2章 アチェロッソ学園にて

【2-1回想】編入生

 アチェロッソ学園に通い始めて十二度目の桜が咲いた頃。高等部最後の年が始まり、その一日目を迎えていた。


「よお、おはよ」

「おはよう〜珍しいね。朝早くに来るなんて」

「そりゃあな」


 クラス替えがあるから。

 そう彼は言うと正面を向く。進路によって彼とは二年以降別のクラスになってしまったが、クラスによっては体育祭や文化祭などで合同にもなるから、何となく私も気にはなっていた。


「今度こそ体育祭とかで同じチームになれるといいね」

「ああ……二度とあの攻撃はごめんだからな」


 あの攻撃? と一瞬頭を傾げるも、すぐに去年の体育祭のある競技を思い出す。

 そもそもこの学園では、基本的な魔術の他に【魔術特進】、【芸術魔術】、【医療魔術】の三つのコースがあり、体育祭では平等にそれぞれのコースから組み分けされてる。

 去年シンクと敵同士になった私は、魔術戦争という競技にて容赦なくシンク達のチームに魔術を解き放った事で、未だにその事を根に持たれていた。


「連続の吹雪魔術とか、反則だっつうの」

「いやぁ、必死だったから。でも、ダメージはなかったじゃん。あくまでも目眩しだったし」

「地味に寒かったわ」


 半袖なんだぞと、シンクは不満げに漏らせば、私は苦笑して謝る。

 そんな会話をしつつ、校門を抜け昇降口に辿り着くと、早速クラス表が貼り出されているのか、靴箱の向こうは生徒でいっぱいだった。

 上履きに履き替えながらも、人々の背後から爪先立ちして見ると、シンクが私に革鞄を投げ渡し人混みに入っていく。

 と、そこに中等部からの友人であるランちゃんがやってきた。


「おはよう。人多いね」

「だね。クラス替えだし。ランちゃんはもう確認した?」

「ううん今から。けど、確認するのも大変そう……」


 眉を下げながらもランちゃんは笑むと、人混みの合間から覗こうとする。

 彼女もまた回復魔術のコースに行ってしまった為、二年から離れ離れになってしまったが、去年の体育祭は同じチームだった。

 また今年も一緒になれるといいなと思っていれば、先に確認しに行っていたシンクが戻ってきた。


「ん、ランじゃん。おはよ」

「おはようシンクくん。クラス替えどうだった?」

「ふっふっふ……聞いて驚け。Cクラスだった」

「あっ」

「あぁ……まあ」


 自慢げに語るシンクに私とランちゃんは何も言えなくなる。

 クラス替えに関しては、前学年最後の期末テストの結果で分けられると聞いている。

 優秀な成績から順にAクラス、Bクラス、Cクラスと分かれており、一番低いのはCクラスである。ちなみにシンクの以前のクラスはBであった。

 更に最初の席順もまた成績順となっており、ある意味競争率の高いシステムとなっていた。


「自慢げに言うけど、アンナおばさんに言う時覚悟しときなよ」

「大丈夫。ギリギリまで隠しとく」

「それだともっと怒られそうな気がするけどなぁ……」


 私に対するシンクの答えにランちゃんは苦笑いを浮かべ言った。

 まあ、体育祭のチーム分けはこれからなので、とりあえずはシンクのクラスが分かっただけでも良しとしよう。……たまにおばさんからの弁当のお使いもするし。

 本題に戻り、シンクはついでに見て来たからと、私とランちゃんのクラスも伝えた。


「ま、言わなくても分かりそうなもんだが……二人ともAクラスだったよ」

「おお。やった。今回あまり自信なかったんだよね……」

「けど前回コースでは上位十人に入ってたじゃん。コースだと一位じゃなかったっけ?」


 ランちゃんに言われ、私は困ったように返した。


「そうは言うけども、正直なところ魔術あまり得意じゃないんだよね……」

「は? 待て、俺に対する嫌味か? それ」

「いやいやいやそうじゃなくって……こう微妙に頭に残りづらいというか」


 感覚としては上手く使えるのだが、学問というか知識があまり頭に入ってこないのである。なので、テストの前はよく復習しては頭に叩き込んでいた。


(でも春季休暇の時剣の訓練してたからなぁ……授業始まる前に勉強しないと)


 特に今年は場合によっては受験も控えている。重要かつ大変な一年になるのは目に見えていた。

 一方でランちゃんもまた成績優秀者である。それも、私よりも学問の方では上になる。以前見せ合った時、満点がいくつかあった彼女の答案用紙に驚いた覚えがあった。

 また今年も勉強会開いて貰おうかなと思ったその時、ある生徒の会話が耳に入った。


「なあ聞いたか。今回全教科満点取った奴がいるってよ」

「えぇーそれは流石に作り話だろ」

「いや俺も聞いたぜ。職員室で。しかも編入生って話だろ」

「この時期に編入生? 変わってんなそいつ」


 そこそこ大きな声で話す男子生徒達に、私達はそれぞれ顔を見合わせる。

 中等部、高等部と進学する際に編入する生徒は居るが、学年最後の年になって編入とはまた珍しい話である。

 知ってる? とシンクに訊くが、シンクは頭を横に振り、先に自分のクラスに向かって行ってしまった。


「でももし本当ならば、多分Aクラスには居るよね」

「だね。もしかしたら私のクラスにいるかも」

「ふふっ。じゃあもし居たらお昼休みに教えてね」


 言われランちゃんに頷く。そしてその場でランちゃんと別れれば、予鈴のチャイムが鳴ったのもあり、急いで自分の教師へと向かった。


※※※


 新しいクラスでのホームルームが始まりドアが開く。そこに入ってきたのは、去年と同じ担任であるスズ先生であった。

 褐色の肌に目立つ、腰まであるクリーム色の結い髪を揺らしながら、これまた不思議な事に浮いた火の玉の左手で出席簿を開くと、スズ先生はクラスを見渡した後淡々とした声で言った。


「今学年はこの学園の最上クラスであり、最後の学園生活となるだろう。進路は勿論、悔いのない様に生活して欲しい。……さて、今回このクラスには編入生も仲間入りする。一年間ではあるが仲良くしてやってくれ」


 そう言って先生は廊下に出る。その間にクラス中は騒めき、廊下側の席であった私もそっと窓ガラス越しに廊下を眺めた。

 すると廊下の奥から先生に連れられてやって来たのは青がかった肩までの黒髪に、珍しい紫色の瞳をした男子生徒だった。

 制服を着崩し、ジャケットの下にフード付きのパーカーを重ね着した彼は、特に緊張する事もなく笑顔を見せた。


「自己紹介を頼む」

「はい。えーと、ライ・ヒョウクウです。兄の仕事の都合で真昼ヌーン領域から来ました。よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げると、スズ先生は見渡した後私の前の空席を指差して言った。


「コハク・ルブトーブラン。彼に色々と教えてやってくれ」

「あ、は、はい!」


 隣じゃなくて後ろの私なんだ。と疑問には思いつつも、返事すれば、ライと言った男子生徒は前の席に座り、振り向く。

 私も笑みを返せば、ホームルームが終わった後、彼は椅子ごとこちらを向いて話しかけてきた。


「えっと……コハクさん、だっけ。よろしく」

「う、うん。よろしくね。ええと……」

「ライでいいよ」

「じゃあライ……」


 ……うん。それで。これからどうしよう。

 戸惑い何から話そうか迷うと、別の生徒がやって来た事で会話はそこで終わってしまう。

 その後、次の日の入学式の準備だったり、掃除とかで、度々話す事はあったが、そこまで話が続く事は無かった。

 そうしている間に昼休みのチャイムが鳴れば、他の生徒についていく様に担当していた体育館を後にした。


「お腹すいた……」


 今日はお弁当作り忘れちゃったから、パンでも買ってシンク達と合流しよう。

 そう思って売店に向かうと、丁度そこから出てくるライと目が合った。


「あ、お疲れ様」

「うん。こちらこそ。お疲れ様。……今日はパンなの?」

「そう。お昼作ろうかなと思ったんだけど忙しくてね。コハクさんもパン?」

「うん」

「そっか。……あ、じゃあこれ」


 そう彼は歩み寄り、手にしていた紙袋からメロンパンを手にすると、私に渡してくる。


「教えてくれたお礼」

「え、いいのにそんな……」

「いいから。あ、けどそれだけで足りる? サンドウィッチもあるけど」

「ううん大丈夫。ありがとう」


 礼を言って笑い合った後、再び無言になってしまう。

 そういえばこの後誰かと食べる人とかいるのかな。まだ来たばっかりだし、誘っちゃった方がいいのかも。

 もやもやと考えていると、背後から見知った声と共に肩に腕を回され前のめりになる。顔を上げればシンクだった。


「中々来ねえから迎えに来たけど。……って、お?」

「あ、どうも」


 シンクが見た事でライは頭を小さく下げる。そして私同様無言が続いた後、急にシンクが声を上げてライを指差した。


「まさか、あの全教科満点取ったとかいう編入生か⁉︎」

「ん? ああ、テストの事? うん。一応取れたけど」

「ぐっ……! 何だよその簡単に取れますけどみたいな言い方は……! これだからAクラスの奴は……」

「あーえとごめん気にしないで。シンクはいつもこうだから」


 Aクラスを敵視するが、きちんと復習すればシンクもAクラスには入れる成績になる。ただ、やらないだけなのだ彼は。

 そう思いつつも口にはせず、ライに謝れば、ライはくすりと笑って「そっか」と返す。


「じゃあ俺はこれで。またクラスでね」

「あ、待って」

「ん?」


 呼び止めると、ライの足が止まり振り向く。シンクも私を見ると、緊張しながらもライに訊ねた。

 

「これから他のクラスの子とも合流して食べるんだけど、もし良かったら一緒にどう?」


 私の誘いに彼は目を丸くする。

 どうかなと不安になっていると、彼はにこりと笑い返した。


「うん……じゃあ、お言葉に甘えようかな」

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