【2-4】お節介(朱雀side)

 一難去ってまた一難と言った所だろうか。重く静まり返った空気があまりにも重く、適当に話をつけて家を出た。


(話は聞いていたとはいえ、こんな問題一ヶ月やそこらじゃ解決できる話でもないだろうに)


 ましてや状況が状況とはいえ、望まれていない相手との子を元保護者の所に送るなんて、スターチスは何を考えているのやら。他人とはいえ、その無神経には呆れを通り越して怒りすら感じる。

 そんなもやもやとした気持ちのまま、溜息を吐き荒れた道を歩いていると、視界に見慣れた銀髪の男を見つける。男はどこかフラフラとした足取りで、庭園に向かっていた。


(話しかけるべきか……でも、何と声掛けよう)


 元気出して? なんて、言える状態でないのは確かだ。とはいえそのまま見過ごせるわけもなく、距離を開けたまま悩みながらも着いていった。

 と、そこにすぐそばから見知った声が聞こえ、足を止めた。


「何してんの? 隠れ鬼?」

「⁉︎」


 横を向けば、壁に寄りかかるようにして元凶スターチスがそこにいた。

 どこか他人事のように呟くこいつに、ぶちんと何かが切れると、スターチスの胸ぐらを掴み殴り掛かる。


「どうどう」

「他人事の様に言いやがって。この元凶めが」

「元凶? 俺が?」


 人違いもほどほどにしなよと、呆れながらスターチスは俺の手を無理やり解き、襟元を掴んで持ち上げる。

 宙に浮かされた俺はポカンとした後、ジタバタと暴れながらスターチスに威嚇すれば、スターチスは息を吐いて遠くに行ってしまったフェンリルを見た。


「まあ、上手く飲み込める話じゃない事は分かってたよ。それも伝えた上であいつを送ったんだから」

「……本当に? ちゃんと伝えたか?」


 こいつは意味深な事は言うが、決まって重要な事ははっきりと言わないからムカついてしまう。まるで傍観者気取りだ。


(いや、そもそも傍観者か)


 全く、時の神っていうのはこういう奴らばっかりなのだろうか?

 そう思いながらジト目でスターチスを見つめていると、スターチスは眉を顰めた。


「こういうのは、自分で解決しないとどうにもならないでしょ」

「世の中には知らない方が良い事もあるんだよ。……ったく、わざわざ神器の為に気苦労をかけさせるなんて。他にも神器なんていくつもあるだろうに」

「それは、そうだけど」


 口籠るスターチス。とりあえずそんなスターチスの手から無理やり離れると、落ちて下に膝をついた後膝を摩りながら立ち上がる。

 何も言わずに、目を逸らすスターチスをじっと見れば、スターチスはより逃げようとして背を向けた。


「と、とにかく。色々事情があってフェンリルに任せたんだよ。お前は何も気にせず見守っていてよ」

「……見守れ、ね」


 確かに、彼らの問題である以上は見守るしかないのだろうが……そうだとしても、こうも何度もすれ違う彼らを見ればもどかしく思ってしまう。それも中途半端ながら、事情を知っている以上は尚更だ。

 見えなくなったフェンリルの向かった道の先を見ながら、俺は頭を掻きながらため息を漏らせば、スターチスに訊ねた。


「俺に護衛を任せた時、最後に何か意味ありげに呟いていたよな」

「最後? 何の話?」

「本当の目的は何もフェンリルと神器だけじゃないんだろ」

「……」


 最初は首を傾げていたものの、続いた俺の言葉にスターチスは目を丸くした後、「ああ」と把握したかの様に返事する。

 表情は依然渋い面のままで、壁に背中を付けると「そうだよ」と呟いた。


「本当の目的は、キリヤ・フェンリスヴォルフをこちらの領域に連れてくる事さ」

「連れてくる? どうして」

「どうしてって、戦力の一部にする為さ。今の状況だとまだ足りないからね。リアン達には勝てない」

「勝てないって……あの男がいるかどうかでそんなに変わるものか?」

「……来たら勝てるんだよ」

「……」

 

 この様子だときっと他の理由があるのだろう。

 素直に答えてくれるとは思ってもいなかったが、まあ神器やフェンリル以外の目的が見えてきただけでも良しとする。

 不審げに見つめながらも渋々己を納得させた後、俺は言った。


「そうだとしても、フェンリルにお前のしたい事全てを任せるのは酷だ。せめて間に入るくらいはしてやれよ」

「やっぱりした方が良い感じ?」

「傍で見ていたらな。余計なお世話に思えなくもないが、このままだとあっという間に時間が尽きるぞ」


 そう言うと、スターチスは難しい表情を浮かべたまま、「そうか」と言葉を漏らす。


「それは、そうだよね。まだフェンリルには話してない事沢山あるし。流石に全てを伝えずに送ったのは良くなかったか」

「ああ。だからこの際だ。ここにいる間でいいから、お前が知っている事を全部伝えてこい」


 せめてそれぐらいはしてもらいたいものである。そう言った後、俺はフェンリルとは逆方向に向かう。多分これからスターチスが行くと思ったから。

 スターチスから離れ家に向かえば、前からこちらに向かってくる姿が見えた。


「ん」

「! ……朱雀すざく、様」


 互いに立ち止まれば、シルヴィアは息を切らしながらも眉を下げたまま見つめる。

 そんな彼女を俺は小さく笑んで見つめれば、俺が来た道を指差しながら「行ってやって」と伝える。


「フェンリルにとって、今甘えられるのは、きっと君だけだから」

「……はい」


 小さくも強く頷くと、彼女は再び走り出す。

 遠くを見れば、先程までいたスターチスの姿も無くなっていて、俺は安堵する様に息を吐くと、頭の後ろに腕を組みながら家へ歩いて行った。

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