【1-11】向き合う為に(キリヤside)

 フェンリルがインヴェルノ城跡地に旅立ってから五日が過ぎた。

 旅立つ日、俺は見送りだけして後はノルドに任せたものの、こうしてインヴェルノ城があった森の見える庭園へと通っては、その方向を見つめ時間を潰す事が多かった。

 今日も今日とてその庭園に向かい、タバコに火をつけてその森を見つめていると、こちらに一つの気配が近づいてくる。

 振り向かずとも「よお」とそれに声を掛ければ、それは小さく呆れるように息を吐き、隣にやってくる。ちらりとそちらを向けば、銀髪とその合間から見える対の白い角が視界に入った。

 リングを挟んで後頭部に付けられた金髪の飾り髪が風に揺れる中、男……麒麟きりんは先程まで見ていた森の方向を見ながら言った。


「ノルドから聞いているが、息子が試練を受けに行ってるらしいな」

「正確にはコハクの息子だがな」

「いけそうか?」

「ま、試練に関しては問題ないだろ」


 問題なのはこちらの方だ。試練が終わった後、果たしてあの剣を渡せるかどうか。


(渡してしまえば、フェンリルとはもうこれでおさらばだな)


 帰ったら、再び魔鏡領域からここへは通じなくなる。そうなると二度と話す事もないだろう。

 タバコの灰を落とし、ポーチ型の灰皿に押し込むと、それをポケットに収め、フェンスに寄りかかる。

 すると、麒麟が「良いのか」と声を掛けた。


「何がだよ」

「息子とだ。剣を渡せばそのまま別れるんだろう?」


 それで良いのか? と麒麟に言われ、俺は息を吐く。


「生憎あちらも大変そうだしな。……けど、そうだな」


 たったの数日間。それこそ、仲良くなるどころか喧嘩の方が多かった気はするが、それでも悪くはなかった。寧ろこういうのも良いなとも思ってしまった。

 だからこそ、俺は迷っていた。このままずっとここにいて欲しいと思ってしまったから。だが、一方でフェンリルを認められない何かもあった。

 ぼんやりと森を眺めながらしばらく考えた後、顎に手をやってフェンスに肘をつけば、先程の続きを言葉にした。


「このまま、さよならっていうのも良くないって事は分かってんだ。だから、もう少し時間は欲しい」

「時間、か」

「ああ……まだ、許されるか?」


 訊ねると麒麟は目を合わさず、ぽつりと呟いた。


「スターチスに告げた滞在の可能期間は一ヶ月以内だ。それまでにどうにかしろ」

「一ヶ月……分かった」


 頷き、フェンスから身体を離す。そのまま庭園から去る。と、そこで偶然にも買い物帰りのノルドとシルヴィアに会った。

 俺の背後にいる麒麟を見て、ノルドは瞬きすると、「呼ばれたの?」と聞いてくる。


「いや、いた所にあちらから来たんだ」

「そう……」

「それで、何かあったか?」

「まあ、そうだね」


 ビニール袋に入った品物を軽く持ち上げると、隣にいたシルヴィアと笑い合う。彼女ともだいぶ打ち解けた気はした。


(にしても、その髪型……懐かしいよな)


 コハクもしていた、両サイドで編んだ髪を後ろで纏めたような髪型に思わず見つめれば、ノルドに呼ばれそちらを見る。


「どうした?」

「聞いていなかったね? 今日の夕飯について聞いてたんだけど」

「ああ……何だったっけ?」


 全然会話が耳に入っていなかったといいつつ、再度夕飯の事を聞く。候補はオムライスとハンバーグ。どちらも子どもの好きそうなメニューである。


「じゃあハンバーグで」

「了解。……そういや、麒麟様は何て?」

「ん、まあ。世間話だよ」


 特に重要な話ではないと言うと、ノルドは苦笑いして「そっか」と返した。


※※※


 三人で家に帰った後、少し休んだノルドとシルヴィアがキッチンで夕飯の準備をする中、俺はソファーに身を委ね、静かにテレビを見つめていた。

 面白い番組でも見るかと思ったが、チャンネルを変えても大体情報バラエティーやニュースばかりだった。

 とりあえず今まで見ていないドラマを見ながら、のんびりとしていると、キッチンから聞こえる会話に耳を傾ける。


「所でフェンリルの好きな食べ物って何?」

「フェンリルさんのですか? そうですね……グラタンとか?」

(グラタン)


 意外だと思いつつも口にはしなかった。引き続き耳を澄ませると、ノルドは驚きながらも笑って返した。


「へぇ意外。でも、キリヤも実をいうと、ドリアとか好きなんだよね」

「ドリア、ですか?」

「そう。意外でしょ」


 ラーメンとか、餃子とか言いそうな見た目なのにさ。と、ノルドは笑い混じりに言えば、シルヴィアはきょとんとして首を傾げていた。そういや、あっちにラーメンや餃子はあるのだろうか。

 とはいえ、ノルドの言う通りドリアは好きな料理である。昔は肉料理を良く口にしていたが、ドリアはなんかこう……身も心も温かくなる感じがして好きだった。


(なんて事を言ったら、今のように明かされそうだから言わないが)


 自分で言うのも何だが、そういう事を言う様な奴ではないので、喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。

 それからも会話は続いていたが、聞いている内に寝てしまった様で途中から意識が無かった。

 しばらくして、急に周りが騒がしくなったと思い、目を開けると、ノルドが俺の肩を揺さぶる。


「さっき、フェンリルから連絡来た! 終わったって!」

「あ、もう終わったのか? 早くねえかあいつ」

「とにかく、俺迎えに行ってくるから!」


 後よろしく! そう言って、ノルドはシルヴィアを連れて家を後にした。

 キッチンを見れば、夕飯は出来ているようで、ラップのかけられた皿が四皿あった。一皿は恐らく火の鳥の分だろうが、まさか今日終わるとは思ってもおらず、フェンリルの分がない。

 頭を掻き、欠伸をしながら冷蔵庫を開ければ、何日か分の食材があり、中には鶏肉や牛乳、チーズなどといったグラタンの材料もある。


「仕方ねえ。作るか」


 最後に作ったのはだいぶ昔だった。それこそコハクも好きだったから、特別な日に作ってやっていた。

 棚にあった玉ねぎを手に取り、腕をまくった後皮を剥いて刻んでいると、すれ違いで火の鳥が帰ってくる。


「あれ、お二人さんは?」

「今フェンリルを迎えに行ってる。たった今試練が終わったんだと」

「へえ。早いね。それで、何作ってんの?」


 火の鳥が横から覗き込むと、俺は刻んだそれをボールに入れ、「グラタン」と答えた。


「おい、材料刻むからホワイトソースでも作れ」

「え……俺作った事ない」

「量言うから、言った通りに入れて混ぜろ」


 そう言うと火の鳥は息をついた後、コンロの前に向かう。

 記憶は若干怪しいものの、昔アンナに教えられた分量を伝えた後、それを火の鳥が計り入れ火に通しながらかき混ぜていった。

 その間にオーブンの予熱設定をしていれば、木べらを回しながら火の鳥が呟いた。


「一体どうしたのさ。こんなの作って。頼まれたの?」

「まあ、気まぐれだな」

「気まぐれ、ね」


 くすりと火の鳥は笑うと、振り向き言った。


「本当は、フェンリルの為でしょ」

「……言うなよ。本人には」

「言わなくてもバレると思うけどな」


 ニヤニヤする火の鳥に、「うるせえぞ」と小さく言った後、その鍋に玉ねぎや鶏肉などを入れていく。


「後は……」

「マカロニは?」

「あっ、それもあったか」


 火の鳥の横に来ると、棚から探り出したマカロニを手に新しい鍋を出す。水から温めなければならず、手順を間違えたなと頭を抱えれば、火の鳥が水の張った鍋を持ち上げた。


「これ、温めれば良いんでしょ?」


 そう言うと、火の鳥はその鍋を見つめる。瞬間、鍋と共に火の鳥は赤い炎に包まれた。

 炎は一瞬だったが天井まで登る火柱に、天井の火災探知機が反応する。


「「あ」」


 互いに声を漏らせば、容赦なくスプリンクラーが反応し、シャワーが降り注ぐ。

 キッチンは水浸しになり、服もろともびしょ濡れになりながら、唖然として見上げる。料理は何とか免れたが、この惨状をノルドが見れば何と言われるか分からない。


「どうする?」

「とりあえずホワイトソースは無事か?」

「蓋閉めてたから大丈夫」


 けど、お湯沸かしなおした方が良いかもね。

 そう火の鳥に言われ、俺は静かに頷いた。

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