【2-3】隠し事
試練が終わり数日は死んだ様に眠っていた俺は、大分疲れが取れて来たという事もあり、シルヴィアやノルドと共に部屋の片付けを手伝っていた。
「全く、片付けするといった途端キリヤは逃げるんだから」
「確かにここ最近見てないな。どこに行ってるんだ?」
「多分あそこでしょ」
そう言ってノルドはうんざりといいたげな様子で呟く。首を傾げれば、隣にいた
(賭け事……か)
そういうのにも行くんだなと、特に意外性は無いもののちょっと納得してしまう。
そんな、片付けを放っぽり出して遊びに行ったキリヤに対して、やれやれといった感じに溜息を漏らすノルドにシルヴィアは苦笑していると、棚を掃除していた所であるものを見つけたようで、急に手を止めた。
「これは……」
「ん? ああ。コハクちゃんのか」
シルヴィアの呟きにノルドが棚を覗き込むと、それを見るなりそう答えた。母さんの名前が出た事で、俺も二人の傍に来れば、ノルドは手に取り表に出す。
出てきたのは一冊の分厚い大きめな本だった。
「アルバムだね」
「アルバム……?」
シルヴィアと揃って不思議そうな表情を浮かべれば、ノルドは俺達に見せるようにして、アルバムと呼ばれた本を開いた。
そこには、リビングにあるようなよく出来た絵が沢山貼られていて、それぞれ俺の記憶よりも若めの母さんの姿が描かれていた。
友人なのか、金髪の少年や青髪の少女と共に描かれている絵もあるようだ。
「……それにしても、よく出来た絵だよな。どうなっているんだ?」
「絵……? あれ、もしかして写真知らない?」
「写真……?」
「描かれているわけじゃないんですか?」
再び不思議がる俺達に、ノルドは思わず吹き出すように笑った後、「絵じゃないよ」と言ってすぐ傍にある棚に置かれた小さな機械を手に取る。
「これはこのカメラという道具で撮ったものなんだよ。だから一瞬の光景もこんな感じに残せるんだ」
「へえ……すげえな」
こんな鮮明に。
改めて写真と呼ばれるそれをまじまじと眺めていれば、ノルドが次のページを捲った所で、俺はある人物に目が止まった。
それは昔からの顔馴染みであり、ついこの間も話していた人物で、シルヴィアもよく知っている人物である。
「何で……あいつがここに?」
「え……?」
俺達の様子に、ノルドも声を漏らした後ハッとなり急いでアルバムを閉じる。その様子を俺達の背後から見つめていた朱雀様が呆れたように呟いた。
「あーあ。やっちゃったね。ま、いずれは知られる事だし、良いんじゃない?」
「……はあ。まあ、そうなんだけど」
やってしまったと言わんばかりに頭を抱え酷く落ち込むノルドに、俺は冷静を装って恐る恐る訊ねた。
「どうして、ライオネルがそこにいるんだ」
ライオネル。フルネームはライオネル・セヴァリー。現在は
かつて世話になったグレイシャ・セヴァリーの弟であり、彼とは対照的に黒髪に赤い右目が特徴的だが、性格は兄かそれ以上に優しく意外と繊細な人だった。
以前キリヤと話した際に、キリヤはグレイシャの事を知っていたから、弟であるライオネルも居てもおかしくはないのだが、まさか母さんと知り合いだったとは知らなかった。
ノルドは気まずそうに俺を見つめた後、ちらりと朱雀様を見る。朱雀様は困った表情を浮かべると「何でこちらを見るんだよ」とノルドに返した。
「代わりに俺が話しても良いけどさ……」
「……いや、僕が責任を持って話します」
責任……? まるで誰かに口止めされていたような口振りである。
シルヴィアも空気を察してか、不安げな表情をしていれば、ノルドは再度俺達を見るなり申し訳なさそうに笑って言った。
「ごめん。何か変な空気にさせて。……その、詳しくはキリヤが帰ってきてから話すけど。簡単に言うとね……彼はコハクちゃんの同級生だったんだよ」
「同級生?」
「つまり、同じクラスに通っていたって事ですか?」
「うん。と、言っても一年だけね」
俺に続いてシルヴィアがより詳しく問うと、ノルドは頷き答えた。しかし、それだけだったらそこまで隠そうとしなくてもいい筈だ。……もしや、それ以上に何かあるのだろうか。
しばらく考えるも、答えは簡単に見つからず。けれども、それはきっとノルド達にとっては後ろ暗いものなのだろうと、気になりながらも片付けに戻った。
それから数時間後。妙な空気が流れる中、何も知らないキリヤが上機嫌で帰ってきた。
「おーう戻ったぞー、おら土産……って、どうした?」
「……おかえり」
手にしていた袋を揺らしながらリビングに入ってくるキリヤを、ノルドは無表情で腕を掴み部屋を移る。
少しして話を聞いたのか、神妙な顔付きでキリヤが戻ってくると、俺を見るなり手招きしてくる。
「フェンリル。こっち来い」
「……分かった」
珍しく騒ぎもせず黙ったままの彼に、俺も落ち着いて従う。
リビングから出て、片付けていた部屋に入れば、キリヤは背を向けたまま溜息を漏らした後「見ちまったか」と言った。見てしまったというのはアルバムの事だろう。素直に頷くと、キリヤは振り向きその場に座った。
「ま……いずれは話そうと思っていたから、そこまで気にはしてなかったんだが……そうだな」
俺もキリヤの正面に座れば、キリヤは深く息を吐いた後真っ直ぐと俺を見て言った。
「あいつは……ライオネルはリアンを探す為に学園に編入してきたんだ。けど、その途中あいつはコハクと恋仲になった」
「は……? 恋、仲……? つまり恋人だったって事か⁉︎」
母さんとライオネルが⁉︎
驚きの声を上げれば、キリヤは静かに頷き話を続ける。
「上手くいけば、結婚もしていたと思う。でも、出来なかった」
「それは、母さんがあいつの元に行ったからか」
「……ああ」
間を空けてキリヤは頭を縦に振る。そして顔に手をやると、顔を下に向けた。
「今から、話す事は。お前にとっちゃあ残酷な話になる。お前の存在を否定する様な話だからな。だから、聞きたくないなら今のうちに言ってくれ」
「……」
カチリ、カチリと壁に掛けられた時計の音が大きく響く。
俺としてはもう、ライオネルと母さんが恋人だったと知らされた時点で大体は察していた。あの写真に写る二人が楽しげで明るかったのを見れば、きっと途中までは上手くいっていたんだと思う。……何かがあるまでは。
(そして、それは同時に俺の存在を否定する事になる……か)
確かにあの男の元に母さんが行かなければ、自分は生まれていなかった。俺はそういう
(聞きたいけれど、聞いてしまったら俺は正気でいられるだろうか)
どこかで感じ、目を逸らし続けていた闇が一気に膨大していくのが分かる。
時計の針の音に合わせ、心臓が激しく鼓動するのを感じながら、俺は手を強く握り緩めた後、顔を上げて言った。
「すまん……まだ覚悟はない、みたいだ」
「……そうか」
「ああ」
息を吐き顔を上げると、キリヤが表情を歪め「大丈夫か」と言ってくる。ぼんやりとしてとぼけたように「何が」と返せば、キリヤに指摘された。
「すごく顔が青い。……すまん。こっちこそ。こんな話持ちかけて」
「いや、別に気にしてない、から」
「バカいえ。気にしてなければ、そんな顔しないだろ」
ごめん。ごめんなとキリヤに何度も謝られる。俺はそんなキリヤから目を逸らすと、笑みを作って言った。
「分かってた。分かっていたからさ。最初キリヤと出会った時から何となく察してはいたから。それに……今まで避けて逃げていたのは俺だから」
「フェンリル」
「……すまん。ちょっと、外の空気吸ってくる」
そう言ってキリヤから離れると部屋を後にする。背後でキリヤが何か言っていたが、俺は聞こえず逃げる様に外に出た。
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