第65話 ジェシカへの提案


「いやぁ、すごい偶然だね。実はここの所長は僕の後輩でさ。君の申請書を見て、たまには挨拶でもしよかなと思って来てみたから、これだもの。相変わらず、君は持ってるねぇ!」


ーーそんな偶然などあるものか。

俺の中で、ガトーへの疑いが強まった瞬間であった。


「ありがとうございましたガトー隊長。この奇跡に感謝します」


だが俺は疑いを悟られないよう、努めて冷静にそう返す。


「じゃあ、ここから先は僕に任せて。君は早く、そのご婦人と逃げなさいな!」


 そう言いながら、ガトーは俺とエマへ向け、眩い輝いを放った。

その輝きは俺たちの真横を過ぎ、その先にいた錬金術の化け物を一瞬で葬り去る。

恐ろしく早く、正確で、更に高威力の"光属性"魔法だった。


「せっかくの機会だからよくみておくと良いよ、トーガ・ヒューズくん。僕の戦い方を、僕の圧倒的な力をね」


 そう言い置いてガトーが所長室から離れてゆく。

やがて、奴の背後に、ドレスを着た彫像のような化身が現れる。


 どうやらガトーは俺のハーディアスと同じく、精霊の一部を化身として発生させられるらしい。


 そこから展開されたはのは、もはや戦いではなく蹂躙であった。


 ガトーと、その化身が放つ光属性魔法は、錬金術のばけものをまるで虫ケラのように蹴散らしていた。

脱獄した囚人たちは、ガトーが施設全体に展開させた障壁によって、外へは出られず、悲鳴を上げ続けるのみ。

そんな囚人たちは、ガトーの登場によって気持ちを立て直した施設の常駐兵によって次々と捉えられてゆく。


 更にガトーはどさくさに紛れて、クーべが収監されていた特殊監獄のある施設を光の柱によって、根こそぎ焼失させていた。


 時にしてほんの数瞬のできごと。


 たったそれだけの時間でガトーはバストレイヤ収容所の混乱をおさめてしまったのである。


ーー王国魔術師3番隊隊長の肩書きは、どうやら伊達ではなかったらしい。


 そしてこんなにも魔術的には力のあるこの男が、錬金術にこだわるわけは……


●●●



「すまないな、エマ」


「いいのよ、気にしないで。私だって好きで首を突っ込んだわけだし。あと、この別荘の存在を知っているのは私とモニカ、亡くなった亭主の3人きりで、特殊な結界も張ってあるから、いくらガトーであろうとも容易に見つけ出すことはできないはずよ」


ーー意図せず、俺はバストレイヤでガトーと出会ってしまった。そしてその時の言動から、奴が"黒"である可能性が高いと思った。

ならば、今住まいとしている王国寮の屋敷へ戻るわけには行かない。

そんな俺の状況を察してか、エマは俺たちへ、郊外の山の中にある、この別荘を拠点として提供し、今に至っている。


「お、終わったぁ……! 終わったよ、トーガくん!」


と、横で安堵の声を漏らしたのは、モニカだった。

彼女へは物質念写をした結果を全て"絵"として出力をお願いしていただった。


「わぁ! モニモニ、絵上手なんだねぇ!」


 俺もピルと同様の感想で、モニカはかなり絵達者だった。

さすがは絵も得意なエマの娘というだけはある。


 そしてそうした正確な絵は、俺の中の疑いを確信に変える。


「やはりクーべを殺したのはガトーだったか……」


 絵の中には、はっきりとガトーが光属性の化身ディアナを使って、クーべを切り裂いている瞬間が描き出されていた。


「この絵は間違いないな?」


「うん……あたしも最初はびっくりしたけど、間違いないよ……」


 突然、収容所に錬金術のばけものが現れたのも、ガトー自身が姿をみせたのも、良い証拠だ。


 さすがにこれだけ揃ってしまえば、ガトーを疑わざるを得なくなった。

そして奴もおそらく、俺が疑っていることに勘付いているはず。


 こうなってしまった以上は、おいそれと元の館へ戻るわけにも、王国魔術師としての職務にも戻るわけには行かない。

だが、これらの証拠は全て俺の疑念には決定打だったが、ガトーを裁くための証拠としては弱過ぎる。


「それとね、クーべ、命乞いをするときね、良く"大会"とか"闘技場"、あとは"計画"なんて言葉を良く使ってて……」


「大会と闘技場、それに計画か……やはり聞こえたのはそれぐらいで?」


「う、うん、ごめん……あたしの物質念写って、音に関してはいまいちみたいで……」


 観察力のあるモニカらしいといえば、らしい能力の方向性だと思った。


 しかし、この二つの言葉はどこかで聞いたことがあるような気がしてならない。


「それはもしかすると、来週行われる"騎士団の武闘大会"でガトーは何かをしかけようとしているのでないでしょうか?」


 と、夕食の支度を終えたパルが、そう言ってきた。


ーー来週、王都では王国騎士団主催の武闘大会が開催される。

この大会には多くの観衆が集まる。さらに今回は数年ぶりに国王が直接観戦に訪れるという。

たしかに、この大規模な催しならば、ことを起こすインパクトは絶大だと思われる。


 今、俺たちが掴んでいる情報はこれで全てだった。


 ならば、これらを最大限活用し動く他、できることはない。


 しかしその前に、俺にはやるべきことがあり、席を立った。

別室で未だに眠り続けている、ジェシカさんのことを見舞うためだ。


「あら? トーガくん、おはよ」


 扉を開けるなり、ベッドの上から上半を起こしたジェシカさんが笑顔で迎えてくれた。

どうやら意識を取り戻したらしい。少々顔色は悪いのは気になるが……


「おはようございます。起き上がっても大丈夫なんですか?」


「ええ、おかげさまで。なんか、すごく迷惑をかけちゃったみたいでごめんなさいね……それにこうして助けてもらうのも、2度目よね……」


「そういえば、そうでしたね。一回、あなたの身体を隅々まで見させて頂いたので、今回は適切な治癒ができたんだと思います」


「隅々までって、あなた、うふふ……」


 冗談を言っても、笑うぐらいの余裕はあるらしい。

今度も、この方をちゃんと助けられてとてもよかったと思った。


「ところで、結果はどうだった?」


「黒でした。そして俺の中でも、ガトーの疑いが固まりました。どうやら奴も俺たちの動いに勘付いたようです」


「収容所に現れたのよね? さっき、エマ教授から伺ったわ」


「あと、モニカが殺される寸前のクーべの口から"大会""闘技場""計画"といった気になる言葉を聞いたそうです」


 俺がそのことを告げると、ジェシカさんもまた、先ほどのパルと同様に"来週行われる、国王列席の武闘大会"のことを口にした。


「たしかに、国家転覆を狙うガトーたち、錬金術師が動き出すには格好の場面ね。あと1日、このことを早く掴みたかったわね……」


 俺もジェシカさんと同意見だった。

もしも、この情報をあと1日早く知ることができれば、闘技場を調節調べることでき、ガトーの計画を事前に潰すことができた。

しかし、今回は国王も観戦するといったことから、本日から闘技場は閉鎖され、入念なチェックが行われている。


「ちなみに、ジェシカさんから見て、今の騎士団と王国魔術師で、ガトーの細工を見つけ出せる可能性は?」


「ほぼ、無理ね。未だに錬金術の解析は今ひとつよ。それにたとえ、魔術的な細工だったとしても、あのガトーが施したものよ。並の術者……たとえ、王国魔術師だろうとも、見つけるのは容易じゃないわ。まぁ、トーガくん、レベルの術者だったらあるいは……?」


「ですね。だから俺は、当日しかチャンスはありませんが、その日は色々と探ろうと思っています。ですが、当日のガトー自身の動きも気になりますんで……ジェシカさんはぜひ、この大会に参加していただけませんか?」


 俺の提案が意外だったろうジェシカさんは、目を見開くのだった。


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