【2-6回想】プラタナス

 あれから数日後。休日前という事もあり、放課後四人で遊びに行く事になった。

 まず初めに学校の前を横切る通りにある、売店にも卸しているパン屋さんに立ち寄ると、そこでシンクの薦めていたクリームパンやそれぞれ好きなものを買った。

 ここのパン屋さんはイートインスペースもあり、裏にある広めのウッドデッキのベンチで遅めのおやつタイムに入る。


「ん! 美味い……!」

「だろ〜?」


 クリームパンを口にしたライが目を輝かせると、隣に座っていたシンクが笑みを浮かべる。

 私もクリームパンを食べながら二人の様子を眺めていれば、同じベンチに座っていたランちゃんが微笑ましげに言った。


「あっという間に仲良くなったね二人とも」

「だねぇ」


 私以外と仲良くなったのはランちゃん以来ではなかろうか。しかも男子同士で。

 そう珍しく思いながらも私も口元が緩むと、視線に気がついたのか二人がこちらを向く。


「これ食べたら次どこ行く?」

「本屋とか行くんだったら街じゃない?」


 シンクの問いに返せば、ライは不思議そうに「街?」と呟く。

 ちなみに私達の言う街はここから最寄りの電車に乗って二駅先の繁華街の事である。

 そこまで遠くはないものの、日が暮れてしまうのは何となく察しが付いたので、念の為にキリヤに伝言を残しておく。


(まあ、大丈夫とは思うけど……)


 そう思いながらも携帯のメールに打ち込んだ後、キリヤ宛に送信すると、袋に留まっていた最後のひとかけらを口にする。

 こうして甘くもそこまで濃くはなく、パンと上手く合わさった味を堪能した後、店を出た私達は駅まで歩いて行く。


「この木はプラタナスかな」


 歩いている最中ライがふと街路樹を見上げ呟けば、私達も立ち止まり見上げる。

 特徴的な大きな葉や実は冬の間に落ちてしまったようだが、その枝からは新しい葉と共に花が見え隠れしていた。

 一応この通りの何処かに名前の書かれた立て札がしてあったが、ライの様子を見る感じ知識として知っているようだ。


「プラタナスだね。ライは植物とか好きなの?」

「うん、好き。花は特に」


 にかりと無邪気にライは笑う。けれどそれからすぐにライは寂しげな表情を浮かべた後、正面を見る。


「ごめん。足止めちゃって」

「いや、別にいいけど。まだ電車が来るまで時間があるしな」

「そう?」

「早く着いてもしばらく待っとかなきゃいけないしね」


 シンクとランちゃんが言えば、ライはそうだねと笑みを作って返す。

 私はさっきの表情が気になってしばらくライを見つめていれば、シンクとランちゃんに話しかけられている事に気付き、慌ててそちらを向いた。


「えっと、何だっけ」

「何だよ話聞いてなかったのか? それぞれ用があるから、一旦別れて行動しないかって話してたんだけど」

「え、あ、ああ……そう、だね」


 曖昧ながら返事すれば、再び視線はライに向ける。ライはただ正面を向き、シンクの横を歩いていた


(って、何でこんなに気になってるの)


 いつもならば何かあったんだなで済む話である。でも、意識も視線もふとした瞬間彼に向けられていた。

 なんでなんだろと我ながら首を傾げながら、三人に着いていけば、横から肩を叩かれそちらを向く。


「大丈夫? 調子悪い?」

「あ、ううん。そう言うわけじゃないんだけど……」


 小声ながら心配して声を掛けてくれたランちゃんに、私は首を横に振り笑いながらも、またライを見てしまう。

 そんな私にランちゃんは何か察したのか、私とライを交互に見た後、何故か笑顔になって呟いた。


「気になるの? ライくんの事が」

「ゔっ、わ、分かる?」

「何となくだけどね。でも、まさかコハクちゃんまで惹き込むなんてな……嫉妬しちゃう」

「嫉妬⁉︎」


 何で⁉︎ と思わず声を上げれば、前の二人が振り向く。ランちゃんは表情を変えず、二人に向かって言った。


「何でもないよ」


※※※


 それから電車に乗り街に降り立つと、商業施設の入るビル群の合間にある広場で、シンクは私の隣に立つライに指差して言った。


「それじゃライ! 俺達が用事を済ませて来るまでコハクを頼んだ!」

「了解!」


 まるで私が迷子になるような言い方だが、どちらかと言うとシンクがいつも迷子になっている気がする。

 口にはせずともそう思っていると、ランちゃんも同じ事を思っているのか、隣にいるシンクを見るなり「シンクくんもね」と釘を刺していた。


「じゃあ行って来るね。十八時半にはこの広場に戻ってくるから」

「分かった。気を付けてね」

「コハクちゃん達もね」


 手を振り二人を見送れば、ライは周囲を見渡し呟く。


「しばらくどうしよっか。コハクさんはどこか行きたい所ある?」

「私は特に……ライは?」

「そっか。じゃあ……」


 ライは腕を組み考えた後、突然「あ」と声を漏らせば、肩に下げていた鞄を探り始めると、すぐそばにあるチェーン店のバーガー屋のクーポン券を取り出した。


「さっきパン食べたばっかりだけど、どう?」

「お、いいね」


 甘いもの食べたし、今度は塩気のあるフライドポテトとかいいかも。頷き賛同すればライと共にその店へ向かった。

 街中という事もあり、店は学生などで溢れていたが、窓際の席が空いているのを見つけると、注文を彼に任せ先に席に座る。


(久々だなぁ。バーガー屋さんなんて)


 それこそ、こんな人が沢山いる場所に遊びに行くようになったのは高等部に入ってからだった。

 それまではキリヤに止められていたのもあるし、無意識ながら「怖い」という感情があったからだ。


(この赤いブローチがある限りは、姿は人のままだけど……)


 もしこのブローチに何か魔術的不具合でも起こってしまえば、私の本当の姿が周囲にバレてしまうだろう。

 昔ほどではないにしても、未だに半獣人の風当たりが強いのは分かっているから、若干の不安はあった。

 胸元にしていたブローチに手をやっていると、注文した物をトレーに乗せてライが戻ってくる。


「ごめん遅くなっちゃった。これでいいかな?」

「うん。ありがとう。こちらこそ任せちゃってごめんね」

「いいよ。場所取りしてもらって助かったし」


 私の前にフライドポテトとオレンジジュースを置き、椅子に座れば、彼は笑いかける。

 私も笑い返すと、彼の前にあるメニューを見て呟く。


「意外と食べるんだね」

「うん。成長期ってやつ? あ、遠慮せずにこれ食べていいからね」

「あ、ありがとう」


 何種類かのバーガーに隠れるようにして置かれたナゲットを私の前に出すと、ライは早速紙に包まれたチーズバーガーを手に取り食べ始める。

 美味しそうに食べる彼を見つめながらポテトを口にすれば、ライと目が合う。


「どうしたの?」

「あ、いや……その、えっと……あ、バーガー好きなんだなって」

「あ、あー……うん、好きだね。いっぱい食べられるというか」

「そうなんだ」

「うん。……その、コハクさんは好きな物ってあるの?」

「私の? 私は……」


 質問に、私は少し考えた後「グラタン」と答える。他にも好きなものはあるけど、今思いついたのはそれだった。

 その答えにライは特に驚く事もなく「そうなんだ」と返した後口を開く。


「グラタン美味しいよね。優しい味するし」

「うん。寒い時とか特にね。……私の家はお祝いの時に作ってもらうから、尚更の事特別に感じるというか」

「へえ……お母さんの味的な?」

「うーん、そんな感じ?」


 まあ、作ってくれるのはキリヤなのだが。特に詳しく話すつもりもなく流していれば、ライは食べる手を止める。


「家庭的な味か……随分と長い間食べてないな」

「食べてない……?」

「……あ、ごめん。何でもない」


 あ、まただ。そう思うくらいに焼きついていた寂しげな表情が出た事で、つい口が滑ってしまう。

 それによって彼は即座に隠すが、長い沈黙の後ぎこちなく顔を上げると恐る恐るといった様子で話し始めた。


「その、俺兄さんと二人暮らしでさ。両親はとっくの昔に亡くなってるから、自分のお母さんの味っていうのあまり知らないんだよね」

「え……あ、そうなんだ……」


 何か辛い事言わせてしまったな……。

 申し訳なくなるとその気持ちを察したのか、ライは慌てて手を合わせて謝ってくる。


「その、気まずくなるからそうならないようにしてたんだけど……だめだね、俺、自分で振っちゃって」

「う、ううん。大丈夫。というか、私も親いないし……」

「え」

「……」

「……ごめん。マジでごめん」


 ついカミングアウトしてしまうと、彼はより深く頭を下げて謝る。それに対して私は首をより横に振ると、何度も大丈夫と言った。

 

「ほら、互いに知らない事だったし。ここはおあいこって事で……ね?」

「う、うん……そうだね」

「うん。……それで、お兄さんって」


 咄嗟に話題を変えれば、ライは気を取り直し兄の話を始めた。

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