そうだね。とは言っても、実際私もシンクも用事があったのは事実だし」
ね? とランちゃんは正面にいるシンクに言えば、話を聞いていなかったシンクは首を傾げながらもとりあえず頷く。
ライはというと、私達の会話が耳に入っていたようで、こちらを見つめてきた。
「ん、何? 俺と話したかったの?」
「いや、その。色々と……いや」
「ふふ、コハクちゃんね。ずっとライくんのこと気にしていたから」
「ら、ランちゃん……!」
「へえ……何だ。それだったら気軽に話しかけてくれても良かったのに」
そう言って笑う彼に、私は照れて何も言えなくなる。
ランちゃんのいう通りではあるのだが、私が気にしていたのは気軽に聞ける内容でもない。
そうとは知らず、ライは笑顔でこちらを見ながら質問を待っていると、私は彼から目を逸らす。
(正直に訊いたら迷惑だよね……)
せめて彼から話してくれるまで待った方が良いだろうし。
そんな事を考え始めていると、周りからヒソヒソ声が聞こえ顔を上げる。すると先程までは感じなかった視線を感じ、外を見ればこちらを凝視するキリヤの姿があった。
「あ」
「ん? ……って、怖っ⁉︎ え、キリヤさんじゃん⁉︎」
私の声に続き、シンクも外を見るなり声を上げると、そのままこちらに歩み寄り窓越しにこちらを見てくる。
(さっきメール送ったじゃん‼︎ 何でこんな所にいるんだ的な怖い表情してるの……‼︎)
身体ごと窓から背けるが、最早店内が騒めく程目立ってしまっている。
背中に感じる痛い視線に、思わず目の前にいるランちゃんにそっとしがみ付くと、ランちゃんは苦笑しながら私の頭を撫でてきた。
※※※
突如現れたキリヤにより、やむなく私達は街外れの公園に来ていた。
「全く……メール送ったのに」
「すまんって……任務帰りで確認し忘れてたんだよ」
深々と頭を下げて謝るキリヤに、私はため息を溢す。
その横のベンチでは、シンク達三人がそれぞれ缶ジュースを手にしながらこちらの様子を眺めていた。
キリのいい所で、シンクが立ち上がり「済んだか」と聞いてくると、私はこくりと頷きランちゃんとライを見る。
「ごめん。折角良いところに」
「大丈夫だよ。もういい時間だしね」
「そうそう。今日は色々と話せて楽しかったよ」
また行こうねとライに言われ私も笑む。
と、そこにシンクがニヤリと笑めば、蚊帳の外となっていたキリヤを見るなり呟く。
「どうせならさ。ここにキリヤさん居るんだし、家まで送って貰おうぜ」
「は? まさかの足に使う気か? この俺を。……まあ良いけどよ」
渋々ながらもシンクの提案をキリヤが受け入れると、シンクはこちらを振り向きピースする。それに対しランちゃんとライは苦笑していた。
相変わらずなシンクに、私もやれやれと思いながらも笑んでいると、キリヤは溜息混じりに言った。
「駐車場ここから少し遠いからな。覚悟しとけよ」
「歩くのは慣れてるから大丈夫。後出来たらその途中でコンビニ寄りたい」
「寄るのはいいが奢らねえからな」
「えー」
「えーじゃねえよ」
そう肩に腕を回し絡みつくシンクに、キリヤが鬱陶しそうに返す中、私達三人はそんな二人を正面に見つめながら歩いていく。
いつもの事なのでランちゃんは慣れていたが、ライは楽しげに二人の様子を見て呟いた。
「シンクとは家族ぐるみでのお付き合いなんだね? 楽しそうで良いじゃん」
「そうだねえ……」
実際の所、一方的にシンクがキリヤに甘えているだけなのだが、言われてみれば確かにそう見えなくもないかもしれない。
ライの言葉にランちゃんも小さく笑んで「楽しそうだよね」と言うと、私もつられて笑んで「そうかもね」と答えた。
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