【1-12】蠍の男
母さんとの戦いの後、言われた通りに奥の印を手にし外に出れば、入った時と変わらず夜になっていた。
長い時間のようであっという間に終わった試練に、ぼんやりとしながらも鞄を抱え直すと、ひとまずノルドに連絡する。
(まだまだこっちの魔道具には慣れねえな……)
なんて思いながらも、渡された携帯電話とやらで何とかノルドに電話を掛ければ、出て早々ノルドは驚いた様子で叫んだ。
『え、フェンリルもう終わったの⁉︎』
「ああ。すまないが、迎えに来てもらっていいか?」
『わ、分かった!すぐ行く!』
そう言ってノルドは電話を切る。様子からして、今日俺が試練を終わらせるとは思っていなかったのだろう。
だが、休憩もまともに取らずに連戦したせいか、いつも以上に疲労と空腹を感じた。
(とりあえず森の入り口まで出なきゃなんねえし、ここらで軽く食事でもするか?)
折角渡された保存食なのに全く手を付けていないというのもアレである。鞄を開いてみると何種類か缶詰があり、その中でもそこそこ大きめの筒状の缶を手に取って蓋を開ける。中身はビスケットだった。
同じく中に入っていた飲料水と共に、そのビスケットを口にすると、傷付いた足でゆっくりと来た道を戻っていく。
(帰るまでが試練みたいなものだが……疲れた)
傷は塞がっているものの、若干の気怠さはある。このまま帰ったらしばらくは布団から起きられないんじゃないか。そう思ってしまうくらいに、疲労はピークに近かった。
インヴェルノ城の跡地を通り抜け、フクロウの鳴く暗い夜道を一人歩いていれば、ふと空に満月が浮かんでいる事に気付き、足を止める。
「……これでルーポ・ルーナが手に入るんだろうか」
一応今回の試練によって扱える資格は得たわけだが。果たして、キリヤはルーポ・ルーナを渡してくれるのだろうか。
(あの様子だと試練を終わらせたからと言って、そう安易と渡してくれそうにもないよな)
何となく想像出来る、キリヤの言い訳や新たな注文に早くも頭を抱えると、俺は深いため息を吐きながら再び歩み出す。
疲れているせいか、妙に遠く感じる夜道をただ無言で歩いていけば、ようやっと出口らしき光を見つけ、自然と足が速くなる。
と、正面からではなく、背後から気配を感じた俺は、振り向き、手にしていた飲料水を振り撒く。
「‼︎」
目前まで迫っていたそいつは、振り向き様に掛けられた水に目を見開くと、その水が一瞬にして氷の刃と化した瞬間、身を仰反る様にして倒れ込む。
俺は後ろに跳び退がり、警戒するようにそいつを見れば、男は起き上がり手にしていたナイフを構えた。
「何の用だ」
「うるさい、死ね」
問答無用といった様子で、男は飛び掛かる。横に転がるようにして避けるが、男の攻撃は止まらなかった。
(一体何なんだ⁉︎)
見知らぬ相手だが、どこかで恨みでも買ったか⁉︎
訳もわからず避け続けていると、男はナイフを投げ捨て、両手を叩くように合わせると、鎖のような繋ぎ目のある持ち手の大鎌を出現させる。
その大鎌の刃先は禍々しい位に紅く光を帯びており、振るう度に赤い残光を残していた。
「っ」
舌打ちし、拳に氷を纏わせる。そしてその拳で大鎌を弾くと、男はより眉を顰め、首を狙って大きく振るった。
首を庇うように腕で塞ぐが、赤い刃が怪しく光りだすと、氷が砕ける音が辺りに響いた。右腕を見れば、鎌の刃先が突き刺さっていた。
「なっ⁉︎」
「バカだな。こんなもんで塞げると思ってんの?」
そう冷めた表情で男は言うと、大鎌を引き抜き消滅させる。
傷を押さえながらも男を見上げ睨むが、心臓が嫌なくらいに大きく脈を打ち、傷が焼けるように痛んだ事で、俯き唸ってしまう。
(毒、か?)
傷を見れば、周囲の皮膚があざのように変色を始めていた。かつて教えてもらった毒消の魔術を使うが、消える事はなく、じわじわと身体を蝕んでいく。
全身から発汗し息が荒くなる中、男は静かに見下ろしながら呟いた。
「常人だったらもう死んでいるはずだけど……流石半神と言った所か」
「っ……お前、何で」
「さあ? 何でだろうね。俺はあくまでも頼まれただけだから。けどまあ、依頼人に何か思われたんじゃない?」
「いらい、にん?」
とはいえ、この領域での知人など限られた人物だ。キリヤはともかく、ノルドがそんな事を依頼する筈がない。ならば、それらの人物の関係者か? 特にキリヤは色々と恨まれていそうだし。
(でもだからと言って俺を狙うか? 普通)
よく分からず、悩んでいる内に意識が朦朧となっていく。そんな俺に対し、男は投げ捨てたナイフを拾いに行くと、それを持って俺の前に立つ。
「可哀想だけど、ここで死んでね。わんこくん」
「……」
抗う事も出来ず項垂れたまま、男の攻撃をまともに受けようとした時。辺りに詠唱の声が響き渡る。男はハッとして顔を上げると、俺の背後から魔弾が飛んでくる。
男が退いた後、後ろを向けば、そこには短い杖を向けるノルドの姿があった。傍にはシルヴィアもいる。
男はノルドを見るなり顔を歪めると、闇夜に消えていなくなる。それを見計らって二人がこちらに駆け寄ってきた。
「フェンリルさんっ‼︎」
「しる、ゔぃあ」
今にも泣きそうな表情で、シルヴィアが傍にやってくると、俺の右腕に両手をかざし治癒魔術を掛ける。
淡く青い光が変色した皮膚を元に戻し、毒と共に傷を癒していけば、痛みや怠さも消え深く息を吐いた。
ノルドは傷が癒えた事で安堵しながらも、改めて男が消えた方向を見つめながら苦々しく呟いた。
「あいつ、よりにもよってフェンリル狙ってくるなんて」
「知り合いなのか?」
「知り合いっていうか、腐れ縁だね。一応あいつも半神なんだけど……なんていうか、面倒な奴って言うか」
そう頭を掻きながらノルドは言うと、正面に周り俺の右腕を確かめる。シルヴィアの治癒によってだいぶ傷は塞がっていたが、毒を受けた影響か若干痺れを感じていた。
「もう少し遅れていたら危なかったね。あいつは毒の使い手だから」
「さっき、毒消の魔術を使ったんだがな」
「あいつの毒は、普段使われている毒消の魔術じゃ効かないんだよ」
ね。と、ノルドはシルヴィアに話を振ると、シルヴィアは瞬きした後小さく頷いた。
「毒虫や魔物による毒だとそれで済むんですけど……フェンリルさんが受けていた毒は特異的な物だったから、毒消とは別に浄化の魔術が必要なんです」
「そうそう。でも、それを扱えるのはそれなりに治癒魔術を学んだ人ぐらいだからね。シルヴィアちゃん連れてきて本当に良かった」
そう言われ、シルヴィアは照れた様子で小さく笑う。
以前にも元いた領域で、こうして危ない所を彼女に助けてもらったなと思い返すと、俺もシルヴィアに礼を言った。
「ありがとな。助かった」
「! ……いえ」
目を丸くし、より頬を赤らめシルヴィアは笑んだ。
体力もある程度戻り、ノルドに腕を引かれ立ち上がれば、傍に落ちていた荷物を手に取り、道を進む
……で、結局の所あの男は何者なのだろうか。疑問に思った俺はノルドに話しかけた。
「あの男……半神とか毒使いとか言っていたが、一体何者なんだ?」
「ん? スコルピの事? 彼は
「黄道……術師?」
シルヴィアと共に首を傾げると、ノルドは苦笑し説明する。
黄道術師というのは、ここ夜明けの領域や近隣の夕暮れの領域、そして前に一度耳にした
十二人にはそれぞれ十二星座にまつわる肩書きがあり、先程襲ってきたスコルピという男には蠍という名前が付いているという。
「蠍……なるほどな。まあ、見た目からして蠍っぽかったが」
墨の様な黒髪を腰辺りまで編み込まれた髪型とか、胸元の飾りの配置だとか。いかにも蠍をイメージしたような服装をしていた。
納得はしつつも、再度最初の疑問である「何故襲ってきたのか」という理由を訊ねれば、ノルドもよく分からない様子であった。
「強いて言えば俺目当て……なのかな? けど、それだったら真っ直ぐ俺に来るだろうし」
「そういやさっき腐れ縁だとか話していたな」
「まあね。過去に色々と揉めたし」
それだけ言うと、森を出てすぐに停めてあった車に向かう。あまり触れられたくない話なのだろうかと思い、これ以上は聞かなかったが、ノルドはノルドで色々あるらしい。
後ろの席に乗り背もたれに寄りかかると、少しして動き出した。
「あ、フェンリル。バンドよろしく」
「ん、忘れてた」
言われて気付くと、鞄に入れていたリストバンドを取り出し腕につける。
ガタガタと揺れるのを感じながら、徐々に瞼が重くなると、シルヴィアがその様子に気付いたのか、こちらを見るなりくすりと笑っていった。
「お疲れ様でしたフェンリルさん。家に着いたら起こすので、休んでて大丈夫ですよ」
「……ああ、すまない」
じゃあお言葉に甘えてと、壁に寄りかかるようにして頭を寄せ目を閉じる。
そしてそのままあっという間に眠りにつくと、シルヴィアに起こされるまで長く眠っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます