第66話 出場要請
「わ、私が選手として武闘大会に!?」
「はい。今回の武闘大会の優勝者には、国王から直接勲章が授与されます。そしてガトーはディフェンディングチャンピオン。もしもことを起こすならば、この勲章授与のタイミングかと思います」
「でも……だったらむしろ、役割は逆の方が良いんじゃないかしら?」
「ジェシカさんが当日の調査で、俺が大会に出場ってことですよね」
「ええ。残念ながら、今日わかってしまったのだもの……」
ジェシカさんは肌に直接巻いた包帯に手を添え、苦々しい、とても悔しそうな表情を浮かべている。
傷はすでに塞がっているものの、包帯に滲んだ赤い血のあとは、彼女が錬金術のばけものから手痛い一撃を喰らってしまった証。
きっとこれのせいで、彼女の自信は揺らいでしまっているのだろう。
「だって、ばけもの程度に油断をして、こんな状況なのだもの。これで私がガトーを討とうだなんて、おこがましい話よ……」
圧倒的な実力不足。それに起因する自身の喪失。
自分から大切なものを奪った憎き相手が目の前にいるにも関わらず、なにもできない。
きっとそんな悔しい思いを抱いているのだろう。
「ジェシカさんは、それで良いんですか?」
俺の問いかけに、ジェシカさんは顔をあげて、驚きを向けてくる。
そんな彼女へ俺は続けてゆく。
「せっかく自らの手で父親の復讐ができるというのに、それを他人に譲っても良いんですか? それでジェシカさんは満足できるんですか?」
「それは……」
「……ジェシカさんがガトーを憎む気持ち、よくわかりますよ。俺にもかつては、そんな奴がいましたから……」
若き日の憎しみは、どうしてもその後の人格形成に大きな影響を及ぼしてしまう。
それは呪いのごとく、その人の人生を縛り、誤った道を進ませてしまうというのが、俺の経験則だった。
まるでかつての俺のように……ボン・ボンへ復讐を果たす前の自分のように……。
「かつての俺はそいつの存在があり続けていたばかりに、そのことに囚われ、人生を狂わせていました。でも、そいつを排除し、気持ちに整理がついた途端、人生が開き出した自覚があります」
「……」
「だから俺は、ご自身の気持ちに、ご自身の行動で終止符を打ってほしい。あなた自身の手で、ガトーを討って欲しい。そう思っています」
言い終えて、ガキの姿をした俺が語るには、あまりに重く、そして説得力がない言葉だと思った。
ジェシカさんも、話の節々から、これまでの人生のほとんどをガトーへの復讐に費やしているように思われた。
でも、この人はまだ若く、未来への様々な可能性を孕んでいる。
俺としてはジェシカさんを、復讐といった負の感情から解き放ち、もっと前向きな、陽の下の人生を歩み出して欲しいと願っているのだ。
「……でも、今の私じゃ、ガトーはおろか、あいつの配下にさえ……もう大会まで一週間しかないわけだし……」
自信なさげにそう呟いやいたジェシカさんの手を、俺はギュッと握りしめる。
すると彼女は身体をビクンと震わせた。
暗闇の中でもわかるほど、彼女の頬には朱が差している。
「ト、トーガくん……?」
「大会まで一週間もあります。そしてその間は、俺が付きっきりで手伝うと約束します」
「……」
「なにせ、ガトーにはもう目を付けられちゃっているんです! これを解決しない限り、俺、ずぅっと暇なんで!」
あえて明るくそう言い放つ。
するとジェシカさんは、ようやく柔らかな笑みを浮かべてくれた。
「相変わらずのトーガくんって、感じよね……あなた、本当に歳下なの?」
「どこからどう見たってそうじゃないですか」
「でも、あなたは見た目に反して、私の想像も及ばないような苦労をしてきているのよね。じゃなかったら、今のような言葉、決して欠けることはできないはずよ」
「そう思ってくれたのなら、これまで苦労した甲斐があるというものです」
「そんなあなたの言葉だからこそ、なんとなくできそうな気になってきたわ……この私でもガトーを討てると……!」
ジェシカさんは表情を和らげたまま、手を差し出してくる。
「よろしくトーガくん。私を奴と、ガトーとまともにやりあえるよう強くして。お願い!」
「その依頼、承りました!」
俺は差し出されたジェシカさんの手を握り返す。
そしてひっそりと、彼女の中へ、自分の魔力を流し込む。
実際、あと一週間では通常の訓練での強化が難しいのはわかっている。
だが、こうして日々、俺の魔力をこうして浴びせてゆけば或いは……。
それにすっかり猛者となったパル達も、いることだし、ジェシカさんにとっては良い刺激になることだろう。
●●●
「では、トーガ様、私たちはこれで!」
「あ、ああ……しかし、大丈夫なのか……?」
「ご心配ありがとうございます。でも、いつトーガ様が王国魔術師に復帰できるかわからない状況なんです。私たちがその間に稼いでおかないと!」
明る日からジェシカさんの大会に向けての訓練を開始しようとしたところ……なんと、パル達はこんな中でもSランク冒険者としての依頼に出かけようとしているではないか!?
「……すまないな、巻き込んで……」
「大丈夫ですよ。あなたがなさることを支持し、全力で支えるのが私の……私たちの役目ですから!」
パルは笑顔でそう告げてくる。
本当にできた良い娘だと改めて感じるのだった。
「それに一箇所に固まるよりも、こうして分散した方が敵の注意はそれますし、トーガ様とジェシカさんも訓練に集中できると思いますよ?」
最後のあたり、パルはわざと身を寄せて、そう囁きかけてくる。
なんとなく彼女が何を言いたいのかがわかり、少々の恥ずかしさを覚える。
「ま、まぁ、それはそうだが……エ、エマは本当に行ってしまうのか……? 君はここの所有者なわけで……」
「旦那が亡くなってからほとんど使ってなかったし、むしろ活用して欲しいと思っているわ。それに……私も、さすがの研究とか授業があるからね。この一週間は大学で寝泊まりするいるつもりよ」
エマもまた、そんなことを言い出し、別荘から立ち去ろうとしている。
これはつまり……
「下準備はきっちり済ませておきますので、トーガ様とジェシカさんはしっかり大会に向けて頑張ってくださいね! それじゃまた!」
そう言い置いて、パル達はさっさと、山奥にあるエマの別荘から去ってゆく。
「ま、まさか、こんなことになるだなんて想定外ですね……?」
「そ、そうね」
つまり、俺とジェシカさんは、この別荘に2人きりで、しかも一週間も一緒に居なければならないらしい。
これは想定外の事態だった……
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