【2-2回想】学生と姫
突然の誘いにも関わらずライも仲間に入り、ランちゃんのいる校庭へと向かう。
その間シンクはライに質問をしていた。
「ライって、ここに来る前は
「まあそうだね」
「へえ……何て言う学園?」
「え、あ、えっと……サクラソウがく、えん?」
「サクラソウ学園」
聞いた事は無いけどあるんだろうな。そんな風に軽く思えば、シンクも「そうなんだな」と返した。
そうしている間にランちゃんの姿が見え、大きく手を振り呼びかけた。
「ランちゃーん!」
「あ、コハクちゃーん!」
振り返したランちゃんの元に向かえば、ライを見てランちゃんは驚く。一方でライもまた驚きの表情を浮かべると、すぐに表情を戻し、笑いかける。
「突然ごめんね。お邪魔して」
「いえ……どうぞ」
「……ん? 何だ知り合いか?」
様子のおかしい二人にシンクが訊ねれば、ランちゃんが頭を横に振る。
ひとまずいつもの定位置である二つのベンチに並んで座ると、ソーセージパンを口にしたライが目を輝かせ、美味しいと呟く。
「このパン美味しいね!」
「でしょ? 学園の近くのパン屋さんで作られてるんだけど、とても美味しいから、たまに学校帰りに買うんだ」
「へえ……」
「ちなみに売店にはねえけど、店に売ってある伝説のクリームパンもすげー美味いから今度一緒に食いにいこうぜ」
「あ、行きたーい! 行くー!」
シンクの誘いに快く受け入れるライ。元々誰とでも仲良く出来る性格なのか、あっという間にシンクと打ち解けていた。
早速遊びに行く約束をする二人に、私とランちゃんで笑むと、シンクは私達を見るなり「行かないのか?」と訊ねた。
「進級祝いも兼ねてさ。パーっと遊ぼうぜ」
「ふふっ、そうだね」
「じゃあパン屋さん行って、久々にお買い物でも行く?」
「お、いいな。俺も欲しい本あるし」
そう話が盛り上がっていくと、話を聞いていたライはどこか寂しげな笑みを浮かべ呟いた。
「いいね。青春って感じがして」
「何年上の様な事言ってんだ。お前も行くんだからな」
「ははっ、まあね」
シンクに言われ、ライは笑う。
私も皆と遅れて笑うが、何かが引っかかり、気になってしまう。
(あっちじゃ、上手くやっていけなかったのかな)
こんなに明るくて仲良く出来ているのに。
貰ったメロンパンを口にしながら、しばらく三人の会話を見つめていた。
※※※
その日の夜。自室で復習をしていると、玄関から物音がして顔を上げる。机に置かれた時計は二十二時を指していた。
椅子から立ち上がり廊下に出れば、疲れた様子で声を漏らすキリヤと会った。
「おかえりなさい。遅かったね」
「ああ……ちょっと手こずってな」
「そう、なんだ」
よく見ると右腕の肩に近い部分に浅くも斬られた傷があった。
いつもの事ではあるものの息を吐き、キリヤと一緒にリビングに向かうと、棚に置かれていた救急箱を手に取る。
キリヤはシャツを脱ぎ椅子にかけていたが、私の手にした物に気付いたのか、手を差し出した。
「いや、やってあげるよ。利き手でしょ?」
「けどお前は勉強もあるだろ」
「いいの。課題はもう終わったんだから」
さ、座ってと言うと、キリヤは渋々椅子に座った。
使い捨て用のゴム手袋をし、右腕の傷に消毒液をかければ結構染みるのか呻き声を上げた。
それを他所に、テキパキと手当てを済ませていくと、キリヤは学校の事について訊いてきた。
「どうだった今日は。新学期だっただろ」
「うん。いつも通り楽しかったかな。あ、そういや今日編入生の子と友達になったよ」
「編入生? 学年にしては珍しいな。どんな感じの子なんだ?」
「んーとね、テストで全問正解したりするくらいには頭良くて、それで誰とでも仲良いの。シンクもすぐに仲良くなっちゃった」
「へぇ……」
ガーゼをテープで留め一息付けば、手袋ごとゴミをゴミ箱に入れた後、キリヤの正面に座る。
キリヤは私が座って間もなく立ち上がれば、キッチンに向かいヤカンに水を入れ、お湯を沸かし始めた。
「何か飲むか?」
「んー、じゃあミルクティー」
「ミルクティーな」
頷いた後、キリヤは小さな食器棚から、それぞれステンレス製のカップと青い陶器のカップを取り出し飲み物を作り始める。
その音を静かに聴いていると、キリヤが話しかけてきた。
「にしてももう三年か。早いな。卒業まで一年しかねえな」
「うん……でも、その一年もあっという間だよ」
アチェロッソ学園に入学してから早十一年。卒業後はそのまま大学に進学しようか迷っている所だが、進路とは別に、ある事を控えていた。
ふと、リビングの棚に立て掛けられているルーナ・ルーポに視線を移すと、カップを両手に持ってキリヤが戻ってくる。
「週末、剣の特訓するからな」
「はーい」
ミルクティーを渡され、それを口にしながら返事をする。
高等部に入る直前、ルーナ・ルーポの為の試練を終えた後、週末に決まってキリヤと剣の特訓をしていた。というのも来春、六十年ぶりに夕暮れの領域の門が開くからである。
夕暮れの領域の門はある時期を除き、基本的には閉まっているが、とある暦が一回りした年の春だけ門は開くと言われていた。
門が開かれると、キリヤ曰く夕暮れの領域にある蒼い城に願いを叶えて貰う為に、力のある人々が集まってくるらしい。
私としては、インヴェルノの姫として。そして生き残った身として、インヴェルノの再興を叶える為に行くのだが、その願いに相応しい人物であるかどうかはたまに悩む事があった。
(姫……と言われても実感は未だに無いんだよね)
両親の顔も写真でしか見た事がない。自分にとっては目の前にいるキリヤが親みたいなものだった。
だからという訳じゃないが、正直な所その願いも姫というよりは、キリヤを喜ばせる為という気持ちが強かったりする。
(けれども、きっとそれを口にしてしまえば、気にしちゃうんだろうな)
時折キリヤから感じる義務感。最近では自然と馴染んできて感じにくくはなっているものの、彼からは他の家族にはない一線を引いてくる。
あくまでも家族ではなく、主従関係。だから、彼を家族として見てはいけない。
そのせいか知らないけど、決まって彼の前では弱音を吐く事ができなかった。
「……」
空になったカップを眺めながら、しばらくボーッと考えていると頭にキリヤの手が乗っかる。顔を上げれば、キリヤは苦笑い混じりに「早く寝ろ」といった。
「明日も早いだろ」
「……うん。じゃあ、おやすみ」
「ああ。おやすみ」
笑みを作り返せば、キリヤも笑って言う。
シンクにカップを置き、歯を磨く為に洗面所に向かった後、鏡の前に立つと私は小さく息を吐いてから両頬をバチンと挟む様に叩く。
考えても仕方ない。とりあえず早く磨いて寝よう。そう前向きに意識を変えると、歯ブラシを手に取った。
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