【1-10】試練の先で

 時が経ち目を覚ますと、それを見計らってか祖父は大剣を振り下ろす。

 ギョッとして横に転がり何とか避けるも、祖父はすぐさま追撃し、あっという間に目の前に刃が迫ってきた。

 いくらなんでも容赦が無さすぎではなかろうか。そう文句も言いたくなったが、歯を食いしばって氷の張った腕で防ぐ。


「ほう、よく防いだな。だが……」

「!」


 パキンと嫌な音が腕から聞こえた。鋼以上の強度がある氷の盾に亀裂が広がり、それどころか腕に刃が食い込み始めていた。

 やばいと思った俺は即座に剣を払うも、腕を勢いよく引いた事で傷が入ってしまった。鋭い痛みの後、ビリビリと嫌な痺れが走る。


(くっそ、神経やられた……!)


 半神である以上しばらく経てば治るのだが、これは中々のデバフである。

 指に力が入らず、開きっぱなしの手に舌打ちしつつ、改めて祖父を見れば、大剣を肩に担ぎ不敵な笑みを浮かべていた。


「咄嗟に防いだのは良いが、氷の力に過信しすぎたな」

「……ただ単に力が強いって訳じゃないみたいだな」


 それも押し切る為に力が入っている訳ではない。そのまま斬り払うつもりで扱ったような軽い力の様に感じた。となるとそれは魔力による強化か、或いは……

 距離を置き大剣を見つめると、祖父は視線に気がついたのか、「これが気になるか」と言って大剣を振って見せびらかす。間を置いて頷けば、祖父はくすりと笑って説明を始めた。


「これは後々お前も手にする神器の剣だが、持ち主によって形や性能を変えるという特性を持つ。先程まで戦ってきたご先祖様の武器も全て同一の物だ」

「同一……」

「ああ。目眩しから、防壁、何でもあっただろう? んで、俺は擬対神器たいじんきの特性を持つ」

「対、神器だと……?」


 対神器というと、全ての力を無効化し神にも致命傷を負わせる事が出来るという特性を持つ神器である。それと似た力をこの剣は持っているらしい。

 だが、気を失う前に素手で受け止めた時は何もなかった所を見ると、擬似故の仕組みか何かがあるのだろう。

 僅かに戻ってきた感覚を頼りに右手を軽く握った後、祖父からより距離を取り、辺りに氷の力を展開させる。

 その力によって部屋が冷え始め床に氷が張り始めると、祖父は駆け出した。


「これで躊躇するとでも?」


 足を取られるどころか陸と同じスピードで走ってくる祖父に、俺は息を吐き間近に迫るまで立ち尽くす。

 正面から堂々と戦っても、氷の力を過度に使い押さえつけようとしてもあの剣によって不利になるのは分かっていた。とはいえ致命傷を受けた所で試練で死ぬ事はない。ならばいっその事。

 剣先が迫ってくると、俺は避ける事もなく前に飛び出した。剣が腹部を貫き、痛みに呻きを漏らしながらも、負傷した右手で祖父の胸元に拳を打ちつける。

 力は思った以上に入ってはいない。物理としてはあまりにも弱いパンチだっただろう。だが流れ出した血液が、周囲に散布された氷の力によって槍のように尖り、祖父の胸元に埋まっていた。

 祖父は目を見開きこちらを見下ろしていると、困ったように笑い、「無茶しやがって」と呟く。


「そうしないと、勝てそうに、なかったからな」

「全く。んなの、今回だけにしとけよ」


 そう呟き、祖父は消える。

 静まった部屋で、俺は膝をつき貫かれた腹部を押さえると、大きく息を吐いて傷を氷で塞ぐ。

 寒いはずなのに尋常ではない汗が肌を伝い、心地悪く感じながらも、膝に力を入れて立ち上がる。


(次が最後か)


 ここまでに何度か気を失った事で、時間の感覚も分からなくなっていた。一週間経っていない事を祈りつつ、傷だらけの身体を引きずり中央に向かうと、奥の扉が開く。

 扉から風が吹き込む中、暗闇から現れたのは記憶よりも若い母の姿だった。

 丈の長い白いコートや左肩に付けられたマントが風で揺れ、背筋を伸ばしながら歩み寄ると、腰に提げられていた細い剣を手にし、鞘から引き抜く。

 母さんは俺の姿を見るも表情を変える事はなく、凛とした声で言った。


「息子だからって、手加減する気はないからね」

「! ……ああ」


 母さんとまたこうして話せる事が来るなんて思ってもいなくて、強く頷いた。

 だが同時に目頭が熱くなり、視界が歪むと、母さんは足を止め剣を下ろした。

 母さんは心配そうな表情を浮かべると、俺の傍に足早に来て訊ねる。


「大丈夫? もしかして……傷、痛む?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。けど、俺……母さんとまたこうして話せるって、思わなくって……」


 吹雪の中、死別してしまったあの時を思い出す。

 冷たくなってしまった母さんの手が、再び熱を持って俺の頬に触れると、嗚咽が漏れ出しその手を握りながらしゃがみ込む。

 母さんは戸惑っていたが、しばらくされるがままにされていると、小さく「そっか」と呟いた。


「ごめんね。私、何かあったか知らなくて……順番的にきっと君は私の子どもか何かなんだろうなとは思って、いたんだけど……」


 謝る母さんに、俺は首を横に振る。覚えていなければそれで良い。あんな記憶、覚えていたって辛いだけだろうから。

 握っていた母さんの手を離すと、母さんは座り込みながらじっとこちらの様子を伺う。

 その表情がかつての母さんと同じで、涙が流れるのを感じながらも笑みを浮かべると、ごめんと言ってこちらも謝った。


「じゃあ……やろうか」

「……うん。でも良いの? 大丈夫?」

「うん」


 頷くと母さんも頷き返す。そして、先に母さんが立ち上がると俺から離れ、口を開いた。

 

「私に勝てば君はルーポ・ルーナを扱える様になるよ。奥にその印があるから持っていってね」

「わ、分かった」

「ん、それじゃ……」


 説明も済んだ事だしと、母さんは剣を構える。

 以前スターチスに見せてもらった絵の様に、真っ白な細剣に金色の月装飾が付いていて、母さんが振るう度に空中に白い線の光の残像が見えた。

 体格の差からすればこっちが有利だが、剣の力によってはどうなるか分からない。

 その場に立ち上がった俺は、拳を握り身構える。それに対して母さんは剣を横に振るった。その時、ダイヤの様な形をした氷が五つ母さんの前に浮かび上がると、あっという間にこちらに飛んできた。


「!」


 迎え撃つのが早いと感じた俺は、それに向けて拳をぶつける。ダイヤの氷は拳に纏った氷によって簡単に割れるも、次から次へと母さんから飛んでくる。

 撃ち込まれるそれ自体は耐久性は強くない様だが、とにかく数が多い。

 両腕を使い、飛んできたそれらを砕くも、ふと母さんを見ればまだ余裕そうな表情を浮かべていた。

 隙を見て距離を詰めると、母さんは剣先を向け何かを唱える。瞬間、真っ白な風が壁となって襲いかかってきた。


「吹雪……!」


 視界と聴覚がそれぞれ白と風の音で奪われる。気配で探れば、母さんは今いる場所からさほど動いていなかった。


(そこか!)


 そう思い駆け出す。すると、左足に痛みが走り、足を止めた。足元を見れば、足首あたりに鋭利な物で傷つけられた様な傷があった。

 それでも踏み込もうとすると、今度は左肩や額に痛みが走る。ホワイトアウトの中では、どこから飛んできているのか分からなかった。

 

(進むか? )


 気配から母さんの場所は分かっている。距離もそこまで遠くない。しかし、向かえば確実に攻撃は受けるだろう。それにしても……よりにもよってこの攻撃を選ぶとは。

 嫌なくらいに自分の胸の音が聞こえてくると、俺は震えながらも口を開き足元に集中させる。

 こちらも氷の力には自信がある。母さんには悪いが、吹雪を乗っ取らせてもらう。

 風向きが変わり、やがて天井高く左拳を突き上げれば吹雪は上に上がり渦を巻いて消えていく。

 その現象に母さんは目を丸くして驚いていたが、再び近づく俺に氷のダイヤを撃ち込んだ。だが、足を止める事は無かった。

 両腕で交差する様に顔を防いだ後、床を勢いよく蹴り至近距離まで近づく。

 母さんは唖然としてこちらを見つめると、俺共々背後に倒れ込み、俺は母さんの身体を押さえる。


「勝ち……で良いよな?」


 そう訊ねると、母さんは瞬きした後小さく笑い、脱力して手から剣を離した。


「あーあ、負けちゃった。だめだなぁ私。やっぱり最後の所で手を抜いちゃう」


 息子だからかなぁと、母さんは少し悔しげに言えば、上に覆い被さる俺の頭に両腕を腕を伸ばす。

 そして、ぐいと力強く引き寄せられると、優しく抱きしめられ、後頭部を撫でられた。


「優しいね。あそこまで来たら、普通殴りかかるでしょ?」

「……そりゃあ、な」

「?」


 首を傾げる母さんに、俺は笑い返す。

 殴らなかったのは母さんと同じ理由だ。試練とはいえ、母さんに攻撃なんて出来なかった。

 それを口には出さなかったが、母さんの背中に腕を回せば、母さんはより抱き締める力を強め、「やっぱり親子だね」と言った。

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