第64話 バストレイヤ収容所にて

「王国魔術師のトーガ・ヒューズです。王国騎士ジェシカ・フランソワーズ様の捜査協力で参りました」


「エマ・レイです。こちらの所長様との面談の予定がございます」


 馬車を降りて早速、俺とエマは固く閉ざされたバストレイヤ収容所の警備所へ出向き、要件を伝える。


 入場申請はきちんと通っていたらしく、俺、モニカ、ジェシカさん、そしってエマの4人は、パルとピルと別れ、バストレイヤの中へ入ってゆく。

 そして所長室へと向かうエマとも別れ、案内の職員に導かれ、クーべ・チュールが獄死した、地下の"特殊監獄"へと向かってゆく。


 まるで冥府にまで続くような長い階段を下り終え、収監者の奇声を聞き流しつつ、俺たちは伽藍とした空の檻にたどり着く。


「モニカ、頼んだぞ。時間をかけても構わないので、しっかりと頼む」


「わかったよ! がんばるね!」


 俺たちが見守る中、モニカは空の監獄の中へ入り、様々なところに手を触れて、物質念写を開始する。


「あのトーガ君、この子本当に大丈夫なの? いくら優秀な物質念写能力者だって、こんなに大量なのは……」


「大丈夫ですよ。モニカには天空神の加護がありますから。それにさっき俺の魔力も十分に当てましたしね」


「あ、ああ……そうだったわね……」


 きっと先ほどの馬車内での俺たちの濃厚なキスを思い出しているのだろうか、ジェシカさんは薄暗い地下でもよくわかるほど、耳を赤く染めているのだった。


「お、終わったよぉ……」


 と、やがてモニカが気の抜けた言葉を放ち、姿勢を崩しそうになったので、監獄へ飛び込み彼女を抱き止める。


「お疲れ様。で、どうだった?」


「結論から言うとね……」


 突然、ガシャンといった金属音が響き渡った。

俺とモニカの目の前が鉄柵で遮られる。


「うそっ……ああああああっ!!」


 柵越しにジェシカさんの背中がびくんと震え、悲鳴とと共に、赤い飛沫が周囲に飛び散った。


 ジェシカさんはゆっくりと崩れて行く。


 その先には腕を剣のような形状に変化させ、異様な眼光を放つ、付き添いの収容所職員の姿が。


 この職員の変化は、かつてローレンスが化け物になったものと同質のものだと思われる。

まさに"錬金術のばけもの"と称するのが相応しい。


「モニカ、下がれ!」


「う、うんっ!」


 俺はモニカを下がらせると、すぐさまハーディアスを呼び出す。


「やれ、ハーディアス!」


『了解だ!』


 先日から非常に人間味の出るようになった"俺のハーディアス"は、大鎌で柵と、ジェシカさんを切りつけた錬金術の化け物諸共、切断する。

 俺にしか見えない闇の刃は、錬金術のばけものに反撃の隙すら与えずだった。


「脱出だ! 俺がジェシカさんを背負うから、モニカは俺たちの防衛を!」


「わ、わかった!」


 俺は血まみれになったジェシカさんを背負い、モニカに導かれ、仄暗い地下収容施設から脱出してゆく。

 そして地上に上がってまず目にしたのが、施設内を我が物顔で闊歩する"錬金術のばけもの"の存在だった。

ばけものの体に付着する着衣の切れ端などから、職員が変化したものだと判断する。


 となると、この施設はすでに"敵の手"に堕ちていたこととなる。


 これはモニカの話次第ではあるが、限りなく"黒"に近いと思われる。


 だが、今はその考察は後回しだ。


「うっ、うううっ……」


 背負いつつ回復魔術を放っているものの、背中のジェシカさんは一向に元気を取り戻す気配が見られない。


 やはりいくら強くなろうとも、俺は回復魔法は不得手で、本格的に行うのであれば相応の体制と準備が必要なのだと思い知る。


 よって、今1番に目指すべきところは、ここからの脱出。

今、俺はジェシカさんの回復を最優先としているため、転移魔法は使えない。

よって、徒歩での脱出を目指すしかない。


 所長室にいるエマのことも気になるので、脱出は速やかにせねば!


「モニカ、とりあえず前進だ! そして外で待機しているパルたちと合流だ!」


「わ、わかった! じゃあ一気に行くよぉー!」


 モニカは障壁を前面に展開し、それでばけものを押しのけつつ、前進を開始する。


 彼女の展開する障壁は素晴らしく、敵を一切寄せ付けない。


 だが、それ以上にばけものの数が優っていた。


 次第に、俺たちの行軍スピードは遅くなってゆき、やがて……


「参ったな、囲まれたか……」


 気づけば俺たちは、周囲を化け物のにぐるりと囲われてしまっていた。


 相変わらずジェシカさんの体調は思わしくないので、背中から下ろすのが躊躇われる。


 だが、ここでいたずらに時間を過ごすわけにも行かない。


 ならば……と思ってたその時のこと、一台の馬車が化け物を薙ぎ倒しつつ、俺たちの目の前に滑り込んできた。


「レオパルドくん、マスタングくん、ごぉー!」


 更にピルの乗るソードライガーの足が邪魔なばけものを踏み潰し、イービルアイの熱戦が敵を焼き抜く。


「お待たせしました、トーガ様! お迎えにあがりました!」


「ありがとう! まずはジェシカさんを! 俺は所長室のエマのところへ!」


「かしこまりました! お気をつけて!」


 俺はジェシカさんをパルへ託す。


 そして風の魔術を発動させ、この施設で最も高い塔の上にある、所長室へまっしぐらに飛んでゆく。


 すると窓ガラス越しに、錬金術の化け物へ、魔本で魔術を放ちつつ、必死の応戦を繰り広げているエマの姿を確認する。

途端、俺の中に烈火の如く怒りが湧き起こった。


「エマに手を出すなぁァァァ!!」


 窓ガラスを突き破って、所長室へ入り込み、すぐさま冥府神之鎌でばけものをまとめて駆逐する。


すると、エマはとても申し訳なさそうな表情を浮かべるのだった。


「ありがとうトーガくん。でもごめんなさいね、今回の私、邪魔者だったわね……」


「気にするな。それになんだ……おかげで、今度は君のことをこうやって助けることができたわけだし……結構、俺、そのことに満足している……」


「全く、こんな時に貴方はなんでそんなことを……」


とはいえエマもまんざらではないらしく、俺の背中へコツンとおでこをくっつけてくるのだった。


しかし惚けているのはここまで。

施設の至る所では爆発が起こり、その影響か、ばけものの声に混じって脱獄者たちの歓喜の声のようなものが聞こえ出している。

さらに階下からはまたあらたなばけものが迫っていることがわかる。


「飛ぶぞ、エマ!」


「え、ええ!」


 エマがしっかりとしがみついたことを確認した俺は、再び空へ舞い上がろうと魔力経路へ魔力を流し込む。


 その時だった。

眼前の割れた窓ガラスから鋭い閃光が差し込んできた。

その閃光はあっという間に俺の視界を真っ白に染める。

やがて、視界が元に戻った頃、俺は空中に浮遊する人影を認める。


「どうやら間に合ったようだね。よかった」


「ガ、ガトー隊長……!?」


 ガトー隊長はいつもの穏やかな表情で、俺たちの前で空中浮遊を披露しているのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る