第70話 いざ、武闘大会へ!

 色々と大変だったこの生活も、あっという間に最終日を迎えていた。

正直、俺はジェシカとハーディアスに、この一週間散々搾り取られたため、クタクタである。

 だがその成果もあってーー


『良いぞ、ジェシカ・フランソワーズ!』


「これもハーディアス、あなたのおかげですっ!」


 すっかり仲良し? となったジェシカとハーディアスは、目の前でほぼ互角な戦いを繰り広げていた。


『ジェシカ・フランソワーズ! 今の貴様ならばできるはず! さぁ今こそ我が与えた力を、その剣へ宿すのだ!』


「はいっ!」


 ジェシカはレイピアの刀身へサッと指を走らせる。

すると、銀色の刃が一瞬で、濃い紫に変色し、妖艶な輝きを放ち出す。


『さぁ、来い! 我を滅ぼす気でかかってくるのだぁ!』


「はあああっ!」


 ジェシカは紫の輝きを帯びるレイピアを思い切り突き出した。


 それにハーディアスは、得物である大鎌を掲げて応じる。


 そして2人の武器が正面からぶつかりあい、


『見事! 見事だ、ジェシカ・フランソワーズ! 貴様は確かに暗黒剣ダークセイバーを体得した! その剣さえあれば、魔術師などもはや恐るるにたらず! そして暗黒剣ならばガトーが使役する光の化身ディアナにも、貴様の刃は届くであろう! ふははははは!』


 ジェシカに鎌を叩き壊されたハーディアスは、とても満足そうな高笑いをあげていた。


「ありがとうございました、ハーディアス! なにからなにまで、本当に……!」


 ジェシカは剣を鞘へ収め、深々と頭を下げると、ハーディアスはより一層満足げな笑みを浮かべる。


『貴様とのこの日々、我は忘れんぞ。そしてまた、我に会いたくなったらいつでもトーガ・ヒューズに頼むが良い』


「ひゃっ! ちょ、ちょっとハーディアスっ!」


 去り際のハーディアスにお尻を撫でられたジェシカはまるで友人へ言うかのような言葉を投げかける。


『くふふ、我も貴様の尻をしばらく堪能できんと思うと、少々残念だなぁ』


「だからそういうことを言うのはやめてよ、もぉ……」


『相変わらずうい奴だ。くふふ……』


「あのハーディアス、一つ教えて欲しいことがあるのだけれど」


『なんだぁ?』


「どうしてその、私に力を貸してくれる気になったの?」


『それは貴様の尻を気に入ったからだなぁ』


 おそらくジョークだろうハーディアスの物言いに、ジェシカは顔を赤く染める。

いや、でもハーディアスは割とジェシカのお尻に執着していたから、ジョークではないか……?


「ちょっと! こっちは真面目に聞いているんだから……」


『くふふ、すまなんだ。我は貴様の闇が気に入ったのだよ』


「闇……?」


『我は負の感情の化身。そんな我は貴様の中に宿る、父を失った悲しみ、そして仇敵への恨みと怒りに共鳴した』


「そうだったのね……確かに自分でも深いと感じていたけど、まさか貴方のような精霊さえも惹きつけるほどだなんて……」


 さすがのジェシカも己の中に宿る負の感情に、苦笑いを禁じ得ないらしい。

そんな彼女へ、ハーディアスは珍しく、優しげな笑みを返した。


『負の感情は人の原動力ともなりうるもの。その解消は、新たな道を切り開く力へと転じる。恥じるでない、恐れるでない。我は強大な負の先にある、貴様の希望を見てみたいのだ。だから迷わず剣を振え、我友ジェシカ・フランソワーズ!』


 いやに熱のこもったハーディアスの言葉を受け、ジェシカから迷いのようなものが払拭されたように見えた。


「わかりました。ならば見せます! 負の感情の先にある、希望の光を! あらためて、ありがとうございましたハーディアス!」


『しばしの別れだ、友よ。貴様の活躍、トーガ・ヒューズと共に見守っておるぞ!』


 ハーディアスも満更ではなかったらしく、ジェシカへ軽く手を振って、姿を消すのだった。


 ほんと、この2人はこの一週間で、正直妬けてしまうほど、仲良くなったように思う。


「トーガも、この一週間本当にありがとう! あと色々と大変な思いをさせてごめんなさい」


 俺に近づいてきたジェシカは改めて、そうお礼を言ってくる。


 確かに昼夜を問わず、身体を酷使した俺は少々お疲れ気味だった。


 いくら若さがあるとはいえ、かなりキツかったのは否めない。


 とはいえ、これからが本番。へたっている場合ではない!


「もう、十分だな? 準備はできているな?」


「ええ、もちろん! ただその……」


 ジェシカはそっと身を寄せて、俺の手を掴んでくる。


「もうこういう2人きりの時間はおわりなのよね……寂しいわ……」


「すべてが終わって、時間ができたら、どこかへ行きましょう。2人きりで……」


 俺とジェシカはそっと口付けを交わし、別荘を後にする。


 これでだけですぐに元気が湧くのだから、若さは本当に偉大だと思う。


 こうして俺とジェシカは厳しい訓練を終え、武闘大会の行われる、王都へ向かって行ったのである。


●●●


 出場者や観戦者でごった返す、王都の闘技場。


 そこで俺はパル達を伴いつつ、ジェシカへ暫しの別れを告げる。


「頑張ってくれよ。こっちは任せろ」


「ありがとう、トーガ! 期待してて! そっちもよろしくね!」


 心強い言葉と共に、ジェシカは参加者用のゲートの中へ消えて行くのを見送ったのちに、脇に控えていたパルへ視線を移す。


「パル、首尾は?」


「滞りなく。一週間を使って、この闘技場のことは可能な範囲で調べてあります。エマさんには、観戦を通してでの表の状況確認をお願いしていますので、こちらをどうぞ」


 パルは暗色に染まっている手のひらサイズの宝玉を渡してくる。

 するとタイミングを見計らったかのように、宝玉に灯りが灯り、エマの顔が浮かび上がる。


『お疲れ様トーガくん。きっとジェシカさんの勇姿も気になると思って映像スフィアを用意したわ。これで探索中も、彼女の勇姿を見られるわよ』


 エマの声が頭の中へ直接流れ込んできている感覚があった。

 たしかにこれならば、どこにいても、スフィアの放つ光さえ気にすれば、どこでもジェシカの様子がうかがえるだろう。


「ありがとう。すまないが、ジェシカのことを頼む」


 そう言葉を念じると、言葉が届いたのかエマは「わかったわ」と返し、映像を自分の顔から闘技場へ移すのだった。


「……ジェシカ、ですか? 随分と仲が良くなったようで、良かったですね?」


 パルにしては珍しく、少々棘を含んだ物言いだった。


 どうやらこのスフィアの音声は、関係者には筒抜けのようだ。


 だいたいあの状況はパルが率先して発生させていたような……とはいえ、そんなことを言った日には、益々機嫌が悪くなるのは容易に予想ができる。


「パルが協力してくれたおかげでな。今夜はその分、満足させるから期待してくれ」


 パルの細い腰を掴みグッと引き寄せ、耳元で囁きかける。


「これから大事に挑むというのに、随分と余裕ですね?」


「そうか?」


「でもトーガ様のそういうところ、好きですよ! では今夜は久々に可愛がってくださいね」


 と、甘い会話を交えている俺とパルの傍で、ピルとモニカがソワソワした態度を見せている。


 おそらくこの2人も……今夜は、眠れない夜になりそうだ。


 そしてそんな夜を迎えるためにも、ここできっちりやり遂げなければ。

そんなことを考えつつ、俺は人目を避けるため、闘技場の裏へ向かいつつ、映像スフィアに視線を落とす。

 いよいよ大会が始まりそうだった。


「それではこれより予選第一回戦を行いまーす!」


 右手のゲートから出てきたのは、表情を誉ある王国騎士のソレに変えたジェシカ。


 そして彼女が対峙する第一回戦の相手はーー


「おおっと! これはこれは! 誰かと思えばトーガの推薦人のジェシカ・フランソワーズさんじゃありませんか!」


「マイク・フレイザー殿。ご無沙汰しております。そちらもお変わりないようで」


 恭しくマイクへ頭を下げるジェシカ。対してマイクは、いつものようにひょうげた態度を見せている。


 王国魔術師と王国騎士。


 どちらも猛者であるのは間違いないが、やはり遠距離から攻撃のできる魔術師の方が有利なのは間違いない。

故に観客はマイクの圧倒的な勝利を確信しているのだろう。


「トーガが出ないのは残念だったけど……その代わりに推薦人のあんたをボッコボコにして、あいつをギャフンと言わせてやるぜ!」


「お手柔らかにお願いしますよ、マイク・フレイザー殿」


 レイピアを抜きつつ、ジェシカの口元には笑みが浮かんでいる。


 その様子はまるで、ハーディアスを彷彿とさせる邪悪な気配を孕んでいるように思われた

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