第69話 ハーディアスが加わる!?


「んっ……」


 視界が僅かに赤く染まり、意識が覚醒する。

 目を開けると脇の窓から朝日が差し込んでいる。


 どうやら昨晩は色々したのち、ソファーの上で寝てしまったらしい。


 そしてすでに、俺の傍に、ジェシカさんの姿がはなかった。


「したんだよな、俺……昨夜、ジェシカさんと……」


 未だに身体につく、ジェシカさんの匂いを感じると、思わずそんな呟きが溢れ出る。


 きっと、俺はあの人に始め出会った時から、あの人の明るい人柄や、金の髪、そして青い瞳に引き込まれていたのだと思う。


「あ、起きた……? おはよう!」


 と、先ほどまで思い描いていた彼女が、お盆を持って部屋に戻ってきて挨拶を投げかけてきた。

エプロンを身につけていることから、どうやら朝食を用意してくれたらしい。


「おはようございます、ジェシカさん」


 まずはあいさつと思って、そう言葉を投げかける。


 するとなぜか、ジェシカさんの表情がみるみるうちに曇ってゆくというか、怒っている風になってゆくというか……。


「ゆ、昨夜その……ジェシカ、で良いって、言ったわよね? なんでまた"さん"付け、なの?」


「ああ、すみません……えっと……お、おはよう、ジェシカ……?」


「おはよ、トーガっ!」


 ただ名前を呼んだだけ。たったそれだけなのに、彼女の表情はぱぁっと明るみ、弾んだ声を返してくる。


「そういえば、どうして食事を?」


「ぜんぶトーガに、おんぶに抱っこじゃ良くないなって思ったのよ。でも今の私が君にしてあげられるのって、こうやって食事を用意することくらいだから……さっ、食べましょ!」


 こんなにもあどけなく、そして嬉しそうな顔をするジェシカを知っているのは、世界広しといえど、きっと俺だけなのだろう。


 しかし甘い時間はとりあえず、ここまで。


 朝食を終えた俺たちは、さっそく二日目の戦闘訓練へ入ってゆく。


●●●



「やれ」


『承知っ!』


 ジェシカに聞こえない声量でそう指示を出すと、鎌を持ったハーディアスが俺から離れた。


 俺だけにしか見えないハーディアスの鎌が深い森の中で鋭利な輝きを放ち、目の前でレイピアを構えるジェシカへ襲いかかる。


「そこだっ!」


 突然、ジェシカはそう叫び、剣を突き出した。

 

『ーーっ!?』


 レイピアの鋒が、ハーディアスの鎌を弾いたのだ。


 ジェシカは勢いそのまま、レイピアでハーディアスの喉元を狙う。


 しかし剣先はすぅっとハーディアスをすり抜けてしまうのだった。


『ほう、少しは我のことを認識できるようになったか……』


「ああ、くそっ! どこ!? どこに行ったの!?」


 ジェシカは少し焦った様子で、周囲に剣の軌跡を刻み始めた。


 ジェシカの背後へ回ったハーディアスは、蹴りを放ち、彼女を地面へはっ倒す。

そして追撃にと鎌を振り落とす。


「くぅっ!?」


 が、またしてもジェシカはハーディアスの鎌を刀身で受け止めた。


『なるほど、至近距離だったら我を感知し、対処ができるのだな。だが、未だ姿はみえん。声も聞けん。ただ、我の殺意と気配を察知できるのみ……ずいぶんと、1日で、いや一晩で、かなりの成長をしたものだな……』


 ふと、ハーディアスの全身からドス黒い炎のようなものが溢れ出ているように見えた。

なんだかとても嫌な予感がし、思わず息を呑む。


『さては貴様、我が愛しきものと交わったなぁー! 匂いがぷんぷんするぞぉ!』


「ああっ!」


 ハーディアスは叫びと共に圧力を発し、ジェシカを紙切れのように吹き飛ばす。


 最初こそ、その嵐のような力に翻弄されていたジェシカだったが、すぐさま体勢を整えて剣を構え直す。

そして驚きの表情を浮かべた。


「よ、ようやく姿を現してくれたわね!」


『ぬぅ? どうして我の姿を……ああ、そうか……我としたことが……つい力を入れすぎて、貴様のような小童でも感知できるようしてしまったか! ぬははは!』


「まさか、あなた……!?」


『仕方あるまい、せっかくなので名乗ってやろう。我が名は闇の精霊ハーディアス! 愛しき我が盟友トーガ・ヒューズと共に道を歩むものなり!』


「やっぱりトーガって凄いわね。精霊の具現化ができるだなんて……!」


『だが、慢心するなよ、小童。貴様が我の姿を見、声を聞けているのは、こちらが魔力を高めすぎたが故。貴様の実力ではないのだぁ!』


 ハーディアスは鎌を振り、その圧力でジェシカを再び吹き飛ばす。


 どうやらまた姿が見えなくなったのだろうか、ジェシカは慎重に周囲の様子を伺いながら剣を振り続けている。


 おそらくジェシカは、俺の魔力を深く受け止めたことにより、たった1日……一晩で、ハーディアスの存在を感知できるようになったのだろう。しかしハーディアスの言う通り、まだ中途半端なものではある。

だが、これを繰り返してゆけば、可能性は十分にある。


そう思えてならない。


●●●



 二夜目を迎えた。


 昨晩は初めてということもあり受け身だったジェシカ。

しかし多少コツを掴んできたのか、今夜は彼女が上位となってくれている。

 戦闘技術でも成長を見るのも楽しいし、こういう成長もとても好ましいものである。


 そうしてジェシカの熱情を必死に受け止めている時のこと……


『今夜もお楽しみだなぁ、愛しきものよ……』


「ーーっ!?」


 薄寒い気配と共に、突然俺の傍へ、ハーディアスが現れた。


 珍しくハーディアスはローブのフードを外して、ピルのようにあどけなさの残る顔立ちを晒しつつ、俺に添い寝をする形で横たわっている。とても艶やかで、しかも長い黒髪は、見ているだけでとても引き込まれるものがあった。


『しかし、この小童は元気だなぁ。まるで昼間に我と刃を交えている時のような激しさではないか、くく……!』


 ハーディアスはジェシカを見上げながら、少々悔しそうにそういった。


『我もこき使われているだけでは、アレなのでな!』


 起き上がったハーディアスは黒いローブを剥ぎ、頭の上へ跨ってきた。


『今はこの小童の強化が最優先なのはわかっている……だがな、我も我とて、お前の力を欲している。意味はわかるな?』


 今、ジェシカに動きを封じられている俺は、素直にハーディアスの要求を受け入れいるしかないと思い、首を縦に振る。

するとハーディアスは妖艶な笑みを浮かべた。


『くく、いいぞ、それでこそ我が愛しものトーガ・ヒューズ! さぁ、我へも貴様の魔力を……!』


「で、でしたら、変わりましょうか……?」


 ふとジェシカは動きを止めて、そう言った。

 ハーディアスはジェシカの方へ、身体ごと振り返る。


『ほう、これでももう、我の姿が見えるのか? それだけトーガ・ヒューズより搾り取ったということだな?』


「や、やめてください、そういうこと言うのは……恥ずかしいです……」


『くふふ……ならば、良いことを思いついたぞ!』


「え、ちょなにをーーんむぅ!?」


 突然ハーディアスはジェシカへ頬をそっと掴んで顔を寄せ、彼女の唇を蹂躙し始めたではないか!?


「はぁ……はぁ……きゅ、急になんてことを……!?」


 いきなりハーディアスの洗礼を受けたジェシカは、顔を真っ赤に染めつつ抗弁する。

そんな彼女へハーディアスは愉快そうに小さく笑った。


『我は貴様のことが気に入った。故に我の力を与えてやろうと思ったのだ』


「ハーディアスの力を…?」


『トーガ・ヒューズから我へ流れ込む魔力の一部を、貴様へ口移ししてやる。トーガ・ヒューズと我からの力を受けた貴様はきっと凄いことになるぞぉ……!』


「だからって、わ、私、まだ2夜目で……しかも精霊からだなんて……」


『さぁ、愛しきものよ、お前が1番頑張らねばならん。さっさと始めるが良い!』


 もはやこの状況、この体勢で拒否できるわけがなかった。

ならばやるしかないと覚悟を決めて、行動を開始する。


 上では女騎士と闇の精霊の化身が、妖艶な絡み合いを始めている。


 たしかにこれはジェシカの強化にとっては、とても良いことだ。

しかし……俺自身が持つのか、こんな調子で後五日間!? 

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