【1-13】賑やかな夕食

 ビル近くの駐車場に停まり、車から降りた俺達は三人並んでビルへ向かっていると、ノルドが怪訝そうに声を漏らし足を止める。

 それを見た俺達も遅れて止まり、どうしたとノルドに訊ねれば、ノルドはビルの上辺りを指差しながら言った。


「なんか、僕達の家のある階辺りに赤いライトがいくつかあるんだけど」

「赤いライト?」


 言われて見上げれば確かにある階が赤く光っていた。そこに家があるかは分からないが。

 灯りに混じって行き来する人の影に、何かあったのかと目を顰めて見つめていると、ノルドは携帯を手にキリヤに連絡を始める。少ししてキリヤは出た様だが、ノルドの顔から徐々に笑みが消えていく様子に、俺達も緊張してしまう。


(まさか、何かあったのか?)


 もしそうであれば、先程の襲撃に関するものだろうか。

 ノルドの会話が終わるまで彼を見つめていれば、ノルドは溜息混じりに通話を切って呟いた。


「僕んちだ。あれ」

「なっ、まじかよ」

「な、何かあったんですか?」

「……まあ、そう深刻なものではない。ないんだけども」


 あんのバカと珍しく低い声で怒る彼に、俺は何となく察しがついた。

 それからノルドについて行く様な形で、急いで家に向かえば、案の定家には沢山の人々がいた。あの赤いライトの正体も小型の赤い車だとこの時点で理解した。

 家の周りにいた重装備な人々が離れて行く中、家の前で引き攣ったような笑みを浮かべ家の前に立っているキリヤに、ノルドはにっこりと笑みを作るとキリヤに向かって言った。


「ちょっと居ない間にとんでもない騒ぎを起こしてくれたね」

「い、いやぁ、まあな。たまにはと思って料理してたんだが」


 キリヤは気まずそうにノルドから目を逸らす。と、ドアの隙間から朱雀すざく様が覗いてるのに気付いた。普段ならば表に出てきそうな彼が隠れている……。

 するとノルドもそれに気付いたのか、朱雀様の隠れるドアを見ると息を吐いて言った。


「幸いにもスプリンクラーが作動しただけみたいですし、今回は良しとしましょう。でも今度からは家の中で力使わないで下さいね」

「……はーい」


 力なく返事すると申し訳なさそうに出てくる。一体何の料理を作っていたのだろう。そんな疑問が浮かびながらも、家の中に入ると、キッチンが水浸しになっていた。


「うわ。どうなってんだ一体」

「多分朱雀様の炎に火災報知器が反応しちゃったみたい……ま、料理はとりあえず無事か」


 ラップしといて良かったとノルドは言いつつも、改めて見る水浸しの惨状にため息を漏らした。

 シルヴィアは苦笑し、「手伝います」とノルドに声を掛けると、ノルドはにこりとして「大丈夫」と言って断る。


「あの二人にやらせるから」

「えっ、まじかよ」

「まじも何もせめて片付けくらいはして欲しいんだけど?」

「はぁー……ったく」


 キリヤは嫌そうな声を上げつつもノルドに言われ、渋々片付けにやってくる。朱雀も何も言わずにどこからか持ってきた雑巾を片手にやってくる。

 片付け始める二人にノルドは頷くと、コンロに放置されたホワイトソースらしき何かとマカロニを見て、キリヤに訊ねた。


「何? もしかしてグラタンでも作ろうとしてたの?」

「……まあな。そこの坊ちゃんが好物だって言ってたし」

「俺に?」


 というか、何で知っているんだ。

 驚きの表情を浮かべながらキリヤを見つめれば、シルヴィアがぽつりと呟いた。


「私達が話していたのを聞いていたんですか?」

「……本当は驚かせたかったんだがなぁ。やっぱり馴れないことはするもんじゃないな」

「全く……」


 さっきとは打って変わって、ノルドは困った様に笑うと、放置されていたホワイトソースの鍋を手にし、俺を見る。俺も笑むと「待つよ」と言った後、片付けの手伝いをする。

 外に置いてあったバケツついでに雑巾も持って戻ってくれば、キリヤは俺を横目に見ると少し不貞腐れた様子で呟く。


「試練の終わりの割にはまだ余裕そうだな」

「んなことねえよ。ただ、それぐらいはまだ力はある」

「ふーん……」

「で、どうしてまたグラタン作ろうと思ったんだよ。俺の為か?」


 ニヤリとして訊けば、キリヤは鼻を鳴らしながらも、「まあな」と答えた。


コハクあいつもグラタンが好きだった。誕生日とか進級祝いとかに作ってやれば喜んでな」

「母さんが……」

「お前も、もしかしてコハクに作ってもらっていたのか?」


 訊かれ、俺は床を拭う手を止める。そして小さく頷くと、顔を上げて言った。


「俺も誕生日に作ってもらってた。母さんの作る料理はどれも美味しかったけど、グラタンだけは特別だった」


 そう言って昔の事を思い出す。

 神殿の奥深くにある俺と母さんだけの住処。魔鏡守神の力によるものなのか、山の麓にある様な外観が広がる中、ぽつんと水車付きの小さな小屋が俺達の家だった。

 一応世話係として二人の女の人が居たけれど、大体は母さんとの二人暮らし。それ故にやらなきゃいけない事はあったけど、だからといって特に不満もなく、楽しかったのを覚えている。

 そんな母さんがより腕を振るったのが、俺の誕生日だった。


『お母さんも、昔誕生日の時とかに作って貰ったんだ。身も心も温かくなって元気になるの』


 そうニコニコとしながら話していた。

 あの頃からかなり年月は経ってしまったが、未だに忘れられない思い出だ。

 すると俺の話を聞いていたキリヤが、急に身体を寄せてくる。一体何だとキリヤを凝視すれば、キリヤは真剣な表情で言った。


「もっと、コハクの話を聞かせて欲しい」

「母さんの?」

「ああ。俺の知らなかったコハクの話を」


 だから……。

 こちらを向くと、キリヤは少し照れた様子で言った。


「もう少し居てくれないか。ここに」

「!」


 まさかキリヤからそんな事言われるとは思わず、瞬きした後シルヴィアを見た。シルヴィアも話を聞いていたのか、こちらに顔を向けており見つめていた。

 しばし見つめあった後、シルヴィアは微笑し頷いた。それを見て俺も決めるとキリヤに答えた。


「……分かった。可能な限りは居るよ。その代わりこちらも母さんの事聞いて良いか?」

「ああ、勿論」


 キリヤが頷くと、俺も表情を和らげる。

 それから掃除を手早く済ませ、ノルド達がグラタンを焼き上げた所で夕飯の準備に取り掛かった。

 試練前以来のまともな食事に、自然と腹も鳴ると手を合わせハンバーグやグラタンを口にする。


(うっま……)


 空腹も合わさり次々と食べ進めていけば、キリヤはそれを微笑ましそうに見つめていた。

 口にしていたのを飲み込みキリヤを見れば、キリヤは目を丸くさせ「どうした」と言う。俺は指で頬を掻きながら呟いた。


「いや、そんな顔で見られると……何か恥ずかしい」

「恥ずかしいってなんだ恥ずかしいって」


 キリヤは笑みから一転して呆れ顔になると、身を乗り出して俺に詰め寄る。

 その横でノルドがキリヤの肩を掴み席に押し戻すと、キリヤは頬杖を突きながらも改めてこちらを見てきた。


「……にしても本当美味そうに食うなぁ。表情がコロコロ変わるのもコハク似だよな」

「なんか良く母さんに似てるって言われるが、そんなに似ているか?」

「まあな。一部は祖父似だが、性格とか好みはあいつ似だ」


 俺が言うんだ。間違いない。

 そう謎に自信ありげにキリヤが言えば、ノルドと朱雀様が相次いで口にした。


「親バカだね」

「親バカだな」

「バカ言うな。つか、俺はあくまでも保護者だ。コハクの親じゃない」


 言い返すも、その表情はどこか自慢げだった。二人の言う通り親バカかもしれない。

 そんな会話に隣のシルヴィアは楽しげに笑うと、俺もつられて笑いキリヤに言った。


「キリヤは本当父親みたいだな。あ、でもこの場合俺はじいちゃんって言った方が良いのか?」

「誰がジジイだ!」


 声を上げるキリヤに俺達も声を出して笑う。けれども心の奥底ではそうあって欲しいと望む何かがあった。

 

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