【1-9】五十二回の戦い

 最初に戦った二人との勝敗が決まったのは、それから間もなくの事だった。

 斧を拳で弾きそれぞれの足元を凍らせ、身動き出来なくすると、急に動くのをやめ音もなく消滅した。これを見るに、一時的にも身動き出来なくなった時点で勝敗が決まるようだ。

 何だ、簡単な事ではないか。そう思うのも束の間、休憩もなく、次の戦いが始まった。

 今度は戦士と魔術師の混合四人との戦いである。前から戦士三人が攻撃してくる中、その背後から青い魔弾が飛んでくる。


(いくらなんでも複数は……!)


 氷を纏った両腕で剣を防ぐが、その隙を狙われ横から剣が顔を狙って突いてくる。辛うじて顔を逸らすと、剣が掠った事で左頬に痛みが走る。

 一旦大きく背後に後退し頬を指で拭えば、血が滲んでいた。


「こりゃあ、手加減してる場合じゃないみてえだな」


 せめて、相手が明らかに作り物だと分かれば戦いやすかったのだが。今目の前にいる存在は、まるで生きているかのように気配や熱を感じた。

 息を吐き、改めて相手を見つめる。表情は変わらず剣を構える戦士達に、俺は拳を握り締め前に出る。

 突き出した拳が剣とぶつかった後、再び隙を狙う戦士に蹴りを腹部に食らわせれば、後方に飛びそのまま消滅した。

 ようやく一人。だが、すぐに残り二人が攻撃してくると、振り下ろされた剣を受け止め、もう片方の戦士に向かって剣ごと身体を投げる。投げられた戦士にぶつかった事で二人は消滅した。

 これで戦士は全滅。残りは魔術師だけとなった。魔弾が次々と撃ち込まれるが、それを走って避けた後、先程の斧の二人のように足元を凍らせて終わらせる。

 終わった。と脳裏で安心するが、やはり簡単には休ませてくれなかった。今度は槍の戦士が三人。更にその背後には弓を構える戦士が二人もいる。


(まさか、一人ずつ増えていくのか?)


 一体最終的には何人になるのだろうか。終わりの見えない試練に、じわじわと息が詰まるのを感じた。

 それでも何とか槍を持った戦士を一人ずつ倒し、矢を避けながらも残りの二人を倒した後、次の相手が現れた時、俺はふとある考えが頭に浮かび、襲いかかる七人を前に右手を向ける。

 一々一人ずつ倒していれば体力も消費する。幸いにも自分には氷のみだが力が使えるので、ある程度の所までその力で済ます事にした。

 吹雪のイメージを頭の中で浮かべ、それを右手に流し込むように意識する。すると、自分を中心に凍てつくような風が部屋に吹き荒れる。

 全体攻撃によって、七人は凍りつき消滅する。多少心は痛むが致し方なかった。

 その後、この方法によって五、六回くらいは済ませると、試練の方も頭を使ってきたのか、もしくはそもそもそういうのを予測していたのか、こちらが力を使う直前に背後に回ってきた。


「!」


 気配を感じ振り向けば、目の前にナイフが迫っていた。

 身体を反らし、ナイフを辛うじて避けた後、前に身体を倒し床に手をつく。そしてそのまま床に向かって力を流し込む。それによって太い氷柱が床から現れ、戦士の胴体を貫いた。

 戦士が消滅したのを確認し立ち上がると、今までとは違い、重装備を身につけた戦士が一人立っている。


(複数人じゃないのか)


 ならば、普通に戦うか。

 拳を握り構えると、戦士も剣を向ける。と、突然その剣は眩く光りだし、俺の視界を奪う。

 目眩し⁉︎ 目に腕をやりよろけた瞬間、間近に迫った気配に、俺はしまったと思った。


※※※


 ふと目を覚ませば、暗い天井が目に入る。

 気を失う直前、胴体を剣が貫いた感覚がしたが、腹部に手をやってもその傷らしきものは確認できなかった。


(とはいえ、まさかやられるなんてな)


 いくつまであったか知らないが、まだ序盤のように思う。全ては自分が慢心していたせいでもあるが、ため息を吐き身体を起こすと、足音が聞こえた。


「起きたか」

「えっ」


 声が聞こえ驚きつつもそちらを向けば、先程まで戦っていた戦士だった。歩み寄み、見下ろす彼を唖然として見つめていると、「ほら」と手を差し出される。


「まだ試練は続いている。やるぞ」

「あ、ああ……いや、その前に聞きたい事がある」

「なんだ?」


 手を握り立たせてもらった後、俺はその戦士に訊ねた。


「お前らは喋るのか?」

「ああ、喋るとも。口があるからな」

「あ、ああー……うん。それはそうなんだが」

「……ああ、なるほど。試練であるはずの私達が喋る事に驚いているのだな。しかし、試練については先代に事前にされている筈なのだが……」

「あー……まあ」


 不思議がる戦士に、俺は困ったように笑う。

 本来ならば、事前に経験者である先代に伝え聞いているものなのだろう。

 戦士はふむと顎に手をやった後、簡単にだが説明をしてくれた。

 戦いは全部で五十二回。最初の複数人はインヴェルノ国が認めた優秀な兵士達らしい。だが、彼からは歴代王になるらしく、最後は先代との戦いになるという。

 勝敗は察していた通り足止めまたは戦闘不能。ただしこちらがやられると気絶させられるらしい。


「ちなみにその気絶って、どのくらいするんだ?」

「大体五、六時間だな」

「五、六時間……」


 だから時間が掛かるわけだ。納得しつつも、あまりの時間の経ちにゾッとすると、今度は戦士が苦笑する。


「まあ今のうちに食事を摂ってもいいが……どうする? やるか?」

「やる。折角教えてもらって倒すのは申し訳ないんだが」

「大丈夫だ。そういうものだからな」


 そう戦士はいうと数歩退がり剣先を向ける。笑みは消え、真面目な表情になる。

 親しみを抱いてしまった事で気が引けるが、両頬を叩き気を引き締めると、こちらも構える。

 先に踏み出したのは戦士だった。先程の光を発し、目眩ししようとすると、俺は視界から気配へと集中し、戦士の居場所を探る。

 気配や足音から、戦士は前方からでなく、背後から攻撃しようとしていた。


(そこか)


 身体を捻り剣を避ける。そして拳を握り締め戦士に向かって突き出した。

 はっきりと拳に伝わる感触に、勝ったという安堵感と寂しさを感じた。


「さすがだな」

 

 視界が回復するのと同時に消滅する戦士からそう声を掛けられ、「ありがとな」と礼を掛ける。

 それに対し、消える間際の戦士が微かに笑む。見送り、次の戦士が現れると、次はこちらから攻撃を仕掛けていった。

 それからの戦いは中々のものだった。一人ずつとはいえ、歴代の王という事もあり、様々な攻撃を仕掛けてきた。目眩しは勿論、何度も気を失いそうになりながらも気合いで乗り切ると、いつの間にか残り二戦という所まで進んでいた。


(やっと、ここまできた……)


 肩で息をし、傷だらけになりながらも何とか立っていると、現れたのは写真で見た祖父だった。

 大剣を鞘から抜き、コートを揺らしながらこちらにやってくると、俺に剣先を向け不敵な笑みを浮かべる。


「きつそうだな」

「……っ、けど、負けられないからな」

「ははっ、そうだな」


 初めて聞く祖父の声に感動すらした。強くも優しい声をずっと聞いていたい。そう思うのも束の間、目先にやってくる剣先に、俺は素手で受け止める。

 祖父はこちらの思考を読むかのように、静かに諭した。


「悪いが、これも試練なんだ。いつまでここにいられちゃ困る」

「……ああ、分かってる」


 分かってはいるけれど。

 そんな気持ちの緩みが現れたのか、剣が手を滑ると、祖父は俺を蹴り飛ばし大きく剣を振り上げた。

 防ごうとしたが間に合わず、まともに攻撃を受け、血飛沫が舞う。

 恐らく気を失えば回復はするのだろうが、呻きながらも起き上がろうとすると、祖父に足で肩を踏まれ、無理やり押し倒された。


「じゃ、これでしばらくおやすみだな」

「っ」


 咄嗟に手を差し出し、氷のつぶてを放つ。しかし、剣に弾き飛ばされると、剣を胸元に突き立てられた。

 言葉の割には容赦のない攻撃に、恐ろしさを感じながらも、俺は痛みと共に意識を失った。

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